第18話 特別扱い
「遠いなぁ~ 一体何回乗り換えるんだよ?」
隣に座った
バス、電車、バス、フェリー、そしてまたバス……
午前中の早い時間に出発しても到着は午後になるというから、確かに遠い。車窓に流れる田園風景をぼんやり眺めながら、
正直なところ、一縷はこの集団に所属し続ける意味を失っていた。彼の目的は
「
向かい合って座った
「うん。そうだけど」
中村は明らかに不服そうな顔をして車内を見回す。
「面白くないよな。お前みたいなのがいると…… なあ!」
中村は細川と江島の賛同を得ようとふたりの顔を交互に見やる。細川はニヤニヤ意味ありげな笑い顔になるが、無口な江島は表情が変わらず、腹の底が見えない。
「なんで涼音さんがお前を特別扱いするか、意味がわかんない」
吐き出すように中村が言うと、その中村の気持ちを逆なでするように細川が口を挟む。
「こいつがカワイイからだって涼音さんコンパの時にいってたじゃん。お前みたいなごっついのは嫌いなんだろ? アハハハハ」
細川は笑って取り合わないが、中村はどうにも収まらない。
「研修所いったら勝負しようぜ。同じ部屋だし」
面倒くさい男に睨まれたものだ。ケンカも体力も自信のない一縷はこういう男に絡まれるとひとたまりもない。だが、妙に人を喰ったところのある一縷は負け戦でも怯むことはないから、平気な顔をして窓の外を眺め続けている。
「気に食わねえ…… 」
中村はまだぶつぶつ言っている。
こんなことならボクシングでもやってればよかったと思うが後の祭りだ。元アメフト部の中村にぶっ飛ばされて、帰りは松葉杖でもつきながら帰るのだろうか、などと思いながら、一縷はやっぱり窓の外を眺めていた。
(辞めるかな…… )
そんな気持ちを引き止めるものは何もない。むしろ、中村がみんなの前で絡んでくれば、辞める口実ができてちょうどいいかも、そんな気持ちにすらなった。
◇ ◇ ◇
電車を降りてバスで港に向かい、そこで高速艇に乗り換える。その乗船時間も1時間近くあるらしい。
「キャハ~だな。誰だよ、こんな場所を設定した奴は」
細川は先輩にも平気で軽口を叩ける強心臓の持ち主だ。
「文句あるのか? 細川」
「
「恒例なんだよ。この共同研修所を使うのは伝統なの」
「設立3年で伝統って、アハハハハ、おもしろいね、先輩は」
上下関係の薄いところは体育会系と違う気楽さだが、けじめがないと言えばけじめがない。
「お前、合宿では火だるまにしてやるからな」
飯島はネチネチした性格だから、きっと細川は散々な目に遭うことだろう。
「で、霧島は? テーマ決めるのも三上ちゃんがマンツーマンでアドバイスしたらしいじゃないか?」
「え~~~~っ! お前!! もう絶対許さん!!」
中村が本気でいきり立った。
「なんでお前がそんなにカッカしてんの?」
さっきまでのやり取りを知らない飯島が怪訝そうな顔で中村を見る。
「だって、こいつ、涼音先輩にバイトまで紹介してもらってるらしいんですよ。ムチャ腹立ちませんか!?」
「知ってるよ。だって最初はオレが頼まれたんだもん。でも通えないからと断ったんで、仕方なく霧島に連絡入れたってことらしいよ。それがなにか問題か?」
「おかしいじゃないですか! そこでなぜ霧島なんですか?!」
「あいうえお順らしいけど?」
「えっ!…… それはおかしいでしょ! あいうえお順なら…… え、江島ですよ、江島!」
「そりゃな。…… でも声が小さいとなぁ」
飯島が申し訳なさそうに理由を推定している。確かに…… みんななんとなく了解してしまった。
「き、きりしま…… なかむら…… はせ…… ほそかわ…… みわ…… クソっ!」
中村は五十音を辿りながら、やり場のない怒りをフェリーの手すりにでも叩きつけるしかなかった。
「で? ちゃんと準備できたのか?
「なんですか? その仏文のヒーローって?」
「可愛い彼女がいつも一緒で、あの
「…… こいつ…… 二股かけやがって…… 絶対ぶっ飛ばす……」
中村の怒りはどうやっても収まる気配がなかった。
それにしても、そんなに目立つ噂話ならきっと涼音の耳にも入っているだろうに、彼女はあれから一度も舞のことを話題に出さない。ひょっとすると、彼女は自分に全く関心がないのだろうか? そんなことを思い、一縷は周囲の冷やかしとは真逆に気分が塞いだ。
◇ ◇ ◇
港からまたしばらくバスに揺られてようやく共同研修所に到着する。周囲に何もなく、かといって見晴らしがいいわけでもない。広いグラウンドや体育館があるわけでもない、地味で古い建物だった。男子学生は二段ベッドが並ぶ山小屋風の寝床をあてがわれ、そこに荷物を下ろすと、休む間もなく研修棟でミーティングが始まった。
持ち時間1時間で、秋の定期刊行物のテーマを説明する。1年から順にというのが決まりらしい。
こんな時のトップバッターは常に細川。よく喋るし物怖じもしない彼だが、飯島の予告どおり、今回ばかりは真剣な面持ちの上級生から、質問の集中砲火を浴びて戦意喪失の体だった。
「次! 誰だ!」
周囲に促されて渋々一縷が手を上げる。
「よし! 霧島! はじめ!」
自分でも何を話しているかわからない散々なプレゼンが始まった。
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