華とがっこう

視点が頻繁に切り替わります。人称と段落で区別していますが、わかりにくかったらすいません。




<紀元3000年水無月10日>


――――――あれから。

華は私のもとで修業に励み、ついに免許皆伝に至った。







嘘である。

結局、修行は中途半端なまま中止され、私たちは山を下り、華ちゃんの実家に移り住んだ。いや、金銭不足とかじゃないよ?

この辺の話はやたらと長くなりそうだから端折るが、10日ほど前にちょっとした事件が起こり、山を下りざるを得なくなった。





私の身に若干の不都合が起きたのだ。

まあ、そんなことはどうでもいいよね。

私たちは未来の話をするべきだ。

「………師匠、朝早くから私の部屋で―――いやがらせですか?」

未来の話をしようとしたら華ちゃんに怒られた。

私は一言もしゃべっていない。もちろん騒いでもいないというのに。

「師匠の気配というか、存在感は人一倍強いんです。正直部屋に入ってきただけでも目が覚めます。」

とのお言葉。



その言い方じゃあ、私が幽霊か何かみたいじゃないの。

「―――――どうせ、『私が幽霊か何かみたいじゃないの』とか思ってるんでしょう?」

即バレた。しかも私の声真似が滅茶苦茶うまかった。

自分の声で話しかけられるとかすごい混乱する。

しかもそれが華ちゃんに言われてるとなると……正直、こうふ――





「…………出ていけと言ってるの、わかりにくいですか?」

ドスを聞かせた声ですごまれた。満面の笑み付きで。超怖い。

仕方ない。話したいこともあったんだけども、ここは退散するとしよう。











「………何しに来たんですかねあの人は……」

そそくさと部屋を出て行った自分の師匠に嘆息する。

普段の態度はおちゃらけてるように見えるが、あれで一応、礼節をわきまえた常識人だ。用事もなく人の部屋に侵入はしないだろう。

その辺は七年の共同生活でわかっている。

頭の中の益体もない考えはどうやら『考えているだけ』であり、実際の行動には影響しないようだし。



再び嘆息。

「まあ、いかにメンタル強くてもあれには混乱しますよね……」

そう言って、師匠が壁をぼんやりと眺めるのであった。












なんとなくというか、何も考えずに壁を突き抜けてしまった。

いや、壊したわけではなくて。

私は今、華ちゃんの部屋の前でふわふわと浮いている。




何の因果か、私の体は現在、霊体とでも言うべき状態になってしまった。

先ほどのつぶやきは盛大な自虐ネタだったわけである。

死んだわけではない。これは私と華ちゃんの共通認識だ。

まあ、なんかの拍子にポックリって可能性もなくはないが。

華ちゃん曰く、私の現状には不可解な点がいくつかあるらしい。


まず、私の死体が発見されていない点。



次に、私の蘇生因数が少なくとも50万以上は残っていた点。

私が削り殺される場合、驚くべきことに4000年以上の時間がかかる計算になるらしい。復活に二日かかると計算した場合であり、それより長くなる可能性は高い。

何より、私を50万回以上も殺せる人間が居たら見てみたいとは華ちゃんの弁である。


三つめ。私は現在、任意で物理干渉が可能で、一般人の眼に映る(見えなくなることも任意で可能)。これが結構便利で、入ってはいけないところへの侵入は容易。




四つ目。そもそも、こうなった当日は華ちゃんがずっとそばにいた。

もうこれだけでもアリバイ(?)は成立する。

さて、では何があったのか。







―――実際、何が原因であるかはなんとなくわかっている。

まあ、最初に述べた通り、私に取っちゃあどうでもいいことなのだが。

むしろメリットばかり。

かつてのゴリゴリマッチョウーメンな肉体は全盛期の女性的なシルエットを残しつつ筋肉質な姿に戻ったし、人目を避けることも容易。



しかも壁抜け、浮遊まで可能!

ここで華ちゃんの部屋の壁を抜けて寝顔を拝もうとするのはいけない事でしょうか



「廊下で何してんですかアンタ!!?」

うん。やっぱり悪用はいけないね。

華ちゃんの拳はすでに下腹部に突き刺さっていた。

その後、私の目が覚めたのは地久(この惑星の事)を何周かした後だった。










自分の師匠には悪ノリする悪癖があるらしい。

多少はショックを受けているのではないかと心配してきてみれば、これだ。

とりあえずぶん殴っておいたが、あの状態だと摩擦が効かないうえに慣性だけは仕事をするらしく、そのままの勢いで吹っ飛んでいった。

重力が仕事をしていれば戻ってくるだろうが、案外宇宙まで行ったかもしれない。





基本的に他人に何があろうとスルーする信条な華だが、標的が自分であれば自衛はする。数時間は戻ってこないだろうと判断し、自分の睡眠欲を満たす作業に戻る。





――――まだ夜明け前だった。















結局、何周したのかはわからないが、どうにか元の場所で停止することができた。

下腹部には鈍い痛み。わが弟子渾身のボディーブローは霊体にすらダメージを与えるらしい。そもそも、私の物理無効は華ちゃん相手には効き目が薄いのだ。

原因は不明。一人くらいは止める奴が必要ってことなのだろうか……だとすれば人選は完璧だ。




ともかく、いい加減起きてても良い時間だったので華ちゃんの部屋に再突入する。

先ほど(と言っても数時間前だけど)は起こさないようにこっそり入ったが、今度はちゃんとノックして返事を待って入る。












あの後数時間は普通に寝れたらしい。非常にさわやかな朝だ。

起きだした後、ベッドを整え、髪を梳かしながら洗面所へ。顔を洗って髪を整えた後(とは言っても前髪をヘアピンでとめるぐらいだが。)部屋に戻って服を着替える。

「――――制服か…。」

中途半端な時期ではあるが、今日から学校とやらに行かねばならないらしい。

「――カギはかかってませんよ。」

ノックの音。師匠はどうやら戻ってこれたらしい。












さて、先ほどはせいでさんざんな目にあったが、ようやく本題に入れそうだ。

『華ちゃん、入学おめでとー!』

「転入が正しいと思いますけど。」

しまった。初手で間違えた。

リカバー、リカバー。



『い、いやいや、華ちゃん的には初めての学校じゃない?だから入学だと思うよ?!』

「まあ、そんな細かいことどうでもいいですけど。で、何の用です?」

おかしい。最近、弟子がとても冷たい。

昔はとてもかわいかったのに。

私はクーデレとか好きだし、むしろ大好物だけど。

「相変わらず素敵な頭の中ですね……」

呆れたようにため息をつかれた。




おかしい、私は一言もしゃべってないというのに。

「表情でわかると何度言えば――――」

洞察力。観察した事柄から、目に見えない部分まで推し量る力。

なんかニコニコしてる→いいことあったのかなとか、眉間に皺寄ってる→怒ってるなとか。そんな具合に観察結果から推理するわけだ。



さて、華ちゃんには無限に成長する能力がある。

果たして、成長し続けた洞察力とそれに付随する観察力によって何ができるか。

今、華ちゃんは表情といったが、私は表情筋が硬い。

正直、鏡に映った自分の顔を見ても表情を変えたか判断できない。

それこそ、周りの人には鉄面皮と呼ばれるくらいだ。

しかしながら、常識はずれの洞察力・観察力を持つ華ちゃんには機嫌や感情どころか、何を考えてるかまでわかるらしい。



もはやエスパーの域だが、彼女からしてみればこれが普通らしい。

こんな風に、華ちゃんの一部の能力はもはや人間どころか物理法則を越え始めていたりする。

「と、失礼。脱線しました。別件があるんですよね?」

『あー、そうそう。えっとね、最終確認なんだけど飛び級、ホントに中学で良かったの?華ちゃんには大学レベルの勉強まで教えておいたし、正直大学に入ってもいいぐらいだけど。』

「社会勉強だって言ったのは師匠じゃないですか。そもそも、勉強はあまり関係ないと思うんですが。」

私たちの住むこの国じゃあ、飛び級は別に珍しくない。

基本的に実力主義の世の中なので、十分な学力さえ証明できれば簡単に上の学年に編入できる。実際私も大学卒業したのは18歳ぐらいだったし。

ちなみに、大学に在籍した期間は8年。

14歳の華ちゃんが中学3年生に編入するくらい、おかしくもなんともない。




「というか、本当に大丈夫なんですか?私、自信ないんですけど。」

『何言ってんの。中学生程度の勉強でつまずくような教え方してないよ?』

「いや、そうじゃなくて………」

おかしい。なんか会話がかみ合わない。

「一応聞きますけど、私が編入する学校選んだの、師匠ですよね?」

『いや?最近の学校事情とか知らないから桔梗ちゃんに頼んだよ?』

「――――――――なるほど。」

一人で納得すると、鞄を開けて書類を引っ張り出す。

いや、書類というか、パンフレット?






「これ、私が行く学校のパンフレットです。」

『?』

渡されたパンフレットにでかでかと踊る学校名は―――








『私立二木学園 戦術養成科』










パンフレットを見るなり師匠は部屋を文字通り飛び出していった。恐らくは姉のいるLDKに向かったのだろう。

「心配してくれるのはいいんですが………」

一般的な目で見れば過保護なのだろう。

ただ、自分のために一生懸命になってくれる姿がうれしかった。










『どういうつもりだ―――――――――――――――!!!?』

リビングへ直行。幸い、リビングは一階、二階にある華ちゃんの部屋の真下だ。

慌てて一度廊下に出てしまったが、すぐさま真下に潜るようにして階下へ。

「伯母様ですか?どうしました?」


ふんわりとした笑顔を浮かべながら、表情通りのふんわりとした声で答えたのは桔梗ちゃん。この家の長女である。現在は朝食を作っているらしく、平然と三つくらいの作業を並列でこなしている。

『何を考えている?!』

「伯母様、口パクではわかりませんよ?そうですね、今日のお弁当のメニューでしょうか?」

『聞こえてるじゃない!?』

私の声は華ちゃん以外の人間には聞こえない。というか、聞こえる華ちゃんが特殊なのだ。会話が成立しているのはただ単にこの子が読唇術を使えるからだ。




というか、本来相手の顔を凝視しなければできない読唇術を料理しながら平然とこなしているこの子がどこかおかしい。こういう技術の使い方で言えば桔梗ちゃんは私をはるかに上回る。ちなみに現在22歳、社長さんをしている。

「うふふ、冗談ですよ、冗談。で、どうしました?」

相変わらず、やりにくいっていうか、苦手だ。華ちゃんとはまた違ったやりにくさだ。この子の場合、相手が何考えてるかはわからないけど、何考えてても構わないですーって感じの余裕がある。商談するサラリーマンとか、やりにくくてたまらないだろう。


ともかく、ここに来た用件――というか文句だが――を告げる。

『華の進学先よ。一応、信頼して任せたんだけど?』

なにゆえ、あの子は戦術を学ぶ学校へ?(なお、あの学校にはそれ以外の学科はない。)

「来年の予定だったんですよね。一個飛ばして高校に入れようって。」

『そ、それは……』

はい、思いっきり私のせいである。





「そこしか空いてないんですよ。欠員が出たとかで。」

『だけど、華ちゃんにもしものことが―――――』

もう少し待ってもいいじゃないか。そう説得を試みたところで、桔梗ちゃんは静かに語りだす。

「ええ、私も心配です。何しろ、なわけですから。」

このヒト、もうちょっと愛に憶病になってもいい気がする。






『そう思うんだったら……』

私が二の句を口に出す前に、目前の女性は喋りだす。

「幸い、我が家には強くて、あの子の師匠で、日中お暇なお姉さんがいます。」





はい?

「どうぞ、好きなだけあの子を守ってくださいね?」

こちらを見る桔梗ちゃんの眼は、笑っていなかった。












「最悪の気分です」

ごめんね……ごめんね……。



保護者同伴での学校。

私は周りの人に見えないとはいえ、やっぱり、ねぇ。

できるだけ人の眼には映らないようにするつもりだが、結局華ちゃんには見えちゃうわけで。ホント申し訳ない。

ともかく、ご尤もなご不満を述べる華ちゃんを追いかけて私は学校へ向かった……











実を言うと、少しだけ嬉しい。案外自分も師匠離れができていないようだ。

ふと隣を見ると、申し訳なさそうな顔をした師匠と目が合う。

本人が自覚している通り、彼女の表情の変化は非常に少ない。

師匠は何か勘違いしているようだが、華に考えてることまで読み取られるのは華ではなく師匠自身のわかりやすい性格が原因である。

共同生活一年目にはなんとなく何考えてるか読めるくらいにはわかりやすい。

だから、どちらかと言えば洞察力というより経験則やファイリングに近い。

まあ、本人には言わないが。精々悩んでいると良い。




「とにかく、他の人に姿を見られるのだけは避けてくださいね?」

周りに人が増えてきたこともあって、口の動きだけで伝える。

『はい…了解……』

すっかり意気消沈している様子に、少し笑いが出てくる。

「……もう、頼りにしてるんですよ?師匠?」

『が、頑張る……』

なぜか師匠の顔から表情が消えた。こういう時はさっぱり何を考えてるのかわからない。追求しようにも、もう学校に着いてしまった。

周りからはわからないように手を振り、フヨフヨと校庭の隅に飛んでいく師匠を見送るのだった。








「もう。頼りにしてるんですよ?師匠?」

微笑みながら華ちゃんが言う。え?なにこれ?天使?かわいいとかそんな次元じゃない。しかもめっちゃ親しみを感じるし!と、とりあえず返事!返事をしないと!

『が、頑張る……』

だめだ。より鉄面皮が固まっちまった……なんだよもう。

と、校舎に着いた。さすがに教室の中とかまでついていくわけにはいかないし、校庭のどっかに見守れそうな場所を探そう。ふと振り向くとニコニコしながら華ちゃんが手を振ってくれていた。24時間働けそうだわ。









たぶんHRの時間。小学校なら朝の会。

学校の中庭にちょうどいい場所見つけたので、ちょっと遠めだがここから見守ることにする。


ちょうどいいので修行もすることに。

とりあえず、近くに生えている樹の一番細い枝に飛び乗る。

霊体になってからよくやってる修行だ。

一本の細い枝に、自分の重量を軽くすることで乗っかる。

簡単に見えるかもしれないが、自分の重量操作ってかなり難しい。

まぁ、何をやってるのかって、霊体の体に慣れる修行だ。




ちなみに、華ちゃんは生身で気のようなものを操って同じことができる。

人間超えすぎて笑いも出てこない。さてさて、その状態でHRの様子を見守る。

……少なくとも数十メートルは離れたここから読唇術できる私も大概か。





『こちらが、今日から同じクラスになります、向野 華さんです。』

思いのほか普通に進んでるようで一安心だ。

『向野さんは戦闘の訓練といったものは受けたことが?』

「え、ええ。一応。」

『では、今日予定されていたクラス対抗の模擬戦争にも参加してもらいましょう。』

おおっと華ちゃん、めちゃくちゃ困った顔してるぅ!可愛い!超かわいい!!

「え、えっと?」

『いやぁ、わがクラスは最近負け続けでしてね………』

担任の先生がそんなことを言う。ちなみに、華ちゃんはこういった話を断れるような性格じゃない。

どこかで本人がそれとは違う事を言っていたとしても、それを信じてはいけない。

あの子は根っからのお人よしだ。ただ優先順位をつけるだけ。

特に泣き落としにはめっぽう弱い。


『すみませんね。これからすぐなんです。がんばってくださいね?』

担任教師からの言葉に、救いを求めるようにこっちを見てきた。

気づいてたのね。場所までは教えてないんだけど。視線でも感じたのかしら。

私はもちろん、頑張れのメッセージを全身で伝える。

そして、枝から落ちた。



うん、知ってた。












あれよあれよという間にその模擬戦争とやらに参加する羽目になった。

泣き落としは卑怯だと思う。

とりあえず、配布されたヘアピンぐらいの装置を服の襟辺りに付ける。

これ一つでどこに被弾したかとかまでわかるらしい。

もちろん、武器としてはゴム弾、ゴムナイフ。肉弾戦は禁止。

割と単純なルールだった。

だが、武器を受け取る場所までは教えてもらっていない。














さてさて始まった模擬戦争。準備とか見る限りかなり本格的だ。

外での活動なのでどうせだし華ちゃんの近くまで来た。

校庭に出たあたりで固まった華ちゃん。どうやら武器をもらってくるのを忘れていたらしい。うっかりとしてはだいぶ致命的だ。


と、救いの神というか、クラスメイトの女の子が話しかけてきてくれたみたい。

「どうも、ボク、月影冬子!えーっと、」

「華でいいですよ。」

「んじゃあ、華ちゃん。得意武器とかある?」




冬子ちゃん、って呼んでいいのかな?

まあ、冬子ちゃんはバラッと武器を取り出した。

恐らくはほかの生徒のフォローとかにも回る予定だったんだろう。

大体の武器はそろっていた。

華ちゃんにはおおよそすべての武器の扱いを教えてきたから全部得意っちゃあ得意なんだけど、さすがに全部得意なんて言えないよなぁ……。

しばらく考えた華ちゃんは自動式のハンドガン二丁とコンバットナイフを選択した。

ハンドガンはなんか本物臭いが、ナイフはゴムのグニグニした奴だ。


「うん。そろそろ始まるよ。大丈夫、ボクについてくると良いよ。戦えないなら、後ろの方にいればいいし。」




誤解です。

その子、本気出さなくてもここにいる全員を壊滅させられると思います。

っと、華ちゃんが口パクでなんか言ってる。

冬子ちゃんは前の方を歩いてるので気づいてないみたい。





『師匠、確認だけお願いします。』

何のことかね?

疑問符を浮かべていると華ちゃんは数十メートルは離れた校舎の屋上あたりに向けて一発撃った。確認しに行くと、案の定戦死者扱いになった狙撃手が。

有効射程外から撃った上に即死扱いってことは急所に命中させやがった…

あの距離じゃ威力はほぼゼロだろうし、当たっただけでアウトなのか。





「なになに?どうしたの?」

戻ってくると突然発砲したことに驚いたのだろう、冬子ちゃんが華ちゃんに疑問を投げかけていた。




「いや、試し打ちです。」

その言い訳はいくらなんでも苦しいだろ。よく見たら自分でも言い訳が苦しい自覚はあるらしく、額に汗をかいている。




それにしても

『よくあの距離からスナイパーに気付いたね。』

『いや、あれだけじっとり見てれば普通気づきますよ……』

果たして、この子はそれが普通じゃないことにいつか気付くのだろうか。


 







修行中。私は華ちゃんに多くのことを教えた。

勉強はもちろん、剣術、射撃、体術、戦術エトセトラエトセトラ。

華ちゃんはそれら、私が教えられるすべてのことをわずか七年で吸収し、私よりも高みに立った。

ただし、私が失念したせいで、現在、とんでもない問題を抱えているのだが。




 一つ目、身体能力は上がったが、必要に応じて制御することができない。

威力調整の修業を忘れてた。というか、普通気づかないでしょ。

気が付いた時には、使えば体がダメージを受けかねないほどの力になっていた。

でも、こればっかりは体の耐久力がさらに上がるか、制御能力が上がるのを待つしかない。




 二つ目。これが一番厄介なのだが、複数の技能を持っているが、同時使用ができない。まさかまさかの問題点だ。

確かに一つ一つゆっくりと覚えていくように修業してたけども。

現在は2カテゴリーなら同時使用ができるらしい。剣術と体術とかね。

ただ、技能制限がかかったうえ、身体能力も完全に発揮できないとなれば、かなりやりにくいんだろうなぁ。










「(模擬戦争とはよく言ったものですね…!!)」

華は内心でつぶやいた。周囲はまさしく戦争といった様相。

倒れ、崩れ落ち、積み重なった死屍累々の生徒たち。

ここは本来中庭で、生徒たちの憩いの場だったのだろうが見る影もない。

「(接近戦だと手加減のしようがない……)」

一応、筋力減衰のブレスレット(1300円。原理は思い込み。これをつけている限り真の力は出せないと思い込むのだ。決してすごく重いとかそういうのではない。)はつけているが、それでも一歩間違えば重傷を負わせかねない。

何より、かなり小柄な自分の体でスーパーパワーとか、悪目立ちするに決まっている。師匠は近くに浮いているが、正々堂々を旨とする彼女が手を貸すわけもない。

そして、わざと倒れて退場というのも、今までの師匠との努力が無駄にされたみたいで嫌なのだ。結果、かなりの数の敵を拳銃二丁で倒している。

戦死者扱いにされても立ち上がってくるような生徒は幸いなことに一人もいなかった。








華ちゃんの方を見やる。間違いなく彼女は大丈夫。怪我一つ負わないだろう。

見ている間にも銃で撃ち、銃弾をかわし、と複数人を相手取ったうえで圧倒している。むしろ今私が見てるのは、冬子ちゃんの方。彼女が使っているのは無数の投げナイフ。投げて相手の動きを制限してほかの人をサポートしたり、足で蹴り飛ばしてさらに加速をつけたり、ロープをつけたまま投げて壁に突きさし、敵を転ばせたり。

とにかく多種多様にナイフを使う。ちなみに、さっきは拳銃の弾丸をナイフで弾いて撃ち落としていた。

刀でやる人は見たことあったけどさ……。

ことナイフ使いに関しては華ちゃんを上回るかもしれない。

ただ、引っかかる点があった。

たぶんだが、あの子の筋力は私とそう変わらないレベルなのだ。

つまりは人類の到達点レベルである。



何らかのミュータントだとは思うけど、普通に格闘技使った方が良いんじゃなかろうか。余計なお世話かな?

ちなみに、今は物質干渉を切っているから大丈夫だが、本来なら私はボッコボコだろう。もう何十発のゴム弾が私を通り抜けていったことやら。

速く終わらないかとつくづく思う。

私にとって物質干渉は当たり前の事であって、オフにする方がつらいのだ。











ふと見ると、師匠は先ほど知り合った冬子を見ていた。

それに対して少し困惑する。

「(ああ、もう!師匠に自分の成長を見てほしいとか、どんだけ女々しいんですか私は!!)」

そう思うのだが、それでも心のモヤモヤは晴れてはくれない。

それに伴って集中力も落ちそうなものだが、華の集中力はそこそこに高いので、師匠の様子をうかがいながら目前の敵にもどうにか集中できる。

それだけに、どうも気にしすぎてしまうのだ。

「(確かに冬子さんの戦い方はすごいですけど!!)」

自分にはできない、周囲に目を配り、気遣いながらも鋭いナイフ投げに敗北感を覚える。

「(接近状態でのナイフ術なら……って、何で同じチームの子と張り合おうと!……落ち着きなさい、落ち着くのよ向野華。師匠が見てくれないからなんだっていうの。あの人がそんな人じゃないのはわかってるでしょう?)」

かなり精神は混乱しているが、この間にも数十人の敵が撃ち倒されていたのだった。

なお、この混乱は数分後に、冬子の戦いぶりを観察し終わった師匠がこちらを向いたことであっさりと終わりを告げた。








 なんかやけに華ちゃんの気配がブレていたのが気になったケド、大丈夫だろうか。

ちなみに、この気配っていうのは霊体になってから習得した第六感のようなもので、なんとなく、近くの人の心が動くのがわかるって程度のものだ。

何が原因で心が動いてるのかも分からなければ、どの方向に動いてるのかもわからない。曖昧だが、ちょっとしたヒントにはなる。

読心には遠く及ばないので、一応気配って呼んでいる。

もちろん私固有の感覚なので、華ちゃんが今朝言ってた気配とか存在感とはまた違うものだ。痛みとかでないと良いけど。

冬子ちゃんの戦いもひと段落したので、華ちゃんの方を向くと、こっちも敵をあらかた倒していた。安堵の感情でも抱いたんだろうか?

それはそれで珍しいけど。




と、学校全体にアナウンスがなった。

『これにて、模擬戦闘、団体戦を終了します。続きまして、個人戦を行います。今から発表します、撃破数上位20名は、昼休憩後、中央訓練場に集合してください。』





ほうほう。個人戦とな?

こちらを見る華ちゃんと目が合った。周りを見渡す。

『20位、撃破数29名、----君、同じく20位、撃破数29名、----君、』

もういちど、周辺を見渡す。うん。華ちゃん、撃破数50はくだらないな。

案の定華ちゃん、助けを求める目をしてる。

無理です。がんばってね?



そんな気持ちをダンスで表現したら石を投げられた。痛い。

油断して物質干渉戻してたわ。つーか、頭蓋骨陥没するかと思ったわ。


『2位、撃破数49名、月影冬子さん、1位、撃破数73名、向野華さん、これは、歴代最高記録です。』

華ちゃん、家を出る前、目立ちたくないので変なことはしないでって私に釘刺してたような――


――――まあ、なんというか、合掌。

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