華とけっしょうせん

現在、私の眼前の大型モニターでは圧倒的な結果に終わったAブロック――華ちゃんの試合のハイライトが流されている。実際の試合中は狙撃での殲滅という地味さもあってか盛り上がりにかけていたが、編集されたムービーではその超絶的な技量がわかりやすいらしく、会場は大いに盛り上がっている。しょーじき結構な悪目立ちしてる気がするのだが、華ちゃんの最初の目標はどこへ行ってしまったんだろう。



 頭に付けていたヘッドセットを取り外す。選手一人一人に割り当てられたシミュレータ室は人ひとりがギリギリ入るくらいの広さで、居心地が悪い。そもそも、神経伝達を遮断するなどと聞かされたが本当に大丈夫な機械なのだろうか。死亡回数に余裕があるからって適当な作りになっているかもしれないし。

「大丈夫ですよね――?今さっきは問題なかっ――――――」

確認しようと取り外したヘッドセットを眺めていたらさっそく煙を吹き出し始めた。

「こわれたーーーー!?」

すでにBブロックの試合が始まっている中、華は煙の止まらないヘッドセットをもって廊下を走り回るのだった。



 眼前のモニターには大きく冬子ちゃんが映し出されている。ついさっき始まったBブロックの映像だ。華ちゃんの試合とはうって変わって中央での激戦となっている。ほかが重火器で武装する中、冬子ちゃんの装備は予選と同じくナイフ。にもかかわらず他を圧倒している。予選とは違い、均一化された身体能力のアバターで、だ。

ミュータント―――。それもかなり特殊なタイプ。そもそもシミュレータ形式の予選はミュータントにはあまり向かないはず。身体能力が向上するタイプはただの人間と化すし、サイバー空間にまで及ぶような特殊能力は少数派。うちの弟はともかく、華ちゃんは身体能力を持ち込めないし、その姉である彩夢ちゃんは能力を使う事すらできないはずだ。にもかかわらず、彼女はその異能を完全に発揮している。タネさえわかれば納得できるのだが。単純ではあるが、恐ろしく厄介だ。




 ヘッドセットは完全に故障していたらしい。原因は不明。数が無いらしく、敗退した出場者から借りてほしいとのことだった。敗退者たちも三位決定戦などを行うため、シミュレータ室にいるはずだ。ちょうどBブロックも終わっていたので先ほどの部屋がある区画まで戻る。と、慌てた様子の冬子がいたので声をかけた。

「あ、向野さん。つけるのがみんなびりびりって!みんな!」

「落ち着いてください。何事ですか?」

手を四方八方に振り回しながら会話にならない言葉を発する冬子を落ち着かせる。とりあえずは近くの販売機で飲み物を買って飲ませた。効果はあったらしく、数分で落ち着いて喋れるようになってきた。

「えっとね、頭に付けるやつが突然ビリビリしだして。」

「びりびり?」

頭に付けるやつはおそらくシミュレータ用のヘッドセットだろう。ビリビリとは電流でも流れたのだろうか?

「ボクはちょうど外してたんだけど、他の人たちはつけたまんまで。」

「えーと、頭に付けたままのヘッドセットから電流が?」

冬子がうなずく。だいぶ恐ろしいアクシデントだ。

「たぶんみんな死んでるかな。死ぬかと思ったよ…怖かったー」

「そんなに強い電流だったんですか?」

「つけてた人、体から煙上がってたよ?」

あまりの事態に絶句する。華だってシミュレータが故障しなければ最悪死んでいたかもしれないのだ。

「―――とりあえず、学園側に報告に行きましょう。」

とりあえずは報告をしなければならない。人命軽視のこの世界のことだ、十中八九続行だろうが。




 ところと時間が少し変わって闘技場。ここは闘技場だ。360度どこを見てもコロシアム。それ以上でもそれ以下でもない。急ピッチで用意されたためかところどころに亀裂やコケが見られる。

「まさか生身での参戦を強要されるとは……」

華が立っているのは闘技場中央。どうしてもため息が出てしまう。

学園事務局に問い合わせたところ、現在使われていない施設であったこの場所が整備され、決戦場としてあつらえられたのだ。シミュレータは復旧不可能だったらしい。

「~~~~~♪」

憂鬱な華と対照的に、対戦相手である冬子はとても楽しそうだ。今も鼻歌を歌いながら装備を確認している。

 こちらも装備を確認する。会場の準備時間の間にかき集めたものだ。主に使う予定なのは予選でも使用した拳銃である。あとは隠し玉の小細工。現地調達の急造品であり、性能には不安が残るが、これが限界だった。

『シミュレータのトラブルにより、生身での戦闘となりました。

ルールは単純明快、武器、素手での攻撃を問わず、相手の頭部に先に命中させた側の勝利となります。』

アナウンスが響く。ルールは本当に簡単なもの。というより、苦肉の策なのだろう。華と冬子は耳に予選でも用いた小型センサーを付けており、これによって頭部への攻撃を感知するのだ。

『では、試合開始!!』

号令がかかる。同時に発砲。中身は無論ゴム弾であるが。

「容赦ないね!」

さすがにミュータントというべきか、即座に真横に飛んで冬子は銃弾を躱す。想定内。冬子の声とほとんど同時に飛来するナイフを身をひねり、銃身で弾き、弾丸を使って撃ち落とす。これも想定内。現在使用している技能は『曲撃ち』と『体術』。

ひとまず、冬子のミュータント能力を把握するため時間を稼ぐ。




 眼下には闘技場。華ちゃんと冬子ちゃんの試合が始まっている。凄まじい速度で放たれる投げナイフを華ちゃんが撃ち落とすたびに喝さいが上がり、銃弾を冬子ちゃんが躱すたびに感嘆の声が上がる。華ちゃんはどうやら能力を見極めようとしているらしい。でも―――――

―――――勝ち目、あるんだろうか?




「そろそろいいかな?こっちからいっくよー!」

次の瞬間には目の前に。

「ってあれ?うわわ!」

移動したと思ったら派手に転んで明後日の方向に吹っ飛んでいく。何もないところで冬子が転んだのはこれで9回目だ。

「―――ふざけてますね」

「そんなつもりじゃないんだけどなぁ。」

口角をつりあげ、彼女は笑う。そう、これで9回目。

9

1度目偶然2度奇跡、3度目必然4運命。という恋愛の格言があるらしいが、9度目ともなればといったところだろうか。

「尋常じゃない―――、ですか」

「んー、あんまし自覚はないんだけどね。」

小首を傾げながら冬子は答える。

「そーいう君はさっぱり尻尾を出さないねぇ。身体能力はすっごく高いし、銃の腕前も達人級だけどさ。」

「―――――、じゃあ、見せてあげましょうか。」

いうと同時、銃を真上に放り投げる。何度も練習した『スイッチ』。動作と同時に使用技能が切り替わる。

「――――ふっ!」

思い切り踏み込む。





 呼気が、爆発音が、風切り音が聞こえたのは頭上を拳が通過した後。

「あっぶな!」

完全に意識の外。気が付いたら冬子は攻撃されていた。それすらも躱させた自身の異能には驚愕するばかりだ。恐らくは今のが彼女の本気なのだろう。

「それが、君のか。」

異能の域にまで高まった戦闘技術と身体能力。それが目の前の少女の異能なのだと冬子は解釈する。

「だったら、こっちもギアを上げて行こう!」





 音速を越えた一撃はものの見事に避けられた。速度重視ではあったが、今できる全力を、だ。これはさすがに用意しておいた小細工を使わねばならないかもしれない。ちょうど落ちてきた銃をキャッチし、技能をスイッチ。

「――――!」

殺気を感じ、考えるより前に飛びのく。

同時に、ソレは放たれた。目の前をギリギリ目で追えるかといった速度で通り過ぎて行ったソレは闘技場の壁に突き刺さり、巨大な亀裂を生じさせる。

「――――反則臭くないですかそれぇ」

呟く。コンクリート製の壁に突き刺さったソレは、おそらく反対側にまで突き抜けている。厚さ5メートル強のコンクリート壁を、だ。さすがに今の華にもそこまではできるか怪しい。つまり―――

「冬子ちゃん、私より強い……かも」

「えへへへ。」

朗らかに笑いながら2射、3射。一撃一撃をギリギリで躱していく。連射と言ってもいいほどの頻度で飛来する致死の一撃。攻撃する隙が見当たらない。

「――――カハッ?!」

壁に向いていたはずの背中に強い衝撃。息が抜け、体勢が大きく崩れる。何が起きたのかを考えるよりも早く、冬子は目の前に。初撃はのけぞって躱したが、続く二撃目。顔面狙いの投擲。躱すのは不可能だ。




 一発だけ混ぜていたゴム製のナイフが綺麗にヒットしてくれた。正直アレを躱したときは絶望したが、思いのほか一杯いっぱいだったらしい。ゴムナイフは壁に当たって弾き飛び、跳弾の要領で華の死角から直撃した。動きが止まり、至近距離からのナイフをも躱されたが、大ぶりの左に隠した本命。右手の指ではじいた二発目までは躱せまい。とっさに右手で顔を庇っていたがもう遅い。




 顔を庇って出した右腕に投げナイフが突き刺さる。運悪く、場所は尺骨と橈骨の間。

直感でわかる。これは貫通する。威力は先ほどまでの物よりも弱いが―――

「――――――やだ」

理解している。これは負けだ。

把握している。死ぬかもしれない。

分かっている。ここで耐えてもじり貧だ。

「――――――――――――――でもやだ」

これは悪あがきだ。ただの意地だ。

「―――――――――――――――――それでもやだ」

負けたくない。ただそれだけ。

「―――――――――――――――――――――――――――――――—」

無理矢理腕をねじり、半ば貫通したナイフを

筋肉が断裂する。皮膚がねじ切れる。骨は平気のようだが無理に動かしたせいで右腕全体が使えそうにない。

「――――まだ、だ。」

驚愕に目を剥く冬子の顔面を狙い、左肘を打ち下ろす。躱されたら右回し蹴りを。躱されたので左後ろ回し蹴りを叩き込む。最後の一発は胴体に入った。

「―――――――――いたい」

右腕は持ち上がらない。本格的にいかれたらしい。だが、一撃。確かに幸運を貫いた。





 至近距離の攻防。冬子ちゃんに一発入れることには成功したみたいだけど、確実に華ちゃんの方がダメージがデカい。右手ズタズタだし、肩で息してるし。でも。この状況で我が弟子は笑みを浮かべた。冬子ちゃんも、だが。




 凄まじい。正直、3発とも地力じゃ避けれない。本来ならすべて幸運で躱せたのだろうが、今のは話が違う。

「さすがにタネが割れちゃったかな……」

冬子の能力は自身に絶対的な幸運を付与する『神の寵愛』。




―――――――――だけではない。

詳細不明だが、身体能力を段階的に強化する異能も別で持っているのだ。この2つは段階1であれば併用可能なのだが、それ以上にあげると幸運の方が弱まっていく。

今のはその隙を突かれたのだ。

「でも、あっちも満身創痍だし…」

数瞬、考えを回していただけなのに。次の攻撃が飛んでくる。





 まだ。まだ想定内。さすがにダメージのレベルは想定外だが、能力の仕様自体は想定内だ。

「先に動く!できなきゃ負けだ―――」

虎の子の小細工。飲料の容器を取り出す。




 打ち込まれた銃弾を回避。恐ろしいことに全てが寸分狂わず顔面狙いだったが、どうにか躱せた。が、安堵する間もなく次が来る。先ほどとは逆の状況。

「こんなもの!」

飲料の容器に砂を詰め、ホースをつないだ即席の分銅。頭部めがけて横なぎに飛来したそれを右手で掴み、受け止める。このまま引き寄せてやろうかと思ったところで爆発音。


――――周囲が砂ぼこりに包まれる。恐らく砂と一緒に容器内に爆発物でも入れたのだろう。だが冬子は無傷だ。段階を1に戻していたため、幸運は復活している。

「―――――そこ!」

もう一度、段階を上げる。無防備に突っ込んでくる対戦相手めがけて投擲の準備。





 ホースに息を吹き込んで容器を破裂させた後。冬子めがけて思い切り走る。

「―――――きた。」

方向のわかっている投げナイフを最小限の動きで回避。そして。真後ろからの衝撃を使って。飛ぶ。




 投げたのは先ほどと同じゴムナイフ。躱された時の保険と、殺さないようにという配慮だったのだが。

「うっそでしょう?!」

反発したゴムナイフをわざと喰らい、距離を詰めるのは想定外だ。誘っていたのか。どこからだ?どこからがこの少女の作戦だ?

「――――ガッ?!」

そのまま。段階を戻す暇すらなく左ひじが胴体に。顔を庇うことを読まれた。とりあえず距離をとるため、後方に飛ぶ。

―――――それすらも。




曲げた肘を戻す勢いで、左手に持った銃を投げつける。顔を両腕で庇っていた冬子には見えなかったはずだ。吹き飛ぶ冬子に追撃はしない。

「――――――こい。」

果たして。彼女は全力で。弓を引き絞るようにナイフを構える。それでいい。




 思わぬ一撃をもらったが、体勢は立て直せた。追撃は          ―――――来ない。今度こそ。全力で。段階3。心臓が早鐘のように脈動する。ナイフを構え、

――――放つ。

踏み込みの瞬間。何かを踏んだ感触。軸足が。重心が。狙いが。―――ずれる。



―――――砂の中にまじっていたのは爆発物ではない。

円筒形のものを思い切り踏み込み、バランスを崩す。転倒こそしなかったが、ソレは大きな隙。

「ここまで作戦通り!?でも、段階を戻せb――」

必死の叫びは何かがぶつかったことでキャンセルされた。それは――

「銃!蹴って飛ばしたの?!」

彼女の投げた銃。吹き飛んだ位置さえ覚えていたのか、間髪を入れずに直撃した。

だが、段階は戻せた。今の冬子に攻撃は通用しない。―――――なのに。




格闘技の中でも見栄え重視の大技。それを、華はチョイスした。

正面から飛びついて。頭に足を絡めて。転倒させる。華の足がクッションになり、冬子の頭は傷を負わない。

――――これなら、倒れて怪我するところを回避する幸運に割り込めるのでは?

その理屈は正しかったのか。ともあれ、決着はついた。

「――――――。」

冬子に。その異能に。

「―――――私は、負けるほうがいやですけど。」

自分に告げる。

会場に試合終了のブザーが鳴り響いた。





『は、華ちゃーーーん!?』

居ても立ってもいられず、会場から出てきた華ちゃんに飛びつく。

「――――いたい、です」

右腕を触ってしまったらしい。

『怪我の具合は?』

「―――右手だけです。あさってぐらいにはなおると思います」

華ちゃんのことだ。それは本当なんだろう。でも、

『無茶しすぎだよ。なんだってこんな―――』

とりあえず、お説教のお時間です。それはもう。




『そもそもね、目立ちたくないって言ってたのに――』

帰り道。お説教、継続中。

「――――――――――――そもそも、発破かけたのは師匠です……」

ずっと黙って聞いているだけだった華ちゃんが口を開いた。

『へ?発破?』

発破なんてかけただろうか?んー、発破――――?

「――――――――お昼に」

あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!うっそでしょ!

あれ気にしてたの!?純粋すぎるわ!華ちゃんの様子は―――

「―――――――――――――」

絶句しとるぅぅ!!!

『いや、その、あの、』

「――――考えすぎでした」

「――――――心配かけてごめんなさい」

かなり悲痛な表情で―――泣くの、堪えてらっしゃる………

『いや!私が悪かった!!私の責任だ!!謝る!

―――――――ごめんなさい』

いやごめん。マジでごめん。

「――――――――」

『な、ナニカお願い事とかある!?その、埋め合わせというか――』

本当に申し訳ない。この子のことをわかってなかった私の不徳の致すところ。別の言い方してれば怪我なんてしなかっただろうに。

「――――――ほんとですか?」

『も、もちろん!!』

「ほめてください」

『へ?』

人通りの少ない住宅街。実体化している私に抱き着いて華ちゃんは言った。

「がんばったって―――ほめてください」

――――――私は誤解していた。この子のことを今の今まで。

今日、がんばってた理由も。あの時意地になってたのも。心の内でさえも。

―――――ただ。この子は普通に、ほめてもらいたくて頑張ってただけなのか。









『頑張ったね。華ちゃん。すごいじゃない。』

「うそっぽいです」

『が、ガンバッタネ華チャン』

「―――――――へたくそ」


――――――ありがとう、そしてごめんなさい。■■■さん。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る