第11話 歓迎会での出来事
「カンパイ!」
現代史ジャーナルの新入生歓迎会は、何回かの延期のあと、ゴールデンウィーク明けの火曜日、キャンパス下の居酒屋でようやく開かれた。19時スタートの予定がその日の集まりも悪く、時間通りに揃ったのは新人6名と、上級生はわずかに3年生の森さんだけ。あとはバラバラ遅れてやってきて、結局、全員揃っての乾杯は20時をだいぶ回ってからだった。
奥の上座に座らされた新人6人は、
そんな一縷を見かねたわけでもあるまいが、隣に座った細川が急に振り返り、酔った大声で話しかけた。
「霧島! お前いつもかわいい子と一緒だけど、あれ誰!?」
つい先日、
「クラスメイトだけど?」
「それは知ってるよ。もうひとりいるだろ? なんとなくかわいい感じの子」
「えっ? 他にも誰かいるの?」
中村が急に口を挟む。高校時代、アメフトをやっていたゴツい体型に似合わず、こういう話、特に一縷絡みの話には何かにつけネチネチうるさい。
「伊咲のこと? あれ、幼馴染」
「ふ~ん…… なんだか恵まれてるな、お前」と男子高出身の細川。
「なんかムカつくよな」と意味なく中村。
どう反応するのが正解かわからず、ふたりを無視してビールをちびちび飲んでいると、福島のスキを突いて涼音がやってきて、一縷にピッタリ身体を寄せた。
「なに? 誰が恵まれてるって?」
歓迎会でもあるし、一縷は先輩のグラスにうやうやしくビールを注ぎ、ちょこんとお辞儀した。が、涼音は形ばかり軽くグラスを合わせただけで、すぐに話の続きをしたがった。
「一縷?」
「そうです! こいつ、いつも可愛い子と一緒なんですよ」
「あ~、その子なら知ってる。ずっと前に聞いたことある。クラスメイトのバレリーナでしょ?」
「いやいや、その子の他にもいるんですよ、可愛い感じの子が。こいつは幼馴染って言うんですけど。なんか怪しい」
「ふ~ん……。その子は知らないな。
でも、一縷ならあんたらと違ってありそうな気もするな」
涼音は平然とした顔で言い放った。当然ながら、中村と細川からブーイング。特に中村が身を乗り出した。
「まさか先輩! 先輩までこのネクラがいいとか言いませんよねっ!!」
「ん? 一縷? カワイイじゃん」
そう言うと、涼音は一縷の髪の毛をくしゃくしゃくしゃと触った。
「やめてください!」
それを払おうと、一縷は条件反射的に彼女の手首を掴み、手を上に挙げさせた。すると、彼女の無防備な脇が露になり、白く艶めかしい肌が浮かび上がった。
「…… おぃ」
その場に居合わせた細川と中村、ほか数人が息を呑む。
「エッチ……」
涼音は反対の腕で胸を隠すような仕草をする。そうなると、まるで一縷が意図的にしたことのようになってしまった。
「お前! 何やってんだよ!」
中村が正義漢ぶる。
「…… すいません、変なことしちゃって……」
「アハハハハ、何気にしてんの! 真に受けてカワイイねぇ」
涼音はそう言うと今度こそ遠慮なく一縷の髪の毛をくしゃくしゃと触った。中村の視線は気にもならないが、なんとなく気まずくなった一縷はトイレに立ち、その後は他の新入生から離れて、入り口近くにただひとりでポツンと座った。
◇ ◇ ◇
「さっきはゴメン。冗談が過ぎたね」
涼音が一縷の正面にやって来て、きちんと頭を下げた。慌てて一縷は姿勢を正した。
「あっ、ボクこそすいません。そんなつもりはなかったんですけど……」
「ううん…… 私が悪かった」
丁寧に謝る涼音に、一縷は赤い顔をして俯いた。せっかく彼女と向き合ったのだから、何か話をしたいと思うのだが、適当な話題を見つけられない。ついついどうでもいい質問をしてしまった。
「先輩に訊いてみたいことがあったんですが…… いいですか?」
「なに?…… 改まられると怖いな、アハ」
そう言いながら、涼音も姿勢を正した。
「なぜ法学部選んだんですか?」
「な〜んだ…… そんなこと?」
一縷につられて正座したものの、彼女は拍子抜けした、とばかりに足を崩し、いつも通りの笑顔を見せて即答した。
「彼氏の影響かな」
「…… 彼氏? …… ですか」
予期せぬ答えに一瞬驚いたあと、一縷は明らかに落胆した顔になった。
「なんで? 彼氏の影響がそんなに意外?」
「いや…… ちょっと想像してなかったから」
「予備校の講習で知り合った人。あそこにいるでしょ? 福島さん。あの人の友達」
「ん? 福島さんって6年生ですよね? 福島さんの友人で受験生? 何浪もしてる人ですか?」
「アハハハ、そうだよね。普通はそう思うよね。でもその彼は大学を卒業して改めて入り直そうとしてたの」
「あっ、そういうことですか……」
「福島さんと私は高校が同じなんだ。もちろん、あの人は随分先輩だから、高校時代に重なった時期はないんだけどね。予備校で知り合った彼が、ここに入学した時に福島さんを紹介してくれたの。困ったことは相談しろ、って。だから、福島さんは私の監視役ってところね」
「…… そうなんですか」
「バカ、真面目に受け取るんじゃないよ! アハハハハ」
「えっ? どっちなんですか?」
「監視役なんかじゃないよ。彼はそんな心の狭い人じゃないから」
「…… そうなんですね」
一縷はそれ以上涼音の彼氏の話を聞く気になれず、黙ってビールを飲み続けた。
「あれ? 質問はもう終わり?」
「…… ええ」
「キミは不思議だね。なんだか、周囲のことはまるで関心ありませ~ん、って顔してる、いつも」
少なくとも涼音に対してそれは誤解なのだが、それを言うわけにもいかない。
「そんなことはないですけど」
「じゃあ、何に関心があるの? 今」
「…… 」
一縷は視線を宙に浮かせ、今の気持ちをどう伝えたらいいのか考えた。しばらく涼音はそんな一縷をじっと見つめていたが、彼が何も話し出さないので、彼女は彼女自身のことを語り始めた。
「私はいろんなことに関心があるよ。世の中のことは大抵のことに。法律や政治だけじゃなく、芸術のことにも関心がある。それに…… 自分自身のことにも」
「自分自身? ですか?」
「うん」
涼音に興味のある一縷はその続きを聞きたがった。
「どんなことですか?」
「それは言えないな、一縷には」
「…… 」
自分自身への関心…… こういう言い方をする涼音に一縷は憧れた。彼女の気性の激しさと、自分自身すら客観視してしまうそのアンバランスに惹かれるのだ。
「照れるな…… そんなに見つめられると」
「あっ、すいません。先輩は凄いなと思って…… 」
「あれ? 私に惚れた? アハハハ」
「…… 」
一縷は耳を真っ赤にして俯いた。彼女に本心を知られたことを恥ずかしく思っていたところで、涼音は意外なことを話し始めた。
「目の前に見える相手って、どこまでその人の真実を現わしているんだろう、そんなことを考えることがある。自分の中にある自分しか知らないことを、外側から見える自分はどのくらい相手に伝えてるんだろう、みたいなこと」
彼女の頭の中を占めているのは何なのだろう? 一縷は彼女の独特な言い回しの中でも、『外側から見える自分』という言葉が気になった。肌が抜けるほど白くエキゾチックな容貌と、内面は違うってことなんだろうか?
「…… 難しいことを考えるんですね」
あれだけはっきり自分を主張できる涼音の内側に、彼女にしかわからない深刻な矛盾や悩みが隠れていることが想像できなかった。
「難しくはないんだよ。自分で自分がわからないことがあるだけ」
彼女はそれ以上のことを言わず、今度は彼女が一縷をじっと見つめた…… ところに中村がやって来て、折角の話がまるでどこかに飛んでいってしまった。
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