第三十一話 彼女たちの望み


「無事に仲直りできました」


 翌日、学校にて、いぇいと菜々美ななみたちに報告すれば、良かったねぇ、と返される。


「それで、何かあったのか?」

「何で?」


 質問に質問で返してみれば、黒城くろき君が視線を逸らす。


「……いや、気のせいだったらしい」

「……そう」


 上手く隠してるつもりだったんだけど、それなりに付き合いの長い黒城君にはバレているらしい。

 でも、こちらに話す気が無いし、そのことを分かっているからか、特に追求してくることもない。


 それからはみんなで何気ないことを話したり、授業を受けたりしながら、時間が過ぎていく。


「……」


 気づけばもう放課後で、時間の流れは早いな、と思いつつ。

 今日はシフトは入ってないけど、店の様子が気になるから、顔を出しにいく予定である。


「お店、無事だといいね」

「うん、店長たちが少しずつ片付けてはいると思うんだけど、様子見ておきたいし」


 さすがにトラウマとかになったわけではないが、お客さんたちがそうとは限らない。

 そして、どんなに来るなと言われたとしても、原因の一因として、片付けの手伝いをしないわけにはいかない。


「手伝った方がいい?」

「さすがに店員じゃない人に手伝わせるわけにはいかないから、もし再開できたら、お客さんとして来てくれると嬉しいかな」

「ん、分かった」


 かなでの了承の意に、「でも、ありがとうね」と返し、「それではお先に失礼します」一足先に教室を後にする。

 だから、その後に何が話されたのかを、私は知らない。





「マリリン、何もなさそうにしてたね」

「私たちが気づかないとでも思ったのかな」


 菜々美と奏は、一言づつぽつりと洩らす。


「もしたとえ、そうだったのだとしても、私たちは味方でいてあげよう」

「そうだね」

「……」


 そんな二人の会話を、黒城は特に口を挟むこともせず、黙って聞いていた。


「だから、黒城も。協力して」

「何で俺が」

「私たちだけじゃ出来ないことでも、黒城になら出来ることがあるかもしれないでしょ」

「マリリン。どういうわけか黒城には心開いてるみたいだしね」


 そうだと良いんだがな、と思っても、黒城は口にしない。

 万里ばんり朱里あかりという少女が、自分の姿を『黒城遙月はるき』としてきちんと・・・・認識したのは中学の時であり、それからの付き合いであるわけだが。

 それだけあれば、心を開かれていてもおかしくはないのだろうが、黒城に精神を操作するすべはあれど、その人の心の中を知るすべなど無い。

 けれど、菜々美と奏は苦笑する。


「黒城はそう思えないかもしれないし、疑っちゃうだろうけど、あの子は黒城のこと、信頼してるように見えるよ」


 『黒城君』と、中学の時から変わらずに呼んでくる朱里の顔が浮かんでくる。

 それ以前のことなど、多分、彼女は覚えていない・・・・・・だろうし、忘れている・・・・・のだろう。


「……まあ、出来ることは可能な限りやってやる」


 男手がいることもあるのだろう。

 それぐらいであれば、いくらでも貸そう。


「それでいいよ」


 菜々美たちも『出来ないことまでやれ』などという無理を言うつもりはない。

 そして、また明日ね、と軽く挨拶のようなものをして、二人は教室から出ていく。

 それを見送り、黒城はぽつりと洩らす。


「……そろそろ、俺も覚悟を決めるか」


 これは、中学の時の馬鹿騒ぎのようなものではない。

 むしろ、もっと危険なのだと言える。

 このままずっと無関係でいられたのなら良かったが、そうも言っていられない。

 切り札とも言える彼女があちら側・・・・に行ってしまったら、自分に手出しすることなど出来なくなってしまう。


『――君は……誰?』


 絶望的な目のまま尋ねてきたあの時とは違い、光を灯した今の『彼女』には、少しでも幸せになって、笑っていてほしいから。

 だからもし、助けを求めてきたのなら、その手を少しだけ伸ばしても良いのかもしれない。

 たとえ、自分が何者なのかを知られることになるのだとしても――


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『無能』の少女は眠らない 夕闇 夜桜 @11011700

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