第二十九話 元・最強vs現・最強


 さて、売り言葉に買い言葉で、結月ゆづきさんと戦うことになったわけだが、このまま店内で戦えばお客さんにも迷惑だし、こんな有り様では戦いにくい。


「――ッツ!」


 だから、戦闘する場所を店の外へと切り替えるためにも、結月さんを店の外へと蹴り飛ばす。


「……うわぁ」

「ちょっ、大丈夫なの。あれ……」

「あの程度で倒れられたら、『最強』だなんて言われてませんよ」


 ちょっと引き気味な鈴ヶ森すずがもり君を筆頭とした従業員たちに、そう返す。

 だってほら、後ろの壁はひび割れが出来てるけど、当の本人は楽しそうに笑みを浮かべている。


「くくく……ふはははは!!!!」


 何やら変なスイッチを入ったというか、元に戻ったと言うべきか。

 高笑いを始めた結月さんに、どうやらその気・・・があるのかと思ってる人が数人居るみたいだが、残念ながら、あの人にその気は無い。


「……っ、」


 そして感じる、身体に掛かる重たさ。ああこれは……


 ――重力操作。


 となれば、私が使うべき能力は限られている。


めるなよ。――全て、“無効”だ」


 結月さんの“重力操作”を“無効化”し、私も店の外へと出る。


「さっすが、オヒメサマ。あっさりと“無効化”しやがる」

「その『お姫様オヒメサマ』って、めてくれません? 私はもう、『研究所あそこ』の関係者ではないんですから」


 けれど、それを気にした様子が結月さんには無く、それどころか「くっくっ」と笑みさえ浮かべている。


「関係者じゃない? おかしなことを言う」


 結月さんは笑うのを止めない。

 そしてそのまま、ずっと背を預けていた壁から離れて、こちらへと数歩だけ歩いてくる。


「お前は、今も昔も関係者だよ。友人も、家族も、大切な人間全てを『研究所あそこ』に残してきた」

「……っ」

「現に、お前は龍斗りゅうとのことを無視はできないし、その友人である春馬はるまのことも無視できない」

「……何が言いたい?」


 彼の言い分が間違っているとも、否定するつもりもないが、何を言いたいのかが分からない。


「俺は聞きたいんだよ。オヒメサマ」


 そして、結月さんは問う。


「友人であり、仲間である俺たちが、『研究所けんきゅうじょ』で過ごしている中、自分だけは外の世界で好きなように過ごしていられる。なァ――今、どんな気分だ?」


 どんな気分か、か。

 そんなもの、答えは決まっている。――が、果たしてそれを、この人に対して、馬鹿正直に答えるべきなのか?

 結月さんのことだ。たとえ馬鹿正直に答えようが、嘘を答えようが、きっとやることは変わらない。


「今の気分?」

「あァ」

「楽しいよ」


 二択しかなく、どちらを選んだところで結果が同じなら、本音を告げれば良い。


「けど、龍斗も春馬も、そして結月さんも居ないからね。その点は寂しいよ」

「寂しいってなら、戻ってくるか?」


 その問いに、笑顔で返す。


「却下」


 そのまま、一瞬にして首を狙った一撃を回避する。


「――だったら、連れ帰るまでだ」

「あ、やっぱり、それが目的な訳ね」


 そんなことだろうと思ったよ。

 結月さんの剣を全て、鞘に入れたままの剣で応戦する。


「ハッ、そんなんで手を抜いてるつもりか?」

「そっちこそ、私が抜刀したら、自分が死ぬこと分かってるくせに、それを勧めるのって、どうなの?」

「死ぬ? 面白いことかすなぁ」


 そして、真顔で告げる。


府抜ふぬけたお前に、俺が負けるわけがないだろ?」


 ああ、そういう考え方か。

 けどさぁ……


「じゃあさ、もし負けたらどうするの?」

「負けたらだと?」

「あいつら、絶対許さないだろうね。手元にいた現・最強が、外に居るはずの元・最強に負けたとすれば――次は、冗談抜きに感情の欠落から人格破壊まで行きかねないよ」


 私は、結月さんに廃人にはなってほしくないから。


「それは実体験か?」

「さあ、どうでしょう? でも、私は結月さんには、そのレベルには至ってほしくないのが本音」


 そう言えば、溜め息をかれる。


「それは、よォく分かった。けどなぁ――お優しすぎるわ、オヒメサマ」

「そんなの、自分がよく分かってるよ」


 きっと、目にも止まらぬ早さって、こういうのを言うんだろうな、っていうぐらいに結月さんの剣筋は早いし、こちらも何とか対応はしているけれど、やはりと言うべきか全ては防ぎきれず、いくつか傷が出来てしまった。

 あ、よく見ると制服も破れてるし。

 でも、それよりも気になるのは、ところどころで表れる、剣の扱い方。見覚えがあるかどうかを聞かれれば、答えはイエスだが――……


「っ、」

「驚いたか? 驚いたよな?」


 一体、何が楽しいんだろうか。

 私に傷を負わせたこと?

 使ってる剣術について?

 それとも、それ以外?


 ……駄目だ。いろいろと余計なことまで考えてる。

 けど、仕方ない、か。今の結月さんの実力はある程度理解できたし、本人がそれを望むと言うのであれば、対峙する者としては応えなくてはいけないだろう。


「――駄目だ、姉さん!」


 龍斗が叫び、従業員チームが「え?」と言いたげな顔をしているが、無視である。


「ようやく本気になったか」

「煽りに煽ってきたんだから、あの時みたいになる覚悟は、当然ありますよね? 結月さん」


 見下すかのような視線を向けてやれば、ハッと鼻で笑われる。


「そっくりそのまま返してやる。あの時の俺みたいになるのは、お前の方だ」

「……ふぅん。あっそ」


 急加速からの蹴り。


「かはっ……!」

「この程度? 現・最強」

「ぐっ……!」


 起き上がる前に近づいて抜刀した刀を振り下ろすが、ギリギリのところで受け止められる。


「受け止めたぞ」

「でも、受け止めただけだよね?」

「っ、」


 先程までの勢いはどこへやら。

 立場が逆転したかのように、今度は結月さんの方に、防ぎきれなかったことで傷が出来る。


「オヒメサマ。あんた、まだ戦うのを続けてるだろ。じゃなきゃ、この戦闘力はおかしいぞ」

「おかしい? これでも、いくらか腕は落ちたんだけどね」


 でも、そんなのは些細なことだ。

 一般の――暴走異能者を相手にするぐらいなら、この程度で十分じゅうぶん、事足りる。


「ハッ、冗談!」


 押し返され、距離を取られる。


「今のをどう捉えようが、結月さんの自由だけどさ」


 今持ちうる『能力』が『実力』であることには変わりないだろうから。


「私の今ある能力を否定するのだけは、めてくれない?」

「否定はしないさ。だって、こうして戦えているんだからなァっ!!」


 ……全く、この戦闘狂バトル・ジャンキーは。

 本当に、私と戦おうとすること以外、何も変わっていない。

 空けられたスペースも、再び一瞬にして詰められ、結月さんの放つ刃が、降り注いでくる。


「っ、」

万里ばんり!」


 何とか捌いてはいるものの、鈴ヶ森君が何やら叫んだ気もしたが、こちらは答える余裕すらない。


「そうだ。一つ良いことを教えてやる」

「良いこと……? 悪いことじゃなくて?」

「いや、良いことだ。俺たちにとっても、オヒメサマにとっても、な」


 こういう時って、大体悪いことなんだけど、どうせ止めたところで、結月さんのことだから話すのだろう。

 でも、龍斗たちは違ったらしい。


「駄目だ、姉さん!」

「それだけは、聞いたら駄目だ!」

「うるせーよ」


 聞くなと訴える二人に、結月さんが黙らせようと攻撃を放つ。

 あそこにはまだ、逃げ遅れたり、避難し損ねたことで残っているお客さんが数人居るというのに、二人を黙らせられるなら、どうなってもいいらしい。


「……」


 とりあえず、防壁を展開して、結月さんの攻撃を防ぐが、似たような展開にも関わらず、先程と違って、余裕が崩れないのは何なのか。


「よく聞け、オヒメサマ」

「……」

「あいつが――ユウが、待ってるぞ?」


 その言葉に、思考が、時間が、止まった気がした。


「――は?」


 今、何て言った?


「俺たちと一緒に来れば、ユウに会える」

「……何を」


 何を言っているんだ。この人は。

 あの人・・・が、『研究所あそこ』に居るわけがない。

 だって、あの人は――……


「事実だぞ? だから、俺がこのことを話すと察したあいつらは止めようとした」

「……」


 あの人は、あの日、私と一緒に『研究所あそこ』を抜け出したはずだ。それなのに、『研究所あのばしょ』に居る――?


「根拠としては、十分じゅうぶんじゃないか?」


 本当かどうか確認したければ、『研究所あそこ』へ一緒に来ればいい、と結月さんは言う。

 確かに、彼の存在を確認するには、それが一番確実なのだろうが、それは同時に私が捕まると言うことでもある。


「っ、」

「以前の仲間は、みんな居るぞ?」


 結月さんの言葉が、誘惑のようなものに聞こえる。

 これ以上、聞いたら駄目だ。本当に駄目だ。


「『研究所あそこ』には、俺もユウも居る。龍斗たちも居る。あの時のように過ごせるぞ」


 あんな場所でも、楽しかった一時ひとときが、脳裏に浮かぶ。

 きっと、そのときのことを言っているのだろう。


「っ、」


 それでも、痛く、辛い時間は確かに存在していた。

 だから、あの人は私を『研究所あそこ』から連れ出そうとしてくれたんだろうし、事実、私はここに居る。

 それなのに、『研究所』に居るということは、あの後、『研究員せんせい』たちに見つかり、捕まったのか、自ら戻っていったのか。

 彼が何を考えていたのかなんて、私には分からないけれど。


「私、は……」


 それでも、一度でも私を『研究所あそこ』から出そうとしてくれたということは、これ以上、あのような経験をしなくていいと思ってくれていたのかもしれないから。

 だったら、彼のあの時の努力を、私の行動一つで水の泡にはしたくはないし、私自身のあの行動・・・・が間違いだとも言いたくはないから。


「私は――」


 だから、告げよう。

 私の言葉で、意志を、想いを、伝えよう。

 二人の関係が、あの時のままなのだとすれば、きっと、結月さんはあの人に伝えるだろうから。

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