華とせかいのやぶれた日
わたしは夢をあまり見ない。
もともと眠りがかなり浅いうえに、気配に敏感だからだろう。
だから今回はかなり久々だ。
わたしの夢はいつだって同じ情景だ。
わたしにとって一番大事な記憶。忘れる事なんてとてもできない、わたしの5回目の誕生日。お母さんと一緒に準備をして。久々に帰ってくるお父さんと、学校から帰ってくるお姉ちゃんたちを待っていた。
大事な、大事な、忘れない―――――お母さんとの最後の記憶。
忘れる事なんてとてもできないけど。何度も見たい光景じゃない。
――――だから私は夢を見ない。―――見れない。―――見たくない。
あの日からずっと私の見る夢は悪夢だった。それは今日もおんなじで。
<紀元3000年水無月11日>
――飛び起きてあたりを見渡す。デスク、クローゼット、窓にカーテン、壁掛け時計。辺りを見回せば自室であると確認できた。張りつめていた息をそっと吐く。
「――――ッ!」
激痛が走り、呻く。痛みの発生源である右腕を見れば、厳重に包帯がまかれている。
「―――あ。昨日のけが…」
昨日の冬子との試合で負った傷だ。持ち前の治癒力によってだいぶ回復は進んでいるようだが、まだ動かせるまでにはなっていない。
壁にかかっている時計によると現在は10時15分。
――――まだ夜だ。寝ていよう。
「―――――10時15分?」
昨日床に就いた時間は覚えている。午後11時30分。
「―――――なんで?」
丸一日寝ていたのでもなければ今は明るいはずだ。にもかかわらず、部屋は真っ暗。
「………」
寝床を抜け出し、カーテンを開ける。
「―――――?」
さすがに首を傾げる。なぜか雨戸が閉まっていた。
「なぜ雨戸が。」
なぜって言われても………
私はやることがないのでリビングでバラエティを見ながらお茶菓子を食べていただけですし。突然華ちゃんに引きずられてきたらこの一言である。理不尽。
『とりあえず、今回は私じゃないよ。』
ひとまず弁明する。華ちゃんは怒っているわけではないが、どこか落ち着かない。
「ってことは姉さんたちのどっちかですか?」
『じゃない?』
今回の件に関しては本当に何も知らないので答えようもない。そもそも真っ先に疑うのが私ってどうなのか。
「――――この時間じゃ桔梗姉さんはいませんよね。」
そう言いながら華ちゃんは部屋を出ていく。
―――いつもなら小言の一つでも投げてくるんだけどなあ?
「彩夢姉さん、入っていいですか?」
「―――カギは空いてる」
二番目の姉にも事情聴取すべく、部屋を訪ねる。ノックして声をかけると小さくだが了承の声がしたので中に入る。
「―――珍しい。―――どうした?」
大型ディスプレイを使ってゲームをしていたらしい彩夢がこちらを見る。
白のラグカーペットにクッションを置いて座っている。この姉はなぜか椅子が好きではないらしいのだ。
「ちょっと聞きたいことがあって。」
「―――ん。―――座ると良い。」
こちらにもクッションを差し出してきた。オレンジ色の星型をしている。
「なんですコレ?ほし?」
「―――ヒトデ。」
「えぇ…じゃあそれも?」
よくよく見ると姉が座っているクッションはデフォルメされた甲殻類だ。
「―――これはロブスター。」
「………」
何とも言えない。
「姉さん、こういうの好きですもんね…」
「―――別に好きじゃない。―――売れ残り。」
「えぇ…」
なんだろうか。この脱力感は。
「―――それで?―――聞きたいことは?」
華が腰を下ろしたのを確認して、向こうから聞いてくれた。
「私の部屋の雨戸が閉まってたんですけど、何か知りません?」
「―――あまど?」
何の話だとばかりにこちらを見てくる。
「いや、その…」
「―――たぶん桔梗ねぇの仕業。―――起こさないようにって今朝言われたし。」
あっさり謎が解けた。どうやら華の安眠を気にした桔梗の仕業だったらしい。
「やっぱりそうでしたか。ありがとうです。」
「―――ん。―――で?」
礼を言うと、次は?と言わんばかりの表情でこちらを見てくる。
「え?いや、今のでおしまいで……」
「―――嘘をつくな。」
両手でほっぺたをつままれる。痛い。
「―――さっきから声が震えている、顔色も悪い。―――そんなこともわからない姉じゃない。」
両頬を掌で挟んでまっすぐに目を見てくる。
「大したことじゃないですよ。」
「―――じゃあ話せるはず。」
「う、いやその。」
揚げ足を取られた。別に話せないわけではないのだが、少し恥ずかしい。
「―――桔梗姉は知らないから。」
「……何をですか?」
「―――朝方、起きる少し前に真っ暗だと悪夢を見る。―――五歳のころから。」
「はいごめんなさい、嫌な夢見ました……」
完全にお見通しだった。
「―――まだまだ子供」
「夢が怖くて震えてるからですか?」
「―――そういうのを気にして隠そうとするのが。」
ぐうの音も出ない。
「―――今日は特にきつそう。―――ゆっくりでいい。話してみると良い。」
このヒトは何でもお見通しだ。どこかの誰かさんとは違って。
「えっと……」
姉は、華の話を昔から真摯に聞いてくれる。
「―――気を紛らわすか?」
一通り話した後。そう言って姉が差し出したゲームなのだが。
「姉さん、これたしか最新作が……」
ナンバリングが5まである人気作なのだが、姉が持っているのは4までだった。
「―――4は嫌い?」
「いや、そうじゃなくて。」
姉は昔からこうなのだ。
「―――だって。最新作は欲しい人が多い。」
姉は。いつだって遠慮して生きていた。
「―――手に入らない人が出てきてしまう。」
ヒトは誰だって他人に迷惑をかけて生きている。姉はそれが許容できないらしい。
ここ最近はそれが悪化してきており、外出すらできないらしい。幸いにして華たち家族にはそこまでではないのだが。
もう一度姉の部屋を見渡す。この部屋にはありふれたものか人が欲しがりそうにないものしか置かれていない。
「姉さんも難儀な生き方してますねぇ……」
高校まではどうにか行けたようなのだが―――入試や就活が受け入れられないらしく、現在は向野家の家事手伝いをやっている。
「姉さんの唯一の娯楽なんですし気兼ねしないでいいのに。」
ほとんど唯一の趣味であるゲームすらこの状況なのは重症すぎる。
「―――気にしないでいい。」
「……そうですか。」
テレビを見ていたら料理番組をやっていたので挑戦してみた。
これは……なかなかいい出来では?スパゲッティは初めて作ったが上出来だ。
作っている間に正午を回っていたので昼食として華ちゃんと彩夢ちゃんに提供することにする。
華ちゃんはともかく、彩夢ちゃんは部屋にいるはずなので、普通にドアをノックして入る。華ちゃんと一緒にゲームをしていたらしい。壁に取り付けられた大型ディスプレイでは、二人の対戦の様子が映し出されていた。
持ってきたスパゲッティを部屋にあったテーブルに置き、二人の対戦を見守る。格闘ゲームらしいのだが……高度過ぎる駆け引きの結果、タイムアップで引き分けに終わった。体力バーは一ミリも減っていない。すっごく激しい攻防を繰り広げていたはずなのだが、両者ダメージ無し。意味が分からない。
「あ、師匠。ご飯作ってくれたんです?」
『料理番組見てたらやってみたくなってねー。』
対戦はひと段落ついたようなので昼ご飯を食べる。
「―――ありがとう」
『どーいたしましてー』
なお、彩夢ちゃんも読唇術はできるので筆談とかはする必要がない。
『二人でゲームしてたの?』
「そうですよ。彩夢姉さんすごいつよくて。」
「―――華も人の事言えない。」
スパゲッティを食べながら二人の会話を聞くと恐ろしい事実が浮かび上がってきた。
どうやら華ちゃんもそれなりにこのゲームをやりこんでいたようなのだが、一時間半近く拮抗した試合が続いていたらしい。彩夢ちゃん、すごいなんてレベルじゃない。
そう、対戦するたびに強くなっていく華ちゃんと一時間半拮抗し続けたのだ。
手加減してプレイしていたのか同じ速度で成長していたのかは不明だが、どちらにせよ人間業じゃないと思う。
「―――ちょうどいい。―――ゲームを変えよう。」
と、いうわけで始まった二回戦。二人の領域に入っていける気はしないので私は辞退することにした。少し前に発売された特殊なレースゲームらしい。キャラクターはおんなじで乗るマシンを選ぶタイプ。華ちゃんはおはじきみたいなマシン、彩夢ちゃんはスクーターらしき一輪バイクを選択した。
その試合は私の中のレースゲームという概念を壊すには十分すぎた。なにこれ。
華ちゃんのマシンは前向いて走らないし彩夢ちゃんのマシンはおよそ人間が操作しているとは思えない。高速回転しながら壁に突っ込んで加速してるし。
2人ともプレイするたびにラップタイムが短くなるあたり、彩夢ちゃんの成長速度は華ちゃんと同等らしい。ミュータントだからだろうか。
台所を片づけて戻ってきても続いていた対戦は正直ついていけないレベルに到達していた。とりあえず小休止がてらお茶にでもするかと考え、紅茶とお菓子を用意して彩夢ちゃんの部屋に移動していた時だった。
巨大な音が聞こえた。軋むような激しい異音。全身が総毛だった。それは隣にいた妹も同じようで、対戦を中断し外を確認する。席を外していた伯母も戻ってきており、窓を開け、併設されているベランダから外に出る。
「―――空にヒビが」
思わず声に出てしまう。軋むような音は一定周期で鳴り響いており、その音と同時にヒビが大きくなり、空の欠片が零れ落ちる。
『空間が壊れるとでもいうのか?』
伯母も目の前で起こったことが信じられない様子だ。
そして。空間のヒビがクモの巣上になり、空ひとつを覆いつくし。
―――――完全に砕け散った。
「――――空が」
『――――砕けた?』
その向こう側には塗りつぶしたかのように黒一色の空間。そして
――――あまりにも非現実的な存在。
「砕けた空と―――竜」
それは。
『まだ―――いたのか。私を倒したアイツ。』
伯母が雪山で遭遇し、現状を作り上げた存在。
「――――ッ!!」
『華!!』
先ほどから一言もしゃべらず、空を、竜を見ていた華がベランダの柵を飛び越え、街に向かう。
「―――追って!伯母さん!」
『―――――わかった!』
自分の声掛けで伯母も後を追う。
「―――――」
しばし、立ち尽くす。この光景は。
「―――破れた空。―――巨大な竜。―――燃え盛る街、か。」
この光景は。華から聞いた悪夢の内容そのものだ。
今。最初の火の手が上がった。それを待っていたかのように。
――――竜が、降りてくる。
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