大阪旅行記

八田若忠

第1話

 大阪転移したよ!


 私事ですが先日大阪に旅行に行って来ました。

 旅行の思い出として写真を残すと言うのは普通にある事ですが、物書きの端くれ……いやいや、木っ端物書きとして思い出に残すべきはやはり文章なのでは? と思い立ちこの度筆を取りました。


 写真と違い文章の良いところは、強いインパクトのあるエピソードは心の中で何度も練り倒されて、良い意味で盛られたり輝きを増してしまう所だと僕は思いますので、現地で実際に触れ合った人々からは「それは記憶間違いだ」との指摘を受ける場合も多々あるとは思いますが、僕の中で楽しかった思い出が何度も思い返しているうちに昇華したエピソードだと思い、諦めて下さいませ。



 当時の僕は若い頃と比べ心を動かす様なカルチャーショックを受ける事柄が少ないのでは無いか? とふと思い、「最後に受けた衝撃とはいつの事だったろうか?」と物思いに耽る事が多くなっていた。

 僕の住む北海道の田舎町では文化的衝撃などは期待出来る訳も無く、また自身の年齢的にも心を動かす事を無意識のうちに避ける様になっていたのかも知れない。

 文化圏の違いとは異世界転移並みのカルチャーショックを受ける物なのでは無いか? と思っていた僕は、勝手な思い込みから文化の違いそうな地「関西」へと憧れの念を抱く様になっていた。


 事の起こりはツイッターにて気さくに絡んでくれる関西在住の「異世界に来たみたいだけど如何すれば良いのだろう」の作者、舞さんとのやり取りからであった。


 当時の舞さんはとある作家さんの悲報を受け悲しみに暮れると共に、同じ志を持つ仲間達との出会いは大事にしなければと思っていたそうである。

 僕も年齢的にそう遠くない未来に身体の自由が効かなくなるのでは無いか? と言う心配もあり、舞さんの考えに賛同すると共に何の計画も無いくせに「俺、大阪に行く!」と舞さんに会う為だけの理由で口走ってしまった。


 さて、北海道の田舎町から大都会大阪までの道程であるが、これだけ離れていると勝負は四十五日前から始まるのである。


 四十五日前に航空券を予約する事によって割引が受けられるサービスがあるのだが、北海道の隅っこから大都会大阪までの移動になるとその割引金額の恩恵で、お姉さんのいる飲み屋さんを数件はしご出来てしまうくらいの金額になるので見過ごす訳にはいかない。

 パソコンや携帯電話からの予約で云々と周囲から善意の言葉が飛び交うが、ウン十年ぶりに飛行機に乗る僕には近くの旅行代理店にて「この旅程に合ういい感じの飛行機の切符を下さい……」と言うのが精一杯であったので、ホテルの予約だけは頑張ってネット予約で頑張って見たのだが、慣れない予約でビクついた僕は事前にホテルに電話をかけて、間違い無く予約がとれているか口頭で確認を取ったのは、田舎者ならではの事だとホテル側には許して貰いたいところだ。


 突然話は変わるが僕は兼業作家である。当然ながら作家とは違う裏の怪しい職業を本業として日々の糧を得ているのだが、昨今の流行りとしてブラック企業なる物が横行している所為なのか、我が社で陣頭指揮をとる社長自らが軽いブラック企業を目指している様なところがチラホラと見え隠れする。

「大阪と東京に遊びに行くから一週間休みをくれ」と数日に渡りペリーの肉声並みに頼む事により、もぎ取ったお休みも日程が近づくにつれ「やっぱり夜勤の日だけ帰って来て仕事しない?」とか無理難題をふっかけて来て、お土産のグレードを引き上げる工作を仕掛けて来るのだ。このやり取りのおかげで後に五日間に渡って毎日日替わりお土産を会社にもたらす羽目になるのは旅のしおりとしてここに記しておこう。


 さあ、いよいよ日程が固まり、大阪到着時間が明るみになった頃に舞さんからツイッターのダイレクトメールが届く。


「何が食べたい?」


「身体から粉を吹く程粉物が食べたいです!」


 この何気無いやり取りから後の大事件に発展するとはこの時はまだ僕は理解していなかった。


 この何気無いやり取りも忘れて大阪に行く為には何をしなければいけないか、先ずはスーツケースと中に入れる服を何とかしなければいけないと考えた僕は、自分の洋服を収めているクローゼットの中をチェックすると、普段から洋服に頓着しない僕は当然の事ながらふざけたTシャツと汚いGパンしか入っていないクローゼットを前に愕然とした。

 一般的に僕くらいの年齢になれば当然の様にお気に入りの服飾メーカーが有り、年齢相応の装いを身に付ける習慣があるだろうが僕にはその様な習慣が無かった。

 手元にあるのはお気に入りの服飾メーカーである「ekot」作製のとびきりふざけたTシャツばかりである。


 初対面の人間を相手にするのだから多少イキった洋服を着こなして「俺は何時もこの装いだから……」と見栄を張ってバンコランばりのタキシードでも来て行こうかと数日悩んだが、僕の中に潜む黒い獣が「変なTシャツを着るおっさんキャラで行け」と叫ぶのでその声に素直に従う事にした。


 さて、航空券も入手してホテルの予約もバッチリである僕の下に大阪アドバイザーである舞さんからのダイレクトメールがまた届く。


「ツイプラで八田大阪上陸タコパの告知したよ!」


 ツイプラってなんだ?

 ああ、宴会面子の募集をツイッターの中で告知出来る様な機能があるのか……などと呑気に構えていた僕は参加条件の項目に目を通した後に参加表明ボタン押下した。


 ん? 当日スペシャルゲスト? 書籍化作家のみの参加? これで人が集まるのか? なんだこれは?


 色々と首を捻りながらも舞さんに聞いてみる。


「あ、当日蝉川先生が来ますので」


 蝉川先生? 俺の知っている蝉川先生と言えば一人だけであるが、その蝉川先生だろうか? 事件です。


 俺の知っている蝉川先生と言えば、来年アニメ化が決定している大ヒット作「居酒屋のぶ」の作者、蝉川夏哉先生しか居ない。


 その蝉川先生が八田大阪上陸タコパのシークレットキャラ扱いで鎮座なさっているらしいのだ。


 そりゃ、シークレットキャラにしとかないと「八田はどうでも良いけど蝉川先生に会いたい」と言う作家の皆さんは山程いる訳で、「蝉川夏哉オンステージを北海道から見に来た田舎者の一人」になるのを避けた舞さんの優しさに涙があふれました。


 いや勿論僕も八田はどうでも良いけど蝉川先生を見たい一人ですがね……触るだけで書籍化出来そうじゃん? あの人。


 その後シークレットキャラをシルエットすら出さない状態にもかかわらず着々と書籍化作家様達の参加表明が届き、あれよあれよと増えて行く。


 医師であり作家でもあるチート作家「張り合わずにおとなしく人形を作ることにしました。」の作者である遠野九重先生。


 妹属性の無い僕に妹が欲しいと思わせた「なんか、妹の部屋にダンジョンが出来たんですが」の作者である薄味メロン先生。


 なろうでも恐ろしいと噂の城郭警察を相手に見事に書籍化した「異世界に転生したので日本式城郭をつくってみた」の作者であるリューク先生。


 文字を読まない我が子の為に物語を書き始めた結果書籍化「異世界は幸せ(テンプレ)に満ち溢れている」の作者である羽智遊記先生。


 そして、僕が物語を書く切っ掛けになった作品「ニートだけどハロワにいったら異世界につれてかれた」の作者である桂かすが先生。


 桂かすが先生の参加には流石に涙腺が緩みました。


 そして時は流れ旅立ち当日。


 夜勤明けで重い身体を引きずりながらも重いスーツケースを車に載せて最寄りの空港である女満別空港へと車を走らせる。

 何故こんなにスーツケースが重いかと言うと、容量の半分以上宴会面子へのお土産がギッシリと詰まっているからである。

 お土産の内容として大阪案内人で、何から何まで現地の手筈を整えてくれた舞先生の三作品書籍化のお祝いと、来年アニメ化する御大蝉川先生のお祝いに「松尾ジンギスカンの公式ジンギスカン鍋」を二つ詰め込んでおります。

 松尾ジンギスカン公式鍋は山形鍋の天辺に「松」の字がかたどられており、現地北海道でもジンギスカンに誘われた家でこの鍋が出て来ると襟を正してしまう様な余所行きのジンギスカン鍋です。

 贈り物としてこの鍋を送ると一目置かれる事間違い無しの逸品です。

 またお祝いとは別に作家さん達皆さんへの北海道土産として「熊、鹿、トド」の缶詰詰め合わせ! インスタ映えしますね!

 遠軽名物の手抜き炊き込みご飯の素の缶詰詰め合わせ! 美味しいんだけどネーミングが悪すぎてお土産にし難いですよね!

 更にマルセイのキャラメル、白い恋人、白い恋人プリン、マルセイバターサンド、白いブラックサンダーとスーツケースとは別のバッグに実弾と呼ばれる鉄板のお土産をみっちりと詰め込んで、フライト手続きです!

 気合いが漲っていますが荷物の預け場所で係員に止められます。


「えーと……荷物はお一人様二十キロまでなんですよ……お客様のお荷物は二十五キロになりますので重量超過してしまいます」


「……オワタ」


 一体何が悪かったのか……ここまで苦労してこの始末。

 何が原因なのか……そうです「松尾ジンギスカン公式鍋」×二です。


 なんとか食い下がろうと身を乗り出すと係員の人が一転和かな顔をします。


「超過料金を支払って頂ければ大丈夫ですけれどもどうしますか?」


 支払いましょう!


「五千円になります」


 ウグゥ……支払いましょう。


 こうして僕は機上の人となった。

 羽田空港で乗り換えの後に伊丹空港まで、伊丹空港着の予定時刻は十八時、宴会開始時間が十九時、MKタクシーに予約の電話は入れてある。グーグルマップでの宴会場までの所要時間は約二十五分。


「余裕だ……」


 僕は機上でほくそ笑むと夜勤明けの身体を労わる様にフワリと夢の中に落ちて行った。


 飛行機の中は意外と客層と言うのが顕著に表れる場所であり、お国柄みたいな物が感じ易い場所である。


 女満別発羽田行きの中では解り難かった客層の違いが、羽田発伊丹行きの機内では客層の違いがはっきりと解る。


 先ずは言葉と声の大きさである。


 テレビくらいでしか聞いたことのない関西弁が、彼方此方から聴こえて来るのが「異世界に来たんだ」と実感して顔がニヤけてしまった。


 次は視覚情報であるが伊丹空港行きの飛行機の中ではアニマルプリントが非常に多かった様に感じる。偶々僕が乗った飛行機がそうだったのかも知れないが、大阪弁とアニマルプリントの組み合わせは遠い地で暮らす僕にとっては最早「テンプレ」なのである。


 千歳空港の滑走路を牛が横切っていた。


 と同じ位いい加減なあるある情報に胸を高鳴らす僕の期待を乗せて羽田空港発伊丹行きの飛行機が今飛び立……飛び……立たない? アレ? 絶賛遅延中です。


 三十分遅れで伊丹空港を飛び出すとタイミング良くMKタクシーの運転手さんからの電話が鳴り出した。


「すいません飛行機が遅れました! 何処に向かえば宜しいですか?」


 運転手さんのナビゲートで黒塗りのタクシーに転がる様に乗り込むと、運転手さんの自己紹介が始まった。


「本日はMKタクシーを御利用頂き……」

「運転手さん! 約束事があるのは理解しています。遮るような真似をするのは失礼とも理解しています。ごめんなさい急いでます」


 僕は早口でまくし立て謝罪する。


「畏まりました」


 表向き気を悪くしていない運転手さんが車を発進させると空港出口の渋滞にいきなり巻き込まれる。

 ここで運転手さんを急かすのは得策ではないと重い、僕は実弾の詰まったバッグのジッパーを静かに降ろす。


「運転手さん、これ北海道土産です食べてくださいね、急かしてすいません」


 とマルセイキャラメルをそっと助手席に置いた。


「北海道からなんですか?」


 運転手さんとの表面的な会話が始まるが、僕は上の空である。なにせ現在地は伊丹空港であり残り時間は後二十五分なのだ。グーグルマップの予測時間では一時間と出ている。

 話が違うよオッケーグーグル!


 車の中では僕が如何に遅刻をしたくはないか、如何に今回の宴会を楽しみにしているかのプレゼン大会が始まり、道路幅は同じだけど川を渡れば渋滞が解消されると言う運転手さんの眉唾な話の信憑性について延々と話していた記憶があるが、この辺についての記憶は定かではない。


 なにせ現在地を逐一報告している為に立ち上げていたツィッターに、とある人物のツイートが流れて来たからである。


 愛山雄町


 僕の様なおちゃらけ系芸人作家ではなく、所謂ガチ勢の一角であり酒に対する並々ならぬ執着は彼の作品である「ドリームライフ」の作中に登場するドワーフの如き執念を感じさせ、彼のツイートを読んだ人間は例え酒が飲めなくとも、酔っぱらうとまでに僕が勝手に思っている程に酒愛の深い男である。


 彼のツイートには


「本日のお酒〜」


 などと何時も通りに酒の写真がアップされている。


 が……しかし僕は気付いてしまった。彼がツイートにアップした写真には僕がこれから訪れる予定のタコ焼き屋さんの店名が、キッチリとプリントされたタンブラーが写されている事に。


 タコ焼き屋に愛山(ドワーフ)先生が出没していると言うことは、上手く捕獲出来れば美味い酒にありつける可能性が俄然高くなる。


 脊髄反射の様に彼のツイートにリプライを送る。


「そのグラス……」


 僕の指がそこで止まり、その先を書き込む前に投稿してしてしまう。


 あのドワーフ、ツイプラでは本日のタコ焼きパーティーには参加の予定が無い筈だ。

 これは偶然居合わせた可能性もある……これは下手に突くと逃げられる可能性もあると踏んだのだ。

 上手く背後から近寄って蝉川先生をけしかければ、如何に逃げ足の早いドワーフでも捕獲出来るのでは無いかと僕は走るタクシーの中でニヤリと暗黒微笑を浮かべた。


 僕の浮かべた暗黒微笑が余程気持ち悪かったのか運転手さんも無言になる。


「お客様、到着致しました」


 今夜の目的地であるマルビルに到着すると僕はタクシーを飛び降りてビルの中に駆け込んだ。マルビルのインフォメーション看板をじっと睨みつけ、目当てのタコ焼きを探すが中々見当たらない、やっと見つけたと思ったら地下に記載があるので地下へと向かう階段を探すがこれまた見つからない、「外か!」田舎者スキルであるキョロキョロ見回すのが初めて役に立ち、外に設置されているエスカレーターに飛び乗ると、雪崩れ込む様に店内に突入するや否や予約名である舞先生の本名を声高に叫んだ。店内を案内されるとそこには周りより少し大人しめのおっさん達が一角を占領していた。


 あの場所なのか? あの場所に割り込んで「どうも初めまして八田でございます」とか言って違ったら、まるでテレクラで初対面の相手を間違えて空振りした哀れなおっさんではないか! しかも相手はおっさん達である。ホモテレクラ空振りオヤジと勘違いされたらどうしようなどと色々な恐怖が心の中に吹き荒れる。


 今夜集まる面子の中で唯一顔の割れている男がいる事をふと思い出し彼を探す。


 そうだ。


 ユーチューブのライトノベルの書き方講座で見た蝉川御大である。


 彼はユーチューブにて顔丸見えで十三分も露出しているので顔は覚えている! 「家を建てるには一人で住むのか、家族で住むのか」とか言っていたのを思い出す。あ、いた。ユーチューブに出ていた人そっくりである。


「どぅも八田でございます。遅れて申し訳ないですぅデュフ」


 緊張で変な笑い声になってしまう。


 三十分も遅刻した僕を彼らは暖かく迎えてくれたばかりか、とても歓迎してくれて丁寧に粉物のバリエーションの説明やタコ焼きの焼き方などを教えてくれる。


 僕は心の中で自分が一番年上なのにおっさん達とか言ってごめんなさいと謝罪した。


 そして早速自分の荷物を軽くする為だけに「松尾ジンギスカン公式鍋」を蝉川先生と舞先生にお祝いと称してプレゼントすると、二人共思いの外喜んでいた事に少し驚く。

 箱から取り出して無邪気に喜ぶ舞先生の持つジンギスカン鍋を見ると、作りのしっかりとした本気のジンギスカン鍋だと気付いて自分でプレゼントしたのにもかかわらずに「うわ……ガチのヤツじゃん……」と今更ながらにドン引きする。


 二人共料理関連の描写が熱い人達だから今後ジンギスカンを食べる描写が出て来た時に、あの鍋が資料の一部になるのかも知れないと考えると胸が熱くなり少し涙ぐむ。


 そして皆様にインスタ映えしか考えていない熊鹿トドの缶詰と実弾を配り終えるとようやく人心地つき、ふと横を見ると気配を消す様に人一倍大人しめの人が一人いる。


「あ、いつもツィッターで宣伝してくれてありがとうございます」


 桂かすが先生だった。


 ニッコリと微笑みかけて来る桂先生に、僕の心の中にある開けちゃいけない新しい扉がうっかり開きそうになる。


「僕がお話を書き出したキッカケになった作品はニトロワなんです!」


 と僕は若干引き気味の桂先生を前に熱く語り出し、名前のよくわからない粉物を口一杯に頬張りながらビールで流し込む。


 僕はこんなに幸せで良いのだろうか……


 体感時間で七分三十秒ほど経っただろうか、突然タコパ終了のお知らせがもたらされる。


「え? 終わり?」


 愕然とする僕に捕獲予定のつもりが、ちゃっかり輪の中に居た愛山(ドワーフ)先生がここで二次会の提案を出して来て「僕の行きつけの隠れ家的な飲み屋に行きましょう」とか言ってくる。


 隠れ家的


 意識高い系バブル生き残り世代の好みそうな言葉を聞いて僕は軽く腰が引ける。


 テレビの全国放送でガンガン晒されている全国の隠れ家的なスポットは、田舎者の僕にとっては都市伝説に近い代物だ。

 ましてや隠れ家的スポットをその手中に収めているこの男、後々苦笑いの種になる事を恐れていないのか?!

 恐ろしい子……

 などと僕の胸中では愛山(ドワーフ)先生がすべった時に備えてどうフォローを入れようか、走って逃げた方が良いのか? と色々考えた結果「酒が飲めればどこでも良いや」と人道的結論が出て大人しくついていく事にする。


 夜の新天地はまるでダンジョンである。


 右に曲がり左に曲がり金髪ミニスカートのオークキングに絡まれない様に気配を消して、僕たち異世界なろう作家パーティは新天地を突き進む。先頭を歩く斥候兼道案内は愛山(ドワーフ)先生。車も通れない様な細い路地を行ったり来たりして、そろそろ彼の国の連絡員に売り渡されるのでは? と一同が疑い始めた頃にその店に到着する。


 小さな木製の扉と白くて小さな看板が掲げてあるそのバーらしきお店には、エロいお姉さんの見本写真とかも一切貼られていなかった。


「ここです」


 ドワーフ(愛山)先生の目が怪しく輝くとその扉を如何にも私はここの常連で御座い風に躊躇無く開く。


 ドワーフ(愛山)先生が店員さんに二言三言話しかけると二階の一部屋へと促され、その部屋へと通された。


 僕はその部屋の調度品の古めかしさと、円卓を囲む様に設置された不揃いのアンティークなソファーのオシャレバリアーに膝がカクカクと震え出した。


「桂先生僕怖い」


 僕はちゃっかり桂先生の横に陣取ると全員が思い思いの場所に腰を落ち着けた。


 全員が腰を下ろしたところでドワーフ(愛山)先生が僕達が今通り抜けた来た入り口付近をゴソゴソと弄りだすと「ゴゴゴゴゴ」と言う地響きと共に入り口脇に鎮座なさっていた巨大なダイニングボードが動き出して入り口を塞いだのだ。


「うおおおおお!」


 全員が目を見開き入り口のダイニングボードを見つめているが、ドワーフ(愛山)先生だけは思わず写真に収めてしまいたくなる程のドヤ顔を決めていた。


 そう、僕は隠れ家的な飲み屋と言うと名ばかりの低予算で家賃がカツカツで良く言えばこじんまり、悪く言えば狭っ苦しいビンボ臭い飲み屋を想像していたのだが、あちらを精神的隠れ家とすればこちらはそう、物理的隠れ家!


「男の子ってこう言うのが好きなんでしょ?」を地で行く隠れ家だったのだ。


 ファンタジー系小説を書く輩なんて良い歳になっても大なり小なり中二心の抜けない連中ばかりである。そんな輩にこんな物を見せつけて心を鷲掴みにした後はもうドワーフ(笑)先生の独壇場であった。


 注文を取りに来たバーテンダーらしき男性に、一般人では聞き取れないドワーフ言語を用いて注文らしき会話をするドワーフ()先生が僕達一人一人に適した飲み物をスラスラと注文して行き、全員がキョロキョロと辺りを見回してしきりに写真を撮ってツイッターにアップを始める。


 古臭いくせにムカつく程に座り心地の良いソファーに「八田参上」とか落書きしてやろうか? などとマジックを取り出してふと気付く。


 サイン本!


 そう! この日の為に本日参加予定の作家様達の本をスーツケースに押し込んで来たのを失念していた。

「居酒屋のぶ」と「ニートだけどハロワにいったら異世界につれてかれた」に至っては、読み込みすぎて表紙がボロクソになってしまっていて流石に怒られるかも……とビビった僕が新たに書い直した二冊目の本である。


「あのぅ、サイン本をですね、デュフ」


 最早緊張とアルコールで何を言っているかよくわからない僕の要求を、作家の皆様は可哀想な子を見つめる眼差しで表面上快く引き受けてくれる。


 うお! 蝉川先生のサイン本だ! こ、これは末端価格にしていくらの価値があるんだろう。などと下衆な考えを浮かべる僕を嗜める様に酒が運ばれて来る。


 シェリー酒のなんか良いやつらしい、ドワーフ野郎がなんか色々説明してくれたが、ドワーフ言語は生憎と湧別高校では選択教科に含まれていなかったので聞き取れない。グラスを傾けて顔に近づけると眉間を殴られたかの様な暴力的な良い香りが鼻を刺す。


 ああ、これ美味い奴だ。

 覚えちゃいけない奴だ。


 僕の脳の中で「緊急回避」の文字がぐるぐると回り始める。


 理性では解っているのだが本能で抗えない、薬漬けの女騎士の心境が今なら良く解る気がする。彼女達とは良い酒が飲めそうだ。


 僕はありったけの理性をかき集めて、いたって平静を装いながらクールなコメントをしようと口を開く。


「これめっちゃ美味い! なんだこれスゲー!」


 らめー……




 その後我らが御大蝉川先生がお帰りあそばされた後にサイン色紙を持参していた事を思い出し、書籍化作家さん達にサインをせがむ。


 集まった作家さんの中から「あ……」その手があったか的な声が数人から挙がったのを見て、僕はニヤリとほくそ笑む。


「実は人数分用意しているんですよ。みんなで寄せ書きしあって一人一枚づつ持ち帰りません?」


 ここで今日一番八田がカッコ良い時間がようやく回って来た気がした。

 日付変わりそうですけどね……


 全員でサイン寄せ書きをして、皆んながホクホクとした顔を浮かべる中で本当にお別れの時間が訪れる。


 名残惜しい、名残惜しい……楽しくて楽しくて、実はタコ焼きの味は全然覚えてません。


 タコ焼きよりも皆んなの顔を見るのに忙しくて、皆んなの声が聞きたくて、それどころじゃなかったよ!


 こんなおっさんに付き合ってくれてありがとうございます。


 リュークさん酔った僕に「日本式城郭ってやっぱ資料大変すよね?日本式城郭警察とかやって来ねぇっすか?」とかアホな事を散々聞きまくられてもニコニコと真面目に返してくれてありがとう。


 薄味メロンさん酔った僕に「妹めっちゃ可愛いっす!でも俺の年齢だと妹も中年なんすよ、たまにはダンジョン行きましょう」とか訳の解らない絡みを受けてもニコニコと受け答えしてくれてありがとうございます。


 うっちーさん実はサインをねだった本には熟読しながら食っていたチョコが付いてしまいまして、一生懸命拭いたんですがまだ少し残ってました。快くサインしてくれてありがとうございます。


 遠野九重先生チートキャラの運命なのか突然のお仕事お疲れ様でした。今回会えなかったのは非常に残念でしたが、参加表明ありがとうございます。



 名残惜しい別れを一人また一人としていく中で、最後に残ったのは僕と舞先生。


「舞先生……カラオケ行きますか!」


「行きましょう!」


 付き合いの良い男です。



 なんかやたらデカイカラオケ屋に飛び込んで、早速酒を注文する。

 さあ! 歌うぞ!

 あ、舞先生がなんか独り言を呟き始めた。

 あれだけ書籍化すると心を病んでしまうのかな? 違う? ツイCASで生配信? 良いでしょう。望むところです。昔はウグイス坊やと呼ばれたこの僕です。全国の舞先生ファンの心にしっかりと消えない傷を残してあげましょう。


 こうして僕と舞先生の泥酔カラオケツイCAS実況放送が始まった。


 やはりここはアニソン縛りで行くか!


 しかし心は裏腹で演歌を熱唱!


 舞先生が今時風の歌を歌う。


 その挑戦受けましょう!


 串田アキラを数曲!


 二人で散々楽しく歌いまくった深夜に解散となります。


「明日も飲みに行きましょう!」


 本当に付き合いの良い男です。

 この男がいたからこそ僕は大阪の地を踏んで、こんなに楽しい思い出を作れているんだとしみじみ思いました。


「舞先生も時間が空いたら連絡下さい! 合流しましょう!」


 舞先生と別れて今夜のお宿にチェックインです。事前に連絡を入れてあるとは言え十八時チェックインの予定が既に深夜二時です。にも関わらずホテルのフロントは流石プロ。キッチリと仕事はこなしてくれます。


 やれやれとホテルのベッドに腰を下ろし部屋着に着替えると楽しみにしていた大浴場へと足取りも軽く向かいます。こんな深夜なので人なんて居ないでしょうから開放感たっぷりですね、そそくさと大浴場に向かい脱衣室の扉を開けると見知らぬおっさんのケツのどアップです。

 大浴場には数人のおっさん達が開放感を期待していたのにアテが外れたのか若干不機嫌そうに浸かっています。

 僕も人の事はまったく言えないおっさんであり、アテが外れた仲間ですので一方通行の連帯感を持って風呂に臨みます。

 風呂から上がって午前三時。

 流石にこれはマズイと思い布団に潜り込みます。目を瞑れば浮かんで来るのはさっきのおっさんのケツ。


 おっさんと言えば明日はとびらの先生とのオフ会である。僕は次の予定に向け体調を整える為に急いで寝る事にした。





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