第1話 ナナセは今日もただのグズです
時刻は昼間、太陽は真上。
この時間は昼食を取りに、休憩に、息抜きに。何人もの人間が外出し、外が賑わう。
多くの人が行きかっている喫茶店の並ぶ通りから、少し入った路地の中。
マッシロイビルという、ダサいを通り越してそのままじゃないか、何かの冗談じゃないか、というような名前を誇らしげに掲げる建物があった。
話はその建物の中。とある部屋から始まる。
シミひとつない白い壁に囲まれた部屋。
床はフローリング。まだカーテンのついていない窓から、日光が遠慮なく侵入してくる。
その部屋のはし、光を避けるように膝を抱えてうずくまる少女がいた。
ボサボサのクリーム色の髪の毛が顔を覆い隠し、深緑のところどころ変色した古びたジャージを着ていた。
なにかに怯えるように彷徨う瞳は、宝石のように美しい青色をしている。が、全体を見るとどこか曇って冴えない、腐りきった果実のようにも見える。
第一印象はダサい、を通り越して不潔。このビルのネーミングのほうが清潔感があるだけまだマシだ。
彼女の名前は、ナナセ。
中学をほぼ登校せず卒業し、現在17歳だが高校には通っていない。
怖いものは人間。嫌いなものは人間。嫌いな場所は外。苦手な場所は外。
無気力。絵に描いたようなダメ人間。
そう、ナナセは自分を評価していた。
ナナセのまわりには未開封のダンボールが積み上げられている。
全てナナセの荷物だ。3日前に無理やり部屋から持ち主と共に引きずり出され、この部屋に届けられた。
しかしとても開封する気にならない。
三日間、ずっと同じ体勢でグズグズと泣き続けていたのだ。
家族に、売られたから。
いや。承諾したのは自分だ。
だが、それは、どこか彼女の決心とは遠いところで決められていた。彼女の意思はない。
首を縦に振らざるおえなかったのだから。
コンコン
扉をたたく音
「ナナセさん」
「っ!」
ビク、と身体が跳ねる。だが声のするほうを見ることができない。
ガチャ
ドアを開き、だんだんと近づいてくるのを感じる。
膝を力いっぱい抱え、唇を噛む。
早くどこかへ行ってくれと念じる。
ああこいつは使い物にならない。とゴミ箱に捨ててほしかった。
「ナナセさん、そろそろいいか?」
淡々とした口調。
なにがそろそろいいのだろうか。
いやそろそろ働けという意味だろうが。
声から察するに、自分を元々の居場所から引きずり出す指揮をとっていた少女だろう。
確か黒い長髪を束ね、髪留めで固定し、前髪は揃えられ、カッチリとしたスーツに身を包んでいたあの少女。
キリリとした印象の…よく見ると年下にだったが、ずいぶん大人びて見えた。
自分と真反対の雰囲気の女の子。
怖い。
今の言葉も、刺々しくならないように注意しつつの発言のように感じ取れる。
「さすがに手洗いは行ってるみたいで安心したけど、せめて一言ぐらい会話を…それに、何とかインゼリー一日一本で食事にしてると本当に死ぬぞ」
彼女は一方的に話しかけてくる。
確かに、三日間を自分のカバンに詰めていた栄養ゼリーだけで乗り切るのは辛かった。
ぎゅるるる…
今日何度目かの腹の音。
思わず腹を抑え、赤面した顔を上げてしまった。
こちらをのぞき込む、ワインレッドのキラキラした瞳と目が合う。
その人は目を細めて微笑んでいた。
「フフッ、やっぱり腹が減ってるんだな。あんたに作ってある。良かったら食べるといい」
キッチンへ移動し、食事をとった。
とても、美味しかった。
いつぶりか思い出せない、出来立ての手料理。湯気が立った味噌汁に、白いご飯。煮物。
簡単なものですまないと彼女は笑って謝ったが、主にカップラーメンとインスタント食品でしのいできたナナセにとっては、
「うぇ…ふぅ…ゅうっ」
「なぜ泣くんだそこで!」
言葉が出ない、涙が止まらない。それほどのごちそうだった。
「グス・・・あの、ありがとうございました」
「そこは『ごちそうさま』」
「あ、その…ごちそうさまでした」
「まあ、やっと話せてうれしいよ」
ハハ、と笑う女性。
ナナセよりもいくらか背が低い。幼く見えるのに、頼りたくなるようなサッパリとした口調。
これが姉後肌というものだろうか。と思考を巡らせていると、片づけを済ませた彼女がタオルを片手に近づいてきた。
「次はシャワーあびて。あんたの仕事着、サイズ合ってるか見るから」
仕事、その言葉に心臓が跳ねる。
忘れかけていた。自分は売られたのだ。
高額な収入と引き換えに、命がけで働く。
魔法少女として――――…
■
時は進んで夕方。
ビュウビュウと容赦なく風が吹き付ける。
ここはマッシロイビル屋上。
ガタガタと足が震えるのは、寒さだけではない。恐怖だ。
「寒いか」
女性―――ノワと名乗ったその魔法少女は、心配してくれているのかこちらを振り向いて言った。
かといって中止してくれるわけでもないだろう。首を横に振って返す。
それよりも、
「あの、本当にこの格好でいくんですか」
「ん、似合ってるよ」
「…」
うつむいて、視界に入る自分の服装を見た。
全体的に緑色をしているのは、いつも着ていたジャージを思い出して多少落ち着く。
しかしそれ以上に、問題点が多すぎる。
肩、太もも、特に胸は谷間がはっきりと見えるほど露出し、布があっても全体的に体に張り付くようにボディラインが丸わかりの服装。
ところどころレースで装飾され、隠れているようで隠れていない箇所が数点。
下半身は水着のようで、脚は完全に丸出しだ。
膝や腕は隠れているが、これではいっそスク水やバニーガールのほうが羞恥度が低い。と思う。
最初に鏡で確認した時は、あまりのひどさにクラクラした。
あんたの能力に合わせたらこれしかなかった。とノワは言ったが、もしかして恥ずかしい恰好をさせて笑いものにする気ではないか。
いや、そうだ。そうに違いない。だいたいこんな露出だらけの服で戦うだなんて…
あれ、戦う?
「戦う、んだ…私」
また、忘れていた。
今の顔は、まさに真っ青だろう
「最初の数回は見学だけでいい。戦闘はあんたを守りながらこちらでする。危ない任務にはそもそも連れていかない。下手に動かれたらむしろこちらに支障が出る」
「そう、ですか」
正直ホッとした。
全人類を守る戦闘用魔法人形―――通称、魔法少女。
20xx年に各地で現れるようになった、原因不明、正体不明の怪奇現象や脅威、バケモノ。それらから人間を守るため戦う、人造人間、魔法人形達の職業。
おかげで、被害が0にはならないものの比較的安心安全な生活を続けていられた。
が、
近年、魔法人形を生み出す材料が足りなくなったと聞いた。
どんなものなのかはわからないが、魔法人形の核となるものらしい。
結果、導入されることになったのが『人間の魔法少女化』
魔法人形に対して使っていた技術を、人間用に作り直し、魔法人形と共に戦わせる。
もちろん、魔法少女になった対価は大きい。命がけなだけはあってとんでもない大金と収入。しかし人間の魔法少女化が導入されたのはつい最近の事で、知らない人間も多い。
そんな前例のない状況では、大金を積まれても参加したくない。リスクが大きすぎる。
しかし、ナナセは大金のため、親に『売られた』
ナナセは親に逆らえない
ほとんど強制的だった
あの落ちつく部屋から引っ張り出され、逃げる隙も与えず、あのビルに連れてこられた。
警察に連行される犯罪者はこんな感じなのかと焦りでごちゃまぜになった頭で考えた。
結果がこれだ。
変な服を着せられて、戦う?こんな格好で?なにを馬鹿な。
どうせみんな、私のこと――――
「そろそろか。ナナセさん、あんたも今後やることになるから見ておいて。これが変身」
「へ?」
想像に夢中になっていた。
慌てて顔を上げると、ノワの身体が発光している。
「え、ええ、ええええ」
魔法少女って仕事のたび更衣室で着替えるわけじゃないのか
当たり前といえば当たり前なのだが、あくまでそれはアニメ漫画ゲーム。二次元の話であって現実で変身シーンを目にするとは思わなかった。
ノワの身体が宙に浮き、強い風が巻き起こる。
光の帯が身体を包み、キラキラと正体不明の発光物体が飛び回っているように見えた。例えが悪いが、太陽光に照らされるホコリのような…
と、まあここまでは普通に魔法少女っぽい風だったのだが、
ガシャンッ
着地音が、やけに重い。
見れば、光の収まったノワの身体にはフリフリのレースやたっぷりのフリル、色とりどりの宝石が散りばめられたパステルカラーのワンピース…などが全く、ない。
あるのは、中世の騎士の甲冑を思わせる金属製の鎧の一部。それ以外の布部分は黒と赤でシンプルにデザインされている。
魔法少女といっても、やはりアニメ漫画ゲームとは違うのか。と納得しかかるも、履いているのはスカートだった。デザイン性で言えば悪くないのだが、なぜこの組み合わせにしようと思ったのか、戦うのかオシャレするのかどっちも取ろうとして失敗したのか?
はっきり言うとノワの魔法少女姿は、無骨な...想像とかけ離れたものだった。
「ナナセさん、今あんたすごく微妙な顔してるよ」
「へ、へへへへ…すみません」
うっかり、変な笑いが出てしまう。
「なんで謝る。まあ、私の戦闘着は地味だ。でも他の魔法少女は想像通りの服だから」
「はい」
しかし露出の少なさは心底羨ましいと思うナナセだった。
「でやあああああ!」
自分は、こんなに大声を出せたのか。
今まで生きてきて、最大のボリューム。
ズザッ
なんとかビルに着地成功。後ろを見ればナナセを吸い込まんとする夜景が見えた。
ビルからビルへ飛び移るのがこんなに恐ろしいとは。下から見上げるだけではわからないものだ。
大声を出し全身でジャンプしなければ、この暗闇と点在する光の中に引き寄せられて木っ端微塵にされる気がする。
もちろん、この距離を自分の脚力だけで飛んだわけではない。
この魔法少女用の服には魔力がこもっているらしく、その力が働くのか、身体は軽く、鳥の羽根になったように錯覚する。ちょっとジャンプしただけで数メートルは跳べる。
が、さすがにノワのようにぴょんぴょん飛び移るのにはメンタルが足りない。
神経をすり減らせてゼエゼエ息をするナナセを、ノワは辛抱強く待っていた。
「すみませ・・・、先にいって・・・ゲッホゲホッ」
「気にしなくていい。先に仲間が向かってるからな」
「準備万端なんですね」
「なんせあんたの命がかかってる。手は抜けない」
待たれる事でプレッシャーを感じていたナナセだったが、何も言えなくなった。
(気を使わせちゃってるのかなぁ・・・)
何度も飛んで、何度も休んだ後。
最後の民家の屋根を飛び降り、たどり着いたのは大きな公園だった。
林の中を早足で抜けると、
「くっそ!」
少女がいた。和服、というより和ゴスと呼ばれる服装。
黒いレースの縫い付けられた服。ところどころあしらわれた金色の装飾。赤い髪が印象的だ。
その非現実的な服装で、すぐに魔法少女だとわかる。
ノワの言っていた仲間らしい。
その視線の先には、獣がいた。
四つ足の、鼻の長い獣。
3mほどありそうな巨体の背中には2本の触手らしきものが生え、頭の部分のデタラメな位置に目がついている。
ギョロギョロと目がこちらを見、新たな敵として認識されたのがわかった。
次の瞬間、ガクンと視界が揺れ獣が遠のく。
「ふわ?!」
ノワに抱えられてナナセは跳んでいた。
見下ろすと、背後にあった太い木がイソギンチャクのような触手で貫かれていた。
獲物を捕らえ損ねた触手が、瞬時に引き抜かれ木がミシミシ音を立てる。
「紅、来るまでに弱らせておけってあれほど・・・」
「わりぃ、ノワ」
和ゴスの少女が申し訳なさそうに言う。しかしその目は獣を捉えたままだ。
「まあノワがそばにいれば安全快適に見学できん・・・だろ!」
和ゴスの少女がまっすぐ獣に向かって走り出す。
同時に、獣の2本の触手がそれ以上のスピードで彼女に向かって伸びた。
「あぶない!」
ジャングルジムの上で、ナナセは思わず叫んだ。
しかし少女はニッと笑うと、
「オレに勝てると思うなよ!」
触手を殴った。
すると触手は方向を変え折れ曲がり、それぞれ少女の斜め後ろに突き刺さる。
触手が主の元へ戻るよりも早く、少女は自分の間合いに入り込んだ。
「オラァ!」
拳を獣へと叩き込む。
巨大な獣の体と、小さな少女の拳。
普通なら考えるまでもなく攻撃にならない。少女の腕が折れるだけだ。
そのはずが、その拳は信じられないほど獣にめり込み、皮膚を変形させた。獣がぐらりとバランスを崩す。
「それ、もういっちょうだぜ!」
少女がぐるりと回り、踏み込んだ。その勢いのまま獣を蹴り飛ばす。
グギャッ
獣が悲鳴を上げ、数メートル先の鉄棒に頭から突っ込んだ。
「はっはー!こんなもんだな。おーい見てたか新入りさん!」
少女が振り返り、ジャングルジムに向かって手を振ってきた。
それを見てナナセが、ジャングルジムから降りようとした時、
「馬鹿、終わってない」
「んあ?」
ノワの声。聞いた和ゴスの少女がきょとんとしたあと、すぐに振り向く。
そこには2本の触手が、彼女を貫かんとあと数十センチまで伸びたところで止まっていた。
「おーおー、あっぶね!ありがとなノワ」
ナナセがジャングルジムの上を見るが、一緒にいたはずのノワの姿はない。
獣へと視線を向けるとそこには獣の頭部から剣を引き抜いているノワ。
(一瞬で移動した・・・?)
どういう魔法なのか、混乱してると獣の身体に変化が起きた。
サラサラと、まるで砂で出来た城のように崩れて行く。
崩れた部分は空気中に少しの間漂っていたが、それも30秒と持たずに消えた。
あとに残ったのは、獣の骨だと言うには小さすぎる白い骨だけ。
しかもその骨は、どう見ても———
「なんで」
驚いて、思わず口元を抑えた。
和ゴスの少女はそれに近づき、手を合わせる。
「救えなくてごめんな」
■
ナナセ…主人公。ボサボサのクリーム色の髪の毛。
大金と引き換えに、人間の魔法少女としてノワのもとで働くことになる
ノワ…ナナセを担当する魔法少女。黒髪パッツン。
口調は淡々としているが、おそらく根は優しい?
和ゴスの少女…ノワの仲間の魔法少女らしい
獣(?)…敵。単なる獣、というには怪物じみた見た目をしている。
魔法人形…とある会社で造られた人造人間の総称。
魔法少女…魔法人形の中でも戦闘に特化して造られた人形のことだったのだが、
魔法人形の不足のため才能のある人間も採用する事になった。
戦闘着…魔法少女達が戦闘用に着る服。魔力を帯びていてあらゆる能力を向上させる
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