華とさんどめの選択

最初に降り立ったのは竜。全長10メートル前後であろうそれが降り立った後も空の大穴は閉じない。

「―――あれが親玉として」

体の激しい震えと吐き気を抑えながら街を走る。妹を追いかけ、ほとんど着の身着のままで駆け出してきたのだが。

「―――あの群れをどうにかしないと」

大穴からは大きさも姿かたちもバラバラな怪物たちが降り続けている。その数、千は下らないだろう。先に向かった妹はおそらく竜にたどり着いたであろうが、あの群れから家を守らねばなるまい。




「見つけた!」

家を飛び出し、近隣のビルを駆け抜けて到達。この街では最も大きな建造物。

―――市庁舎である。空の大穴はここの真上を中心に出現している。

――――真っ直ぐに降下している竜の着地点もここだ。

『ほう、小さきものよ。我に挑むか。』

目前の竜の言葉だろう。その巨大な顎から出る音は意味を持っているようには到底思えないが、理解できる。洋画の字幕版を見ているような感覚と言えば近いだろうか。

「―――」

『少し待て。我はやらねばならぬことがある。』

言葉と同時。異常な重圧が身を包む。体を動かすことができない。

そして竜が吠える。

『この世界に生きる者どもよ。我は裁定者、名をアジーン。主の代理人として宣告する!』

それほど大きな音を出しているわけではない。しかし。実感として理解できる。

―――この声は間違いなく全世界、あまねくすべてに届いている。

『万物を作りし神の名において、この世界の破却を通告する。抵抗は自由だ。我ら裁定者総じて十の獣を退けてみよ。』

あまりに一方的な宣告。それだけ告げて竜はこちらに向き直る。

『待たせたな小さきものよ。直接挑む前に詳しいるぅるを説明しよう。

―――だから、それまで、動くな。』

ほんの少し緩んでいた重圧が再度強くなる。動くことができない。

『まったく、血の気の多い。我ら裁定の獣は十。そしてそれに付き従う軍勢。ほれ、上に見えておるな。』

竜、アジーンが右足の指を一本だし、空をさす。

『我らは定期的に出現し、人を襲う。りーだーである裁定者を倒せばこの現象は収まる。しんぷるであろう?』

語るアジーンは実に楽しそうだ。

『そして、特典。自分の意思で我らと対峙したモノに対して。我らが主よりの祝福が与えられる。ほれ。』

アジーンが指を振る。華の視界が強い光に包まれる。光が収まると同時。竜は告げた。

『では、始めよう。小さきものよ。』



「―――理不尽な。」

『まあそう言うな。裁定のチャンスを与えられるだけましな評価だ。』

市庁舎からは少し離れたこの街の駅前。広くなった道路で彩夢はソレと対峙していた。裁定者と名乗ったあの巨大な竜ほどではないだろうがほかの獣よりも強そうな存在。姿は人に近く、高位のものであることが感じられた。

『さて、1の軍勢、将を務めるレイブンである。貴様、名と目的は。』

「―――向野彩夢。―――街を守る。」

『―――なるほど。特典は我を倒した後になる。よろしいか。』

「―――欲してない。」

体の震えも、吐き気も収まらない。それでも。皆の帰る家のために。

―――一歩。踏み出した。

激突。彩夢の拳がレイブンと名乗る存在の顔面に突き刺さる。あちらの蹴りは右大腿部に直撃。右足が引きちぎられる。一方、こちらの攻撃はダメージを与えたようには見えない。

「―――!?」

二撃目。拳が腹部に突き刺さる。

『ヒトとしては上位の力なのだろうが―――相手が悪かったな。』

その声が聞こえるか聞こえないか。彩夢は派手に吹き飛び、背後のビルに激突する。

『嘆く必要はないぞ。この世界で最も強きものもすでに敗北しているのだ。』

その声ももはや、聞こえない。



「空に大穴―――なんなんですかコレ……」

渋滞の途中で停止し、乗客の逃げてしまったバスで月影冬子は呟く。パニックに巻き込まれてはたまらないと席を離れずにいたのだが。タイミングを逃してしまったらしい。どうしたモノかとバスを降りた瞬間。


「おわっ、と。」

飛んできた誰かをキャッチする。かなり軽い。

「あっぶな。何があったんですか、もし?」

「―――うぅ。」

気を失っている。ひどい外傷は見受けられない。が。

「何ごとなの……華ちゃん?」

つい昨日。死闘を繰り広げた少女だった。



とりあえず。バスの影に隠れ、少女を寝かせる。さらに攻撃が来るかもしれないが、自分の幸運を信じる。

「一体全体何が起こってるの?」

隠れながら周囲を見渡す。いたるところから火の手が上がり、うるさいぐらいにサイレンが鳴り響く。

「―――こ、こは」

「あ、起きた。」

少女が目を覚ます。怪我自体は昨日負ったもの以外に見受けられなかったので大丈夫だろう。多分。

「月影ちゃん?」

「うんうん。華ちゃん、突然飛んできたんだよ。びっくりしたー。」

「――あいつが来ます。逃げてください。」

「へ?」

華が言うのと同時。衝撃と共に竜が舞い降りる。

『よもや死んではおるまい?挑戦者。』

「―まだやれます」

ゆっくりと華が立ち上がる。到底戦えるような状態には見えない。

「――――んー、えい!」

だから。とりあえず竜をぶん殴ってみた。

『――!?』

大層驚いた顔をして吹き飛ぶ。後方に止めてあったトレーラーに衝突した。

「―――な、なにを」

「んー、飛び入り参戦?」

自分でもよくわからないがとりあえず殴りたくなったのだからしょうがない。あの竜もそれで許してくれるだろう。

「ふらふらしてるし、休んでると良いよ。」

「いや、でも。」

「いーからいーから。友達が困ってるんだから。助けないと、ね?」

洋服に仕込んだナイフはわずか。恐らくアレを殺すには至らない。

「とどめはお願いね。時間稼ぎが精いっぱいだと思うから。」

「月影ちゃん!?」

竜に向けて走る。ついでに近くにあった軽自動車を蹴り飛ばしてぶつける。

『何と無茶なことを』

「大丈夫、こっからはもっと無茶です!」

段階を上げ、ナイフを連続で放つ。直撃すればダメージにはなるのだろうが空中へ飛ばれて躱された。体を回転させ、遠心力を使って腕に仕込んだアンカーを飛ばす。

『何と!?』

胴体を貫通。そのまま力任せに振り回す。

「ふっとべぇぇぇ!!」

その勢いのまま市庁舎に直撃。同ビルを倒壊させる。さらに振り回そうとしたが手ごたえがない。

「―――!」

嫌な予感を感じ、その場から飛びのく。市庁舎の瓦礫が空から降り注ぐ。恐らくあの竜が力任せに吹き飛ばしたのだろう。飛来する竜を右こぶしを大きく振って迎撃。

『強い!』

一方的に打ち勝ち、吹き飛ばした竜にナイフを投擲。刺さりはするが、ダメージは薄そうだ。こちらもかなりきつい。左胸に激痛。

「ギア上げすぎたかな――」

息が上がり、膝をつく。というか息がまともにできない。

相変わらず反動が酷い。心臓が止まりそうだ。

目前には竜の剛腕。死ぬのは久々だなぁと、半ば他人事のように思った。




『ああ、貴様らの蘇生因数?じゃったか。あれは我々の前では意味を失う。』

吹き飛ばされる直前。竜にかけられた言葉が頭をよぎった。視界には竜の前で膝をついた冬子。

「―――間に、合わない」

間に合わない。冬子がアジーンの剛腕につぶされるまで0.1秒もないだろう。それまでにあの竜を止めるのは不可能だ。恐らく冬子は蘇生因数を当てにして囮を買って出たのだろう。―――だが。

「このままじゃ」

また、目の前で人が死ぬ。

一度目は、見てることしかできなかった。

二度目は、言われるがままに逃げ出した。

では、三度目は?

「――――いやだ。」

走る。

「―――間に、合わない?!」

体の壊れる限界まで力を使えば。たどり着けるかもしれない。だが。制御は不可能だ。自分の体も、救うべき冬子もただではすむまい。いや、一つ。どうにかできる手段があった。大きく、息を、吸い込む。

「――――――――!!!!!!」

一気に吐き出す。あの竜の顔面に向けて。

『今のは!?』

隙ができた。全力で接近し、蹴り飛ばす。

「華ちゃん?!」

冬子が驚きの声を上げる。

――――――――――――あれにやられるとマズいです!

やはりというか。技の反動で喉がつぶれたらしい。

『戦声』手元に何もない今の状況で使える、唯一の遠距離攻撃だ。

つまりは単なる大声である。指向性を持った衝撃波として声をぶつける技。最大出力で考えなしにぶっ放したせいで反動が来たらしい。

『奇異なことを考える……だが、今更なんとする?』

竜が起き上がる。その身には一切の傷がない。修復したのだ。

顔面を吹き飛ばし、腹に風穴を開け、翼を落とし、四肢を砕き。それでもなお、次の瞬間には復元される。

『我を倒すには核を破壊する必要がある。』

核の位置は十中八九、胸。先ほどからそこを庇っている。だが。

『まあ、予想はついていると思うが。』

破壊できない。華の力でも、竜の胸部の鱗は撃ち破れても、それ以上は破壊できない。貫通、打撃、射撃や斬撃では核の破壊は不可能だろう。

『しかも両者ともに満身創痍。終わりだろう。』

それでも華は―――



そう、その声はもう聞こえない。なぜなら。

「―――華か、伯母さんか。―――多分どっちかだな」

最後の一言が無ければ、諦めていただろう。あるいは、逃げていただろう。

「つまり、アンタは私の家族を傷つけたわけだな!?」

彩夢のミュータント能力。『小さな奇跡』が発現する。

『む、まだ生きて?!』

もう一度、激突。今度はクロスカウンターの体勢。

「―――」

『――――バ――――カ――――な』

レイブンの顔面に直撃した彩夢の拳はそれを見事に粉砕した。

「―――言葉は選ぶべきだったなド三流。あんたは私を怒らせた。」

彩夢の体には傷一つない。妹の無事を確認するため、




祝福。そうアジ―ンは言った。

「どんな力をくれるっていうんです?」

ヒトの持つ力を強化するというよくわからない答えが返ってきた。

「人が持ってる力をです?」

だったら、ぜひ欲しい力があった。

「じゃあ、絶対に負けない――――」

いいだろうと。どこか面白そうに、答えが返ってきた。




「じゃあ、絶対に負けない強い心を。」

眼前の小さな少女はそう願った。祝福を与えし物は笑い、それもまた一興と力を与えた。それは。

「!」

声は出ない。それでも、その力は発動した。精神面の強化。ただそれだけの能力。

「!!」

気合と共に蹴りを放つ。現在の肉体で出せるギリギリにまで高められたその力はいともたやすく竜の両腕を破壊した。

「!!!」

勢いはそのままに。まともに動く方の腕、左で。正拳突きを放つ。

『これは!?』

胸部に直撃。

まず、竜のほぼ全身が消し飛んだ。

次に、衝撃波が発生。一帯の車がすべて吹き飛ばされる。

そして。拳の先。ビルが一棟消し飛んだ。

「――――――は?」

「――――――?!」

パンチ一発で起こったとは思えない事態に華と冬子がまず度肝を抜かれる。

直撃した竜はもはや足先しか残っていない。

「えええええええぇぇぇぇぇ!?」

――――――――――――なんでーーーーーーー!?







空が元に戻る。街にはかなり被害は出たが、幸いにしてどうにか復興可能なレベルだ。

「い、いない?!」

必死に家に帰りついたと思ったら家族が誰もいない。末妹はともかく次妹までいないのはどういうことか。

「大丈夫か!?お前たち!」

後ろから来た人物に抱きしめられる。

「父さん?」

「桔梗!彩夢と華は?!」

「私が聞きたいです!!」

父の顔が絶望に染まる。今にもパニックを起こしそうだ。

「父さん、気をしっかり!信じて!」

父の能力が作用してしまわないよう、落ち着かせようとする。

「大丈夫だよな――そうだよな?!」

「それはボクが聞きたいです。」

背後で聞きなれない声がした。

「―――た、ただいま、姉さん」

「――――――――」

『一応、全員生きてるぞ』

無傷の伯母に、服がボロボロの次妹、そして見知らぬ少女に担がれたズタボロの末妹。

「よかった―――――!」

「―――――!」

とりあえず末妹を抱きしめる。声にならない声を上げて動かなくなってしまったが。

『桔梗ーーーー!?とどめを刺す気か!?』





結果。私はあまり強くない連中の群れに絡まれ、ソレの相手をしていたのだが。

華ちゃんと冬子ちゃんが大ボスの竜と戦闘、両者負傷しながらもこれを撃破。

桔梗ちゃんと彩夢ちゃんは中ボス的なのと戦ってとりあえず無傷で撃破。

弟は普通に無傷で帰ってきた。

街の方の被害は大きいが、人的被害は数名にまで抑えられたらしい。しかし、だ。

『ねえ、華ちゃん、本当なのかい?』

「しつこいですね。確かにやつが言いましたよ。」

あの竜が言っていたこと。あと9体の獣がいること。祝福。そして。

『蘇生因数の無効化か。』

「事実、今回完全に死亡した者が複数出ています。」

ここは向野家のリビング。桔梗ちゃんがデータを見せてくれる。

「物的被害は市庁舎が完全に倒壊、その周辺のビルが5棟倒壊、駅ビルが半壊といったところですが、死者15名。」

『ひどいな……』

「とりあえず、今回のデータを基に対策を立てます。武器をそろえ、人員をかき集めましょう。」

「―――蘇生因数が高いものは役に立たない。そう聞いた。」

彩夢ちゃんが口を開く。

「実際、蘇生因数が高い人間ほど、奴らの前では動けなかったという報告が上がっています。ですので、対策用の人員としてはミュータントが必要です。」

『実際、ミュータントは強いからね。』

戦力としては妥当だろう。問題は絶対数が少ないことだが。

「じゃあ、ボクも?」

冬子ちゃんが聞く。話を聞くために上がってもらったのだ。

「できれば、他に知り合いがいれば、紹介してほしいですね。」

「わかった。協力してね、華ちゃん。」

「?」

なお、現在華ちゃんは治療中。彩夢ちゃんの力によるものだ。

「とりあえず、華は休んでいてください。貴女が一番ひどい怪我ですから。」

こうして、最初の一日は過ぎ去った。


第一の軍勢、打倒。

7

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