第二十八話 現・最強、来襲


 ――『最強』。

 文字通り、いと書いて、『最強』。


 『研究所』に居た時、私は様々な異能が限定的でありながらも使え、『成功作』だとも言ったが、その時の私は、間違いなく『最強』だと、研究員たちは言っていた。


 ――『研究所』の『成功作』にして、『最強』の存在。


 私にしてみれば、そんな言葉が欲しかったわけでもないのだが、そんな私のことをずっと、その能力面から暗い感情を抱いていた人が居たことなど、その時の私は気付こうとすらせず、気付いても目を逸らしていた。


   ☆★☆   


「よぉ、おヒメサマ。元気にしていたか?」

「……」


 また厄介にして、面倒な奴を連れてきたものである。


 ――いや、それでもこれは彼らのせいじゃないが。


 申し訳なさそうな表情かおをしていることから、彼ら――龍斗りゅうとたちが好き好んで連れてきたわけではないことぐらい、見ていて分かる。

 どちらかと言えば、この男が脅して連れてこさせたと言った方が良いのだろう。


「チッ、無視と来たか。そーいうところは相変わらずだな。その態度」

「……言いたいことはそれだけ?」


 正直、本調子じゃなかった昨日じゃなくて良かった。

 でも、場所が悪い。


「俺は言ったはずだぞ。たとえ地の果てだろうが、お前を倒すためなら、どこまでも追い掛けるってな」

「正々堂々とストーカー宣言してくれるとは、思わなかったわ」

「ハッ。いつまでその口が回っていられるか、楽しみだ」


 何で、たかが数年で逆転できた気でいるのだろうか。この男は。


「それにしても、私に一度も勝てなかった人が、『研究所あそこ』の現・最強ねぇ……」


 私がいなくなったことで、次点だった彼が繰り上げで『研究所』の現・最強となったらしい……のだが、繰り上げは繰り上げである。そんなことで正真正銘の『最強』と言えるかどうかなど、分かりきっている。

 だが、問題はこの場をどう収めるか、だ。


朱里あかりちゃん、どうかした?」


 茉莉花まりかさんが声を掛けてくる。


「あ、いえ、その――」


 でも、私が何か返そうとするよりも早く、目の前の男は動いた。


「――ッツ!?」

「キャァァァァッツ!?」


 茉莉花さんの腹部に強力な蹴りが入り、彼女は吹っ飛ばされ、店内に居た女性のお客さんが悲鳴を上げる。


「茉莉花!?」


 いきなり吹っ飛ばされた友人に、みなみさんも声を上げる。


「……」

「……万里」


 鈴ヶ森すずがもり君が隣に立って声を掛けてくるが、すぐには反応できなかった。


「……ごめん、先に茉莉花さんを奥に運ぶの、手伝ってきてもらえる? あと、ついでに持ってきてくれると有り難いかな」


 何を、と言わなくても、きっと分かってもらえたはずだし、状況的にもみんな理解してくれたはずだ。


「やる気か」

「被害増やしてもいいって言うのなら、このままでも構わないけど、そうもいかないでしょ」


 このままでは擬態用の喫茶店運営も、部隊存続も危うくなる。

 本部から送られてきた二人にも、一緒にいながら止められなかったのかと、責任を問われかねない。

 だったら、私に出来て、取れる策など、決まっている。


「そんなに戦いたいと言うのであれば、ご希望通り、私が相手してあげる」

「何言って――っ!?」


 春馬はるまがぎょっとした様子で、おそらく止めようとして来たのだろうが、腹部を殴られ、その場にうずくまる。


「春馬……」

「二人も下がってなよ。巻き込まれたくなければね」

「でも、今の――」

「いいから、下がってなさい」


 春馬を支える龍斗に、そう告げるが、やはり止められそうになるものの、少しばかり殺気を交ぜてやれば、何も言おうとしてこなくなった。


「――ごめんね、二人とも」


 ぽつりと謝罪を口にすれば、勢いよくこちらに顔を向けられる。


ねぇ――」

「それじゃ、掛かってきなよ。全て返り討ちにしてあげますから」


 龍斗の言葉を遮り、そうするつもりで声を掛ける。

 だって、それぐらいしなければ、あの人には勝てないだろうから。


 持っていたお盆を近くの机の上に置いて、いつも持ち歩いている指ぬき黒手袋をめる。


面白おもしれぇ。俺があれからどれだけ強くなったのか、見せてやるよ。お姫様」

「ハッ、笑わせないで。そう簡単に越えられて溜まるものですか」


 片や、今も『研究所』の実験を受け、過ごしてきた者。

 片や、『研究所』から逃げ出し、過ごしてきた者。


 る気で殺らなければ、こちらが殺られてしまうだろうから。


「今も昔も――理由はちがえど、私は貴方に負けるわけにはいかないんですよ。結月ゆづきさん」


 いつ戻ってきたのだろう、隣に居た鈴ヶ森君から無言で差し出された刀を受けとれば、それが私たちの戦闘開始の合図となり、店の崩壊の始まりでもあった。

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