第7話 元和 八年 二月

 「というのが、当時高橋統増と名乗っていたお前の父親・立花直次の若き日の話だ。」

 私が齢十一で元服し、将軍秀忠様から偏諱を賜り「立花忠茂」と名を改めた日。伯父上は私が幼い頃に亡くなった実父の思い出を江戸屋敷の茶室で話してくれた。


 伯父上は歪んだ形の墨吹茶碗で茶を点てながら続ける。

 「直次はその後柳生但馬守殿に弟子入りして新陰流を修め、ついには自ら一派を興すに至る。それが新陰治源流である。」

 但馬守さまといえば秀忠様の兵法指南役ではありませんか。そのような方に教えを受けて剣の道を極めるとは、私の父上は武芸の天才だったのですね。思わずそうつぶやくと叔父上は手を止め、茶碗を差し出しながら笑った。

 「直次にもともと武芸の才はあったのであろうが、それに驕ることなく一心に鍛錬を続けた。その努力があの立花直次を形作ったのだと儂は思う。儂が戦場であやつに助けられたことは一度や二度ではないよ。

 かく言う儂も自分のできることを一心にやってきた。人からは天才とか軍神とか言われたが、本当はそんなものはないのかもしれない。いろいろ浮き沈みはあったが、再び柳河に大名として戻ってくることもできた。今にして思えば、その時その時でできることをやっていたおかげかもしれん。

 唯一の心残りは跡継ぎの実子に恵まれなかったことではあるが、それも養子とした甥のお前がこれから一人前になってくれさえすれば問題はない。」

 くにゃぁとひょうげた形の白い茶碗を受け取り、伯父上の点てた茶を飲む。茶は熱く、ほろ苦い。大人の味とはこういうものか。私も伯父上や父上のように立派になれるでしょうか。

 「儂や直次のように、か。目標にするのは構わんが、そっくりそのまま小さな誰かになってはならんぞ。お前は誰にもなれないお前になれ。」

 誰にもなれない自分でございますか…。私に見つけることが出来るでしょうか…。

 「きっと出来るさ。直次も同じように言っていた。『私は私のできることをもっとよく知らないと』とな。幸い我が家中は臣に恵まれておる。国元では経験者の助言をよく聞いて、領内を治めるよう努めるがよい。」


 伯父上に茶の礼を言って茶室を出ると、どこからか鶯が屋敷の庭に飛んできた。春はもうすぐそこだ。

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先達 柚木山不動 @funnunofudou

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