第2話

 大阪転移2



 昨日の夜はあれだけ飲んだのにもかかわらず気分爽快な目覚め、気分爽快すぎて若干不安になる。

 僕ぐらいの年齢になると体調が良好なのは何かの前触れでは? と勘ぐってしまうので、朝から身体の点検を始めてしまう。


 腕、良し。首、良し。腰、良し。足、激痛。


 激痛? 


「ひぎゃあああああ!」


 田舎者の特徴としてローカル線廃止の憂き目合うような地方の人間は大抵車社会である。かく言う僕も歩いて五分の自動販売機まで車で赴き、車から降りずに爽健美茶を購入する事を得意としているくらいである。


 そんな人間が都会に行くと歩く距離に足が耐えられないのだ。膝には薄っすらと赤みがさし、足の裏にはいくつものマメが出来て三日月型の血まで滲んでいる。


「これは朝からハードな予感がするぜ……」


 今日の予定は昼からの筈だ。携帯電話の時計を確認すると現在午前十時。僕は産まれたてのおじいちゃんの様な足取りで大浴場へと向かうと、足の裏をふやかしてからマメを潰して応急処置をした後に洗面所で身だしなみを整えると、早急にホテルを飛び出して軽い朝食を摂る事にした。

 ホテルの隣にあるカフェでコーヒーとホットドッグを注文すると、二階の窓際に座りぼんやり外を眺めながらホットドッグを齧りつつ、数日前の事を思い出していた。


 その日いつもの様にツィッターを眺めていると、ある作家さんのツイートが目に飛び込んで来た。


「作家同士で集まって創作談義とかしたーい!」


 ああ、確かに楽しそうだなあ、とそのツイートに共感してツイート主を確認するととびらの先生であった。


 とびらの


 ツィッター上でかなりのツイート量を誇りツイキャスライブでも頭の回転の良さと関西ノリで、プロはだしの面白い話を展開する主婦作家。

 なろうでの企画力も素晴らしく、事前段階での企画に伴うなろう規約の確認や、企画趣旨の練り込みからも知能指数の高さを感じさせるスーパー主婦作家ロックンローラーである。

 彼女の代表作として「鮫島くんのおっぱい」が挙げられるが、タイトルから匂い立ついかがわしさとは裏腹に、骨太のSFを書くよくわからない人であり八田が今一番喧嘩を売りたくない人物だ。


 大阪行きの日程も固まって多少は浮かれていたのかも知れない、日頃から多少絡んでくれているとびらの先生にリプライをそっと送ってみる。


「面白そうだよね、今度大阪に行くけど合わない?」


 送ってから少し後悔する。このリプライではまるで直結狙いの直結厨の誘い文句ではないか、いくら彼女が僕の心の中のフォルダーでおっさんカテゴリーにカテゴライズされているとは言え、相手は主婦なんだからもっと言葉を選べよ! と自分に突っ込みを入れながら、早くこのツイートが流れ去ってしまいます様にと神様に祈っていたところ、とびらの先生からすかさずツイートの返答が返って来た。


「良し会おう!」


 相変わらず漢らしい主婦だ。


 中年のおっさんとしては主婦とタイマンでがっぷり四つの対談は避けたいところであり、彼女の知能指数からして僕程度の話し相手だと完全なオーバースペックである。これはヤバイ! スーパー主婦との会話で沈黙が訪れてしまうとなんかツイッターで「面白くない男」とか言われちゃう! 彼女の知能指数を削るのに都合のいい大阪の作家さんは居ないか? と探して居たところ一人思い当たるツイートをしている男を発見する。


「新大阪から新幹線に乗って云々」


 お? この人も関西の人か! ツイ主を確認するとバイブルさん先生である。

 小説家になろうにて小説を書くこの男、代表作として「異世界で双子の娘の父親になった16歳DT-女神に魔法使いにされそうですー」は日間ランキングにも良く顔を出していたので知っている方も多いかと思う。

 僕が何故この男を知っているかと言うと、彼の代表作を読んで気に入ってしまい何気なしに読了ツイートだか感想を送ったかをした事により、自分の活動報告に「八田から感想もらった!」とか浮かれた事を書き出してからの付き合いである。

 彼のツィッターのフォロー数を見てみると意外と少ない事に気付き、なろう作家さん達との絡みは少ないのかと思い至り誘いのメールを送ってみる。


「おっさんだけど良いんですか?」


 俺に喧嘩ふっかけてんのかコノヤロウ!


 俺だってとびらの先生だっておっさんだぞ!


 こうしてとびらの先生の脳味噌リソースを削る事に専念し始めた事により、大阪二日目の人数も膨れ上がって行く事になる。


 たまたま居合わせた大阪と無関係な人のツイキャスライブに出没した書籍化作家「楽しい傭兵団」の作家デスオカン(上宮将徳)をツイキャスライブ中に捕獲成功。


 これでおっさん枠は固まった。


 とびらの先生からの連絡で書籍化作家「本一冊で事足りる異世界放浪物語」の作者である結城絡繰先生と、小説家になろうにて「屋上は今日も閉鎖されている〜ハーレムを作ろうと言われたら〜」を連載中のえくぼ先生を捕獲したとの連絡が入った。

 流石顔が広い。


 これだけの人数が揃えば流石のとびらの先生でも、脳味噌リソースが不足するのでは無いかと淡い期待を寄せて大阪二日目に挑む事にした。


 ホットドッグをペロリとたいらげてあまり美味しくないコーヒーをジュルジュルと啜っていると、バイブルさんから僕のツィッター宛に連絡が入る。


「近くだと思うんですが」


 窓を見下ろすと如何にもそれっぽい風貌の男が一人、携帯を片手にキョロキョロと辺りを見回している。


「二階の窓側にいるよん」


 と返答を返すとそれっぽい風貌の男は店内へと吸い込まれて行ったので間違いないだろう。


 僕に恐る恐る声をかけて来た男はやはりバイブルさんだったらしい。

 作家さん繋がりの創作談義などと言うのは初めてで緊張をしているらしく、僕に向かって不安を吐露するが「とびらの先生を抑える為の防波堤になってくれ」とは一言も言わずに彼の大好きなラーメン話に会話を逸らして行き、彼のエンジンが温まって来た頃にとびらの先生からの連絡が入る。


「オカンとからく君を捕まえたからカフェの二階にいるよ!」


 指定したカフェの二階とはすなわち僕の居るフロアだ。つまりこの空間にとびらの先生と捕らわれたデスオカン先生と結城からく先生もいるのか?


 僕はシートから立ち上がって辺りを見回してそれらしい人物を探して見るが見当たらない。

 店内で三人組の客と言えば一組しか居ないのだが、彼らはどう見ても不動産関係の詐欺師に怪しい商談を持ちかけられている気弱そうな青年と、その保護者である背の小さい親戚の小母さんである。


 僕は不動産関係の詐欺師とは極力目を合わせない様に背の小ちゃい親戚の小母さんに声をかけて見た。


 どうやら正解だったらしい。


 不動産関係の詐欺師の正体はデスオカン先生であり、気の弱そうな大人しめの青年とは結城絡繰先生で、背の小っちゃい親戚の小母さんはとびらの先生であった。


 外国人も窓際でカフェをキメる少しシャレオツなカフェの二階で、テンションの上がった五人組での会話が始まり、声がいい感じにデカくなって来て周りの視線が痛くなり出した頃に、全員揃ってのランチへと繰り出す事になった。


 カフェから歩いて十分程の距離に粉物屋を発見する。田舎者の僕の為に皆んなが大阪名物的なメニューに合わせてくれたようで、すんなりと店が決まり店へと入る。


 妙に油っぽいおばちゃんが出て来ておススメメニューの説明に入るが、如何にも大阪のおばちゃんぽくて一同が苦笑いする中、僕はテレビで見るようなおばちゃんに胸をときめかしていた。


 この店でもワイワイと創作系の話で盛り上がり粉物料理の味をあまり覚えていない。

 粉物料理の良いところは突出して味の主張をしない所であり、話や思い出の邪魔をしない所では無いのかって程に記憶に残っていない。多分酒のせいでは無い筈だ。


 昼間からアルコールも入り、この店でも喋りっぱなしであるのだが、途中からえくぼ先生がこちらに向かって来ているとの連絡を受け「今奈良駅の側の粉物屋に居ます」とガセ情報を流し、えくぼ先生を路頭に迷わせる事件が発生するのだが、駅から降り立つえくぼ先生は「インテリえくぼ」と思える程のえくぼっぷりを見せつけながら爽やかな笑顔で無事合流出来た。


 次の店はカラオケ屋


 何故カラオケ屋かと言うと歌いたい訳では無く、ゆったりと座れてデカイ声でBLの話をしても視線が突き刺さらないってのが理由である。

 マジおススメ。


「歌わないでガンガン話せるじゃん?」とか皆んなで言いながら入店しておいていきなりゲッターロボを歌い出すデスオカン。


 そして「インテリえくぼ」のデータ記憶能力が発揮されることにより、ここでも白熱する創作談義。


 尽きない創作談義の中でボンヤリと思っていたのは、創作スキルや情報のやり取りが楽しいのでは無く。現実社会の中でチマチマと小説を書く事を趣味、生業とする者の少なさから来る共感出来る人間との「あるある話」の楽しさが、嬉しさに変換されて一種の脳内麻薬が分泌されているのではないか? と思う。

 昼間から結構な量のアルコールを摂取しているのに一向に酩酊感を感じないのだ。

 そう考えると今朝の不自然な程の目覚めの良さも納得出来る気がして来た。


 ここで舞さんからの連絡。


 合流しましょう!


 カラオケ屋を出ると右も左も解らないし、しかも夜になっている。

 大阪二日目にして何かに気付き始めるが僕はそれに蓋をする様に舞さんを迎えに行く。


 ここで大阪で一番楽しみにしていた食として僕は串揚げ屋さんを希望すると、皆んなが快く同意してくれたので七人で串揚げ屋さんに突入開始。


 たどたどしい日本語を喋る店員さんに串揚げ十三本盛りを頼むと瞬殺で無くなる程に美味い。


 串揚げは揚げ物なので油っぽくて二、三本も食べれば満足するかと思いきや何本食べても食べても足りないし、ビールとの相性が最高に良いのだ。サクリとした歯応えの後に来る猛烈な熱さの具材が口の中に転がりこむと、それを鎮火させる様にビールを注ぎ込む行為を繰り返すうちに、盃を重ねすぎて店内でBL談義が白熱し始める。


 ああ……トマトチーズ串揚げが美味しいです。


 ツィッターで誰一人として絡んだ事が無くて不安ですとか言って、ずぶ濡れのマルチーズの様だったバイブルさんが、今ではまるでジャマイカ帰りの怪しい荷物を発見した麻薬犬の様に元気になっております。


 大人しい結城絡繰先生も「からく君お尻触らせて」と絡む僕に毅然とした態度で断る位には打ち解けています。


 なろう質問アナライザーみたいになんでも知っているえくぼ先生も、ヤバイ国からハッキングを受けたコンピュータの様にBLを熱く語っています。


 声優さんにと仕事をするにはどうすれば良いかと真剣に語るデスオカンと、デカいおっさんの中央でちっちゃい身体で誰よりも大きい存在感のあるとびらの先生。


 楽しい時間は過ぎ去りお開きの時間が近寄りますが、もう十時間近く酒を飲んでいる僕は表面上は明るくご機嫌な面持ちですが、名残惜しくてちょっと悲しい気分で皆んなとお別れです。


 皆んな元気でね、仲良くしてくれてありがとう!


「八田さんもう一軒いきますか?」


 行きましょう!


 本当に付き合いの良い舞さんが最後までお付き合いしてくれます。


 濃厚なお出汁で炊いたおでんに冷酒が良く合います。最後の夜と言う事で少ししんみりとしたお話をしながらも冷酒のとっくりが三本程転がってます。


「閉店になります」の声で本当に大阪とはお別れ、いや大阪現地アドバイザーの舞さんとお別れになります。


 別れ際舞さんとがっちり握手をして別れを惜しみホテルに戻りますが、帰りに見た御堂筋近辺のネオンがじんわりと滲んで見えたのは飲み過ぎのせいでは無いと思いたい。


 翌朝もスッキリとした目覚めを迎えて身支度を整えてホテルをチェックアウトすると、今回の戦利品であるサイン本や大阪土産を自宅に宅配便で送り、朝食を摂りにまた御堂筋の街中へと一人で繰り出します。最早この町は僕の町とばかりに脇目も振らずに歩いていると、モーニングを出す居酒屋を発見。当然居酒屋ですのでお酒もサービス中! 朝から焼き魚とビールで一杯飲ると、僕は今日本で一番幸せだと感じられる。


 大阪に来て良かった……


 しみじみとどこか汚い感じのおっさん達の笑顔を見ながら、僕も彼等と似た笑顔を浮かべている。


 伊丹空港から羽田に向かう飛行機の中で、窓から眺める大阪の街並みを見つめながら心の中に飛来する思いに押し潰されそうになり、思わず一人つぶやいてしまう。


「俺、観光するの忘れてた……」


 今、万感の思いを載せて飛行機は飛ぶ、おっさんの思い出と生八ツ橋を載せて、一つの旅は終わり、また新しい飲み会が始まる。さらば大阪、さらば御堂筋、さらば飲み会の日々よ……

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大阪旅行記 八田若忠 @yatutawakatiu

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