第6話 天正十八年 二月
あの時兄上が私の立場であれば、どう対処しましたか?よろしければお教えください。私は兄上の杯に澄酒を注ぎながらそう聞いた。
兄上は顎に手を当てて少しの間目を閉じていたが、うむと答えた。
「岩屋城落城後に島津の先遣隊を叩くのは悪くない。しかしそのあと城内の意見をまとめきれなくなった。お前が先遣隊に勝ちすぎてしまったからだ。
そのせいで目が曇ってしまった譜代の高橋家臣たちは、宝満山城に固執するようになった。あの時点ではむしろ外様の筑紫家臣たちが言うように、立花山城に来た方が良かったぞ。父上が玉砕するまで戦ったことで、博多の町衆への義理立てはもう充分果たしたしな。」
そういうと兄上は杯をくいっとあおり、空になった杯を私の目の前に差し出した。
「あの時は己が高めすぎた兵の士気に振り回されてしまったな、統増。父上の仇など援軍が来た後で存分に討てばよかったのだ。」
うーむと唸り杯を受け取る。こうもはっきり突きつけられると兄上と自分の器の違いを思い知らされる心持ちだ。
杯を見つめて考え込む私に、兄上は優しく笑いかける。
「自分ができることを理解して、できることをやる。奇策に頼らない。追い詰められた時こそ、これができるかどうかで道が開けるのではないかな?俺はそう思うぞ。」
兄上が杯に注いだ澄酒の
天才と呼ばれた道雪さま、父上、そして兄上。皆、その時に自分ができることを理解していたのではないか。
大友からの離反が相次ぐ中、道雪さまは最後まで大友を支える事を自分のできること、なすべきことと定めた。
島津から猛攻撃を受ける中で、父上は一日でも長く籠城して足止めすることで味方後方が攻め込まれるのを遅らせようとした。
兄上は私の失敗の原因を見抜き、より良い方法で島津の包囲網を翻弄し、ついには撃退。さらにはそのまま薩摩攻めにおいても功を立てた。
一息に杯をあおる。彼を知り己を知れば百戦
「孫子だな、よく勉強しているではないか。その意気だ。お前は父上亡き後の高橋家中をよくまとめているよ。
思い返せば俺が道雪さまの養子になるために高橋家を出た時、統増はまだ元服前であったな。あの頃の童が立派になったものだ。
うちの家臣には、お前の武勇にかなう奴などいないよ。お前はもっと自信を持っていい。これからも頼りにさせてもらうぞ、高橋家当主殿。」
どちらからともなく笑みがこぼれる。
帝から豊臣の姓を賜った秀吉さまは、明日から相模の小田原に向けて北条攻めの兵を発する。私も兄上の寄騎として参加することになっている。前田さまや徳川さまといった大大名に及びはせぬが、私は私ができることを確実に、着実にやっていこうと思う。
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