第2話 優しいってどんな事1


ノワいわく、戦闘後の処理は担当の魔法人形が済ます。

無惨な姿の遊具も、次の日には元に戻り子供達が遊ぶらしい。




マッシロイビル3階。深夜。

敵はいつ現れるかわからないため、魔法少女は24時間ずっと警戒し続けてなくてはならない。

しかし、四六時中変身したままだと魔力がかかる。全員ビルに戻り、ナナセ以外変身を解いていた。

なぜか一緒についてきた元和ゴスの少女はリビングで深夜番組を見ている。

ゲラゲラと声を上げて笑う彼女を、少し怖いなと思ってしまった。


と、ノワがナナセの背中をたたく。


「次は変身の解き方だ。変身らしい変身をしてもいないのに解くというのもおかしいが、まあ戦闘着を戦闘着として登録すると思えばいい。次に変身を念じればその時にもその服で戦える。人間用にカスタマイズしてあるから、念じればすぐ変身が解けるはずだ。初回は変身を解くと全裸だからな、自室で試すといい。私はリビングで待っている」


そういって、ノワはナナセを自室まで送るとリビングへ戻って行った。



時は過ぎ、40分後



「お待たせしました…」


何度も何度も念じたが、なかなか上手くいかずあれこれやっている間に時間が過ぎていた。

中途半端に服が消えたり、消えなかったり、今も上手く変身が解けたのか確信が持てない。


(おかげで変身のしかたもなんとなくわかったけど…)


「やっとか、待ちくたびれたぜー」


和ゴスの魔法少女、だった赤髪の少女がソファから身を乗り出した。

切りそろえられた短めの赤髪、白い文字で英語が書かれている黒いTシャツ。顔はいくらか幼いが、活発そうな印象を受けた。ノワと同じ年だろうか。


ナナセがもごもごと口を動かし、しかし言葉にできずにもじもじしていると、すっとノワが隣に立った。


「この子はナナセ。わかってるだろうが人間を魔法少女として採用する計画の魔法少女だ。私が担当する事になった」


ノワの紹介に、和ゴスの少女は「へえ!」と嬉しそうに、しかし少し驚いたという風に手を叩いた。

ナナセは、小さく「よろしくお願いします」と頭を下げる。


「オレは紅(クレナイ)ってんだ。そこの頭のかったいノワとはしんゆ…いや、腐れ縁ってとこだな。わかんねー事があったらじゃんじゃん聞いてくれよ?」

「紅のアドバイスは、私の方針とは大きく異なるから参考にしないように」

「なんだよそれー!」


ノワは淡々と告げ、紅が笑いながら肘でつっついている。


「あの、仲がいいんですね」


思わず、口からこぼれた。

ノワが眉間にシワを寄せるが、気のせいか顔が赤い。


「そ、それは、私の担当地域のすぐ隣がこいつの担当地域だからだ。近所付き合いが長いとお互いの事がわかってくるからな…」


語尾になるほど弱くなっていく口調。

一方、紅は笑いをこらえていた。


「仲良しだってよー、ノワ!」

「うるさい!」


抱きつこうと両手を広げた紅の鼻が、ノワによってつままれた。


「ふがっ?いてー」

「あんたが悪い!」

「ふふ、あははは」


思わず、笑ってしまった。

とたんに、ノワが真顔になってナナセを見る。


「あんた、そういう風に笑えるのか」

「へっ?!わわわ笑い方、おかしかったですか?」

「いや、やっぱり笑ったほうが可愛い」


———ナナセは可愛いねー?———


「わ、私は…く、なんて…」


ナナセの反応は、謙遜というには大げさ過ぎた。

あっという間に笑顔が消え、ジャージの裾を掴み、うつむく。

それは単なる照れではない。


と、


「あー?なんだ。そうだ、服買いに出ようぜノワ」

「…まあ、早かれ遅かれ必要だ。ナナセさんの部屋には変色したジャージぐらいしかなかった」

「変色したジャージってなんだ?特殊な趣味で集めてんのか?」


紅が不思議そうに首をかしげる。

服を買うお金がなく、長年ジャージを繰り返し着ていたのだ。

いざ指摘されると恥ずかしい。


「まーいいや!オレも服を買うぜ〜、いいなナナセ!」


「えっ、あの、紅さん?!」

(いきなり呼び捨てられてる!)


慌てて顔を上げると、ニッと笑った紅と目が合う。


「そ、れ、と、オレの事は紅さんじゃなくて紅って呼べよ?ほら、ノワもナナセさん〜なんて可愛子ぶってないでナナセって呼べよ」


突然の展開に、ナナセはあわあわと震えるしか出来なかった。

一方のノワも、


「ナナセさんが嫌じゃなければ」


無関心、と見せかけて若干悪めの笑顔だ。


「ほらナナセ、紅って呼んでみろよ」

「く、紅…」

「あっちは?」

「ノ、ノワ…」

「あれは?」

「てっテレビ…」

「これは」

「ソファ…」


「ここは幼稚園か?」




この街一番のショッピングモール。

それぞれ睡眠を取ったあと、ノワと紅に強引に連れてこられた。

ナナセが天井を見上げる。とんでもなく高い。

左右にはファッション店や雑貨屋がずらりと並んでいた。


「ふあぁ、広い…」


平日の朝というのもあって、客の数は少ない。

ナナセは知らない事だが、休日の昼にでも来ようものなら大混雑でのんびり見て回るどころではなくなる。


「し○むらでよかったんじゃねえのか?」

「あんたはそれだからダメなんだ。やはり専門店がたくさん揃ってる場所に来るのが一番」

「万年スーツに言われても説得力ゼロだぜ」

「万年○まむらよりはいいだろう。あとスーツ以外も着るぞ、私は」


「えーっと、あの」


二人が盛り上がっている中、ナナセはどこに視線を置けばいいのかわからずきょろきょろする。


「ナナセの服は、やはりシンプルな——」

「ばっか、やっぱりロック——」

「ロックはない、ロックは——」

「じゃあパンクは——」

「違いがわからん上に——」


「う、うーん…あ!」


見回していると、一つの雑貨屋のぬいぐるみが目に入った。

自然と足がそちらへ向かう。


ファンシーな佇まいの店舗。

そっとぬいぐるみを手に取って見る。

猫のような耳で、アザラシのようなつぶらな瞳。ふわふわとした手触り。

本来の目的とは全く関係のないものだ。しかし、この子は可愛い。

買いたいが、所持金がない事を思い出してそっと戻した。


(可愛いけど、また今度。お給料ってどれぐらい貰えるのかな)


まだ同じ場所で相談…には見えない、喧嘩のような事を続ける二人の元へ戻ろうと踏み出した時。


一人の、まだ10歳にもなっていないような子供が、スッと横切った。


水色とピンクのパステルカラー。フリルがまんべんなく散らされた服装。

足下を彩るのは、ルームシューズのようにファーで出来た靴。

頭にかぶった帽子から、ポンポンがゆらゆらと垂れて揺れていた。

まるで、砂糖菓子の国から抜け出して来た女の子のような。


現実味がない。

そこだけ、空間が切り取られたようだった。


「わ!すみません」


あまりに見とれてしまい、近くの男性にぶつかった。

一瞬顔をしかめ、男性は去っていく。


もう一度女の子のいた場所を見るが、そんなものは夢だったように消えていた。


(あんな目立つ子、見失わないと思うんだけどなぁ…)


ぼんやりといたはずの場所を見ていると、紅の呼ぶ声がした。


「おーい、こっちに来きてくれ!」

「あ、はい」


急いで追いかけると、そこは黒を基調としたシックな店舗だった。

スレンダーなマネキン、ハンガーにかけられてズラリと並んだ洋服。一瞬気圧される。

が、ずんずん遠慮なく入って行く紅。足を止めるわけにもいかずついていく。

店内の、服が置かれた棚の隣に、白いタートルネックを持ったノワがいた。

ナナセにハンガーごと服を押しつけ、顔と見比べる。


「やっぱりあんたには白色が似合うと思うんだ」


そういって、満足げに笑みを浮かべる。

その表情は、暖かく、優しかった。

血が、顔に集まるような気がする。


「オイオイ、どうした。顔が真っ赤だぜ?」

「あわわわ、すみませんすみません!」


自分でもなぜ顔がこんなに熱いのか全く検討がつかない。


「その!その!お金とか私ないんです、ないんですけど、選んでもらってもお金ないんですけど!」


「んあ?金?金ってそりゃ———」

「私が出すぞ。出世したら返してくれ」

「そんな!私出世なんて」


まだ一回も戦った事もないのにそんな事言われても!

あわあわとするナナセの様子を見て、ノワが鼻から息を吐いた。


「ま、冗談だ。今回は私のおごり。給料が入れば、自分でもっと買えるだろう」


「いいなー、オレも服ほしーなー」

「紅は、もっと効率良く働こうな」

「ケチー」


ぶーぶー、とまるで漫画のように拗ねる紅。

ナナセはその様子を見ながら、チラリと近くの服の値札を見た。


「え」


数千円。この金額は、純粋にオシャレを楽しむ人種にとっては普通だろう。

しかし数百円から千円の古着を買い与えられて育って来たナナセにとってそれは、大金だった。

この金額でカップラーメンを買ったらなん十日生きられる?

あまりの衝撃に固まってしまう。


「ナナセのサイズっていくつなんだ?オレたちより背が高いから、Mか。いや胸のサイズから考えてLの可能性もあるなー、羨ましいぜ」

「スカートは何がいい?白いトップスだから濃いめの色がいいと思うんだが」

「あわわわわわわ」


次々に洋服を手に取り出す二人。

そんなにお金を出させるわけにいかないと、あわあわするナナセだったが、


「!」

「お」


突然、二人の動きが止まる。

そして、手に持っていた洋服を戻した。

自分はテレパシー能力でも開花したのかと考える。

しかし、そういう事ではなかった。


「敵襲だ」





———皆様、警備員の指示に従って、速やかに避難してください!


先ほどまでののんびりとした空気から一変し、けたたましいサイレンと避難指示が繰り返される。

人々は戸惑いながらも、指示された出口へ向かって走って逃げて行った。

混乱、というほどにはならなかったがすれ違って行く表情は皆切羽詰まったものがある。


しかし、魔法少女は逃げるわけにはいかない。

ノワと紅は、敵の場所がわかっているのかどこかへ向かって走り出した。


「ま、待って!」


慌てて追いかけると、紅が立ち止まり振り返る。


「今回の攻撃は、きっとオレ達狙いで仕掛けて来てんだ。ってことは敵も万全の状態。危険度から考えて、ナナセはつれてけないってのがノワの判断だぜ。お前は他のみんなと同じように逃げろ!」

「で、でも…」

「いいから!」


再び、紅が走り出す。

その背中を呆然と見ているしかなかった。


もう自分以外の人間の避難は終わったらしい。

人気のないモール内で立ち尽くす。


「逃げる…しかない、よね」


とぼとぼと、出口に向かって進む。

自分に力があったなら、二人の役に立てるのだろうか。

と、自分の腕を掴む。

爪を立て、ギリギリと痛みが走った。その時、


「おかあさんー!」

「!」


子供が見えた。

小学校に入りたてほどの、男の子。

道のすみでうずくまり、大声で泣いていた。


「おかあさんどこー!」


放っておくわけにはいかない。

そろそろと近づくと、男の子はこちらを見た。


「あの、その…に、にげないと」


本当なら、男の子をなだめるのが正解だろう。

だがナナセには逃げないといけないと伝える事が精一杯だ。


「お姉ちゃん、だれ?」


男の子が見上げる。


「その、私は魔法少女なんだけど、あの、逃げないと危ない、から」

「逃げたいよ!逃げたいけど、こけちゃって、足が…お母さん…」


少しだけ止まっていた涙が、またこぼれ落ちていくのを見て、ナナセが手を伸ばす。


「名前、教えてくれる?」


男の子は少し驚いた表情をしたあと、ボソボソと言った。


「俺の名前、ダイ…」

「ダイくん!一緒に逃げよう、おんぶするから」

「お姉ちゃん…?」

「あの、私魔法少女だから!まだ戦えないけど、逃げるぐらいなら出来る、だから———」


パチパチパチパチ


拍手。

小さな拍手が、耳に届いた。


驚いて振り返れば、そこには先ほど見た、まるで砂糖菓子のお姫様のような女の子。

顔の半分が水色の髪の毛で隠れ、逆の側の眠たげな片目がこちらを見つめた。

ふわりと微笑み、言う。


「さすが、弱いものを助ける正義の心を持っているわ。素敵ね」


しかしその歳に似合わない妖艶さを孕んだ仕草、笑み、口調。

ノワや紅なら、すぐにそれが『人間ではないモノ』だと気づいたが、経験の浅いナナセにとっては人の形をした者は全て人間だった。

「へ?あの、あなたも逃げないと…」


警戒心などなく、彼女に向かって一歩踏み出す。

踏み出して、気づいた。

彼女の後ろには、大きな影があった。

その影。それはつい昨日戦った、鼻の長い、触手を生やした獣。

まるで彼女を守るように、従うように、立っていた。

ギョロギョロとした目が、ナナセを見つめている。

少女が口を開いた。


「逃げる必要なんてないわ。あなたに会いに来たのよ、私。」


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魔法少女ナナセのバッドエンド 杉過 @sugiru

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