第20話 抱き締めたい相手と抱きつきたい相手
「よし! さすがに2,3年になると話が論理立っててスッキリする! あとはできるだけ早めに原稿をあげてくれ! まあ、とにかく安心した! これにて合宿終了!」
2日目のミーティングは淡々と終わった。2,3年生は定期刊行物の準備を常に意識しているのか、様々な質問にも不意を突かれることもなく、確かに横で聞いていてもソツのない受け答えだった。
予定通り、あとは懇親会を残すばかり。
研修所の酒盛りは持ち込みの一升瓶がずらりと並び、乾きものが申し訳程度にあるだけで、文字通りの酒盛りだった。しかも、
特別の挨拶も乾杯もなく、ダラダラと酒盛りが始まり、酒量が進むにつれ誰もが大声を出し始め、やがて隣の話くらいしか内容が聴き取れなくなった。一縷は隣り合った宮代、向井の三人で話し出す。
「お前、モテるらしいな。
宮代が出さなくてもいい話題を持ち出す。
「お前、姉さんが本命じゃなかったのかよ」
向井はなぜか涼音を姉さんと呼ぶ。
「中村もそのことをえらく文句言ってたな。あいつ、
「一年生は多かれ少なかれ姉さんのファンですよ。
「だけど……」
宮代が急に声を潜めた。
「
「将を射んと欲すれば先ず馬を射よ、ですか? アハハハ、福島さんに口利きを頼むつもりですか? そりゃ無理だって!」
「無理無理、絶対無理! あの男はからっきし意気地なしだから。三上ちゃ〜ん、三上ちゃ〜んって言うのが関の山だな、アハハハ」
「そう考えるとお前、大したもんだな。姉さんがやたらお前を可愛がるのは確かだもんな」
「そうなのか? そりゃ知らんかったな」
「宮代さんはほとんど教養部に顔出さないから知らないんですよ。こいつら、何かというと一緒にいますよ」
「へぇ〜、でもお前、仏文の美女が彼女だろ?」
「お前、ホントはどっちが本命なんだ? ここだけの秘密にしといてやるから、オレと宮代さんにだけは白状しろ」
「そうだな。こいつは仲間に入れとこう」
「また、
おい、
「そうだったそうだった、夜中まで引っ張り回すの止めてください! って、お前いきなり文句言われてたな、アハハハハハ、確かにあの頃は、お前を言い訳のダシによく使ってた!」
「ひどい話ですよ、全く。いきなり睨まれるんですよ、初めましてで」
宮代と向井は真ん中に座った一縷を挟んで好き勝手に盛り上がっていた。どうやら、普段から気が合うらしい。
一縷はこういう男同士の打ち明け話には入り込めないタチだが、不思議とこのふたりには何でも話せそうな気がしていた。ズケズケ言う割に、他人に対する干渉がましさがなかったからかもしれない。
「抱き締めたいと…… 抱きつきたい、そんな感じです」
「お前なぁ……」
宮代は黙り込んだ。
「わからんでもないな」
向井はそれ以上は何も言わず、黙ってグラスに焼酎を注いだ。
やがて座は乱れ、バラバラと人が移動していくつかの車座ができた。さっきまで三人でボソボソ話していた場所にも細川と中村が合流した。涼音は部屋の対角線上で
「白状させたんですか? こいつ、どういうつもりか、問い質しましょうよ!」
中村が意気込んでいる。
「いやいや、そうじゃないよ、なかなか仏文のサルトルは難しいこと言い出すからなぁ。なあ、向井」
宮代が中村の気勢を制して話をけむに巻こうとする
「お前と違って俺たちモテ
向井もそう言って話を宮代に合わせる。
「向井さんはモテそうですもんね」
細川がいかにも羨ましそうに話題を変える。
「向井さんの彼女はどんな人なんですか?」
中村が真面目な顔をして質問する。
「ふつーの女子大生だよ。お前らは、どんな子がいいとかあれこれ言うからモテないんだよ。品定めするような目つきの男には女はついてこない!」
「う〜ん、確かに。お前は女なら誰でもウェルカムだもんな」
宮代が向井をからかう。
「宮代さんには負けますよ。この間もふたりで飲んでるとな、たまたま隣に座った看護師とすぐ仲良くなるんだよ、このおっさん」
「なんて言って声かけるんですか?」
細川はなんに対しても貪欲で熱心だ。
「宮代さんはな…… とにかくよく物を落とす! アハハハハハ、それしか見たことがない、アハハハハハ」
「お前は何だよ! こいつはな、多少見た目がいいからって、向こうが声かけてくるまでじっと待ってる。ハンターだよハンター、突然、ガバッといくタイプ! 悪いやつなんだよ、ホント」
「今度、オレも参加させてください!」
中村はマジだ。
「お前? お前なぁ…… 今度な…… 偶然があったらな」
向井が中村をからかう。
向井が細川と中村相手にナンパのレクチャーを始めてしまったので、一縷は宮代とふたりで静かに話すことになった。
「お前見てると新入生の頃のことが懐かしく思い出される。あの頃は良かったなぁ、なんてふうにな」
6年生らしく落ち着いた雰囲気の宮代は、既に大学生という印象を失いつつあった。見た目より落ち着いた包容力を感じさせた。
「由紀ってのは俺の彼女だけど、去年妊娠したんで堕ろさせた」
いきなりの話で驚いた一縷は声も出せなかった。
「向井がさっき話してたのはその頃の話で、由紀といると息苦しいばかりだから、あいつ誘ってよく飲みに出かけてた。だから、由紀はあいつを逆恨みして…… あいつにはホント悪いことした」
向井はどことなく男気を感じさせた。ただ見かけがいいだけの軽い感じがしないのは、確かにそういう雰囲気があったからかもしれない。
「俺は来年いよいよ就職だよ。もう諦めた。由紀とも結婚する事にした。いまさら捨てるわけにもいかんしな」
様々な事情や
「さっきの話だけどな」
宮代は前置きをすると、涼音の方を見ながら声を潜めて語り出した。
「オレにはどっちも可哀想にしか思えんが、お前には違うのか?」
「それぞれを愛する、って変ですか?」
宮代の視線の先に涼音がいて、視線に気がついた彼女が一縷を見る。彼女と一縷の視線が絡み、少しの間、お互いに外せなかった。
「恋愛するとな、時に誰かが傷つく。それは仕方がない」
宮代はグラスの焼酎をぐっとあおった。
「だがな、無理に傷つけまいとすると、誰かが余計に傷つく」
もう一度、残りの焼酎をぐっと飲み干すと、宮代は一縷の肩をしっかり掴んでこう言った。
「恐れるな、青年! 思う通りやりたまえ!」
そう言うと、トイレ、といって立ち上がり、そのままフラフラと部屋を出ていった。その後ろ姿を追う先に涼音の顔があり、もう一度視線が絡んだ。
思い通り……
宮代はこのままで仕方ないと言っているのだろうか? 一縷にはよく理解できていなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます