第三十話 言葉にしないと分からない


「私は――戻りませんよ」


 みんなが見守る中、私は結論を口にする。


「一応、理由を聞いてやる」

「あんなところに戻ってまで、今の生活を手放す理由なんて無い、と思っただけですよ」


 結月ゆづきさんや龍斗りゅうとたちには悪いが、何をどう言われようと、今の私に部隊上層部からの命令でもない限りは戻る気は無いし、やはり『彼』の努力を水の泡にすることは出来ない。


「それでも、私を連れ戻すって言うのなら――」


 そう言いながら、軽く視線を向ければ、視界の端にびくりと肩を揺らす龍斗たちの姿が映る。

 実の弟にビビられるとは、少なからずショックなところもあるが、それについては後回しである(なお、これは後日聞いたことなのだが、この時の私の表情は『物凄く怖かった』とのこと。『姫の再来かと思った』という意見は春馬談)。


「全力で掛かってこないと。だって、それでも手加減してくれてましたよね? 結月さん」

「……」


 『研究所あそこ』で何度も戦わされたから、よく分かる。

 結月さんは手加減してくれていた。

 言うなれば、彼自身が作り出してくれていた――唯一の隙・・・・


「どうします? 続けるか、続けないか」


 私としては迎撃するまでだから、別にどちらでも良いのだが、彼が来ると言うのであれば、手加減無用で相手してやる。


「今日はもう止めておく。おい、お前らも帰るぞ」


 本当に帰るのか、龍斗たちに声が掛けられる。


「ああ、それと――手加減じゃねぇ。小手調べだ」

「今なら何とでも言えますよね」

「次は本気だ」

「いつでもどうぞ。ただし、龍斗たちを巻き込んだりするのだけは止めてくださいね」


 そんなやり取りの後、帰っていく三人を見送り、その背が完全に見えなくなった後に大きな溜め息をく。


「はぁぁぁぁ~……」

「大丈夫か?」


 その場に座り込めば、恐る恐るといった様子で、鈴ヶ森すずがもり君が声を掛けてくる。


「大丈夫……」


 ……な訳がないんだけど、まだ後片付けとかやらないといけないから、何とか気力を振り絞る。

 今ここでぶっ倒れることが出来たら、どんなに楽なことか。


「本当にか?」

「大丈夫だよ?」


 疑いの眼差しを向けてくる鈴ヶ森君には悪いが、心配される程そんなに顔色が悪いのかな?


「正直」

「……?」

「一瞬、自分でもどうしようか迷った」


 もし本当に、『彼』が『研究所あそこ』に居るというのなら、会いたいと一瞬でも思ってしまった。

 たとえどんなにつらくとも、あの時の面々と過ごせるかも知れないのだと、淡い期待が浮かびもした。


「でも、あのまま誘われた状態で付いていけば、『対異能者対策部隊ここ』へ来た意味が無い」


 だって、私や結月さんたちのような人を出さないために、『研究所あそこ』を壊滅させるために来たのだから。

 だからこそ、と立ち上がり、彼に告げる。


「だから、私は『研究所あちら』側には行かない」


 何があっても。


「……万里ばんり

「そんなわけだから、別にみんなが心配する必要は無いんですよ」


 倒れた机などを起こしたり、その他の後片付けをしながらも、ちらちらとこちらを見てくるみなみさんたちには気づいていたので、彼女たちにも聞こえるようにそう告げる。


「万里。お前、本当は――」

「ほら、私たちも手伝いに行くよ」


 何か言い掛けた鈴ヶ森君の言葉を遮り、そう言って、歩き出す。


「それとね、鈴ヶ森君」


 彼に向かって立ち止まり、振り返る。


「私の決意を揺るがせないで」


 せっかく決めたというのに、再び迷うようなことを言おうとしないでほしい。


「そうじゃなきゃ、私は逆にみんなの足を引っ張ることになるから」


 きっと、『対異能者対策部隊このそしき』にとって、元が付くとは言え、『研究所』の所属だった私は切り札ジョーカー的なもののはずだから、それを失ってまで、未だ謎だらけとも言える『研究所』を攻略できるとは思えない。


「私は、家族も友人も助けたいから、だから――なるべく迷いたくはないし、迷ってもいられないんだよ」


 そう言って、再度彼に背を向ける。

 だって、私はそう決めたし、決めていた。

 もし、言葉にしないと分からないと言うのであれば、はっきりと『それ』を口にするまでだ。


「私は『研究所あそこ』を壊す。何があっても、ね」


 将来のことは分からない。

 中には『研究所あのばしょ』を壊したら、恨む子もいるのかもしれない。

 でも、そうすることが一番なのだと、今の私はそう思うから。

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