第19話 闇の中の人影
「
ひととおりのプレゼン、質疑が終わると、納得いかないという表情で、
「面白いと思いますけど…… 」
「面白いのはいいんだけど、記事になるか? このテーマで」
「それは
涼音はなんで私に聞くの? というような顔で反論した。
「それじゃ困るんだよ。キミは先輩としてアドバイスしたんだろ? アドバイスってのは最後に記事が出来上がるイメージを持ってないと意味がない。僕が言ってるのはそのことだ」
「だからそれは彼の努力とセンス次第ですよね」
涼音はますます不機嫌になる。
「ダメだ、それじゃ! そんなのはアドバイスじゃない。指導でもない。単なるお遊びだ。手なずけたい後輩をおもちゃにしてるだけの話だ」
「ずいぶんな言い方ですね……」
やや声が震えている。
「いや、これは三上ちゃんと霧島だけに言ってるんじゃない、ここにいる全員に言ってるんだ。いいか、先輩は後輩を本当に育てるつもりで最後まで責任をもって指導しろ。できるできないは本人次第、なんて言うくらいならはじめっから手出しするな! 中途半端なクセが伝染するだけだ。自分で記事に出来るかどうかまでイメージして、それを真剣に伝えろ! そういうつもりで接しないと、どっちのためにもならん」
「そういうつもりです。最後まで面倒見るつもりです」
彼女はきっぱり言い切った。
「それならいい。で? この記事はどうなるんだ? 霧島!」
「えっ…… ですから、1920年代の芸術の大衆化がですね…… 」
「そんなことはもう聞いた! どこの誰がどう読んで、どう気持ちを奮い立たせるような文章になるかと聞いてるんだ! 人の話はまじめに聴いとけ!」
「…… はい」
「いいか、1年生よく聴け。やるなら真剣にやれや! さっきの細川もそう、霧島もそう、他人事過ぎる! 記事はな、お前らそのものだ。お前らが考えてることですら100%は伝わらん。まして、考えてもないことが伝わるわけがない! そこが甘い! お前らの突っ込みそのものが甘い! 次やる奴はそれを考えてから説明を始めろ! いいな!」
「はい!」
まるで体育会系のノリだった。有無を言わさず上からのしかかるように攻め込まれると、6年生に立ち向かうことなど不可能だった。しかし、福島の言うことがまるで的外れにも思えず、一縷はさっきまでの辞めてしまおうか、などという考えを、ここでは一旦収めることにした。
◇ ◇ ◇
「一縷、ちょっと!」
夕食が終わり、夜のミーティングまでの空き時間に涼音が一縷を呼び出した。
「はい…… さっきはすいませんでした。ボクが甘くて迷惑かけちゃって」
「そう言うと思ったから声をかけたんだよ。気にするんじゃないよ、あんなの」
「えっ、気にしますよ、あれだけ言われると」
「アハハハハ、恒例行事みたいなもんだからさぁ。今年は一縷と私が当たっただけだよ」
「え?」
「毎年必ず誰かに向かってああいう話をするんだよ、福島さんは。去年は森さんと私、アハハハハ」
「そうなんですか?」
「まぁ、言ってることは真っ当だからね」
「ええ…… でも、涼音さんがボクをおもちゃにしてるってのはいくらなんでも……」
「自尊心が傷ついた?」
「ええ…… まあ」
「キミは意外とそういうことで怒るからな。それも計算されてるんじゃないの?」
「計算ですか?…… 」
「そう、すぐムキになるところ」
「そうですか…… 」
「まっ、それはいいよ。とにかく、あまり気にしすぎないようにね」
「はい…… ありがとうございます」
「あ~あ、これであなたの記事ができるまで、私もつきあうことになっちゃった」
「すいません」
「いいよ、乗り掛かった舟だよ。いつでも頼っていいよ」
「いいんですか?…… 」
「うん、いいよ。一縷はカワイイ弟だから」
一瞬、一縷の表情はキッとなったが、涼音は意に介さない。
「私ね、あなたと一緒にいるのは楽しいよ」
そういうと涼音は部屋に戻って行った。軽装の後ろ姿はいつもより無防備で、一縷は知らず知らず、その姿を目で追ってしまった。
(どういう意味だろ?…… )
彼女の後ろ姿が見えなくなっても、一縷はしばらくその場から立ち去れなかった。
◇ ◇ ◇
夜のミーティングが23時過ぎまで続くと、その後はみんなベッドに倒れ込むように寝てしまった。だが、一縷はこっそり部屋を抜け出て食堂に移動すると、舞にメッセージを書き込み始めた。
『つかれた〜』
『待ちくたびれた〜』
『お気楽でいいね』
『浮気できていいね』
『お互い様だろ!』
『うん、お互い様だから。怒らないでよね!』
いつもと雰囲気の違う返信に、一縷はやや身を乗り出した。
『なんだよそれ』
『気にした?』
『するか!』
『したくせに』
『なんかあったろ!』
『ないですよ〜』
『怪しい』
『嬉しいものだね!』
『何が?』
『ヤキモチ焼かれるの!』
『試したのかよ!』
『うん』
『平気でうんとか言うな!』
『一縷はいつも嬉しがってたんだな〜、と思った』
『嬉しがるかっ!』
『そう? 私なら嬉しがるけどなぁ』
『疲れてるからもう寝るぞ!』
『え〜〜〜っ! まだ全然早いよぉ~』
『寝ます! おやすみ〜〜』
『まぁいいや。じゃあ明日ね。明日も絶対メッセージしてね』
『わかったよ。じゃあホントにお休み』
『仕方ない…… お休み』
舞からのラストメッセージを確認し、部屋に戻ろうと立ち上がった瞬間、薄暗い食堂の片隅で、何かがゴソゴソっと動くのが目の端に入った。
「びっ、びっくりするじゃないですか!」
「気づいてなかった? やっぱり?」
薄暗がりに座っていた人影は涼音で、自販機の灯りが届くところまで進み出ると、彼女の素肌はいつも以上に白く際立った。
「気づきませんよ! あ〜、びっくりした! 本気で心臓止まるかと思った!」
「ニヤニヤしながらスマホ見ちゃってさ、ホントお気楽だよ」
「いつからいたんですか! なんか覗き見されてるようで感じ悪いなぁ」
「最初からいたよ。あなたがあとから来たんでしょ!
それにしてもホント無防備だわ。一度も周囲を確かめないで……
何時間メッセージするんだろ、って呆れたよ」
「5分だっつーに…… 」
「なに? 相手は例の彼女? やっぱり付き合ってんだ」
「付き合ってないです! そんな関係じゃないから」
「じゃあどんな関係?」
「どんなって…… 大切なクラスメイトですよ……」
「ふ〜ん、クラスメイトにねぇ…… わざわざねぇ……」
「自分だって遠距離恋愛中の人にメッセージしてたんでしょ?!」
「しないよ。そんなの」
「でも…… 夏休みだし、会うんでしょ?」
「さあ、どうだろうね」
「会えばいいじゃないですか、長い休暇なんだから」
「塾があるしね。ほぼ毎日」
「じゃあ来てもらえばいいじゃないですか」
「相手にも予定あるしね」
「だったら……」
「だったら何?」
「…… 我慢するしかないですよね」
「そうだね」
「…… 」
「でも寂しくなったら?」
「その時は…… 電話でもメッセージでも……」
「傍に誰かいて欲しくなったら?」
「それは…… 」
「…… 平気。その時は一縷に来てもらうから」
「なっ、何言ってるんですか…… 」
「アハハハハ、冗談! そんなに困った顔しない!」
「…… 」
(冗談で済ませられるか!)
そう思う一縷に構うことなく、涼音はひらりと向きを変え、そのまま部屋に戻って行った。彼女の進んだ方向に微かな甘い香りが残ったが、それを追うわけにもいかず、一縷はなす術もなくその場に座り込んだ。
やがて、食堂に向かう誰かの足音がすると、ようやく彼も立ち上がって部屋に戻って行った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます