Ⅳ-8 苦い事情聴取
レンは丁寧に傷に刺さった細かい木材を抜き取り、皮下に入り込んだ小石を除いてくれた。
「勤務中なのに、待たせて申し訳ない」
穏やかな声だった。セオに対する気まずさも癒される心地がする。
「報告の上、許可を得てますから大丈夫です」
消毒液が、小さな傷にしみる。
念のためと、軟膏を塗った上から包帯を巻かれ、見た目が大袈裟になった。軟膏は、昔採取していた薬草の、懐かしい臭いがした。
処置が終わるころに、診察室の奥、淡い色のカーテンで仕切られた一角からレンの妻が顔を覗かせた。
「こちらの患者さんが目を覚まされました」
椅子から飛び上がり、マサキは処置の礼もそこそこに、サクラが横たわる寝台へ駆け寄った。
覚醒したサクラだったが、意識と目の焦点が合わないとみえ、ぼんやりと視線を漂わせていた。
マサキが声をかけると、反応して首を回す。
「マサ」
小さく唇が動いた。無音で、どうしてここに、と続く。
やがて状況を思い出したのだろう。
突然瞳に力が宿り、慌ててマサキが居る反対側から寝台を下りようとした。だが、眩暈がしたのか、動きを止めて額を押さえる。
呆れ顔のレンが、やんわりと諭した。
「急に動かない方がいい。屋根に挟まれそうになっただけでなく、慢性的な栄養不足と疲労の蓄積があるんじゃないかな」
心当たりがあるのだろう。サクラは反論しなかった。
レンの診察を受けている間も、サクラは一時もマサキを見ようとしない。
他人のふりをしているのか。そもそも、何故逃げようとしたのか。
最初に名を呼ばれなかったら、他人の空似を疑うところだ。
それとも。
マサキは、通信機に指を触れた。
やはり、文書事件に関わっているのか。
診察後、片付けに行くレンの許可をとってマサキは寝台の脇に椅子を引き寄せた。
「あの家に住んでいた女性について、聞いていいか」
サクラの顔が強張った。一瞬すがるようにマサキを見て、他人行儀な口調で問う。
「彼女は無事なんですか」
「ああ。赤ん坊も」
安堵の笑みが浮かんだのも束の間で、手帳を取り出すマサキの手元をチラリと見ると、サクラは再び顔を背けた。
マサキは、出来るだけ静かに質問をしていく。
「彼女は、サクラのことを友達だと言っていた。そうなのか?」
無言。
「領主の話では、借主はサクラのようだけど」
沈黙。
「彼女の名前、知ってる?」
黙秘。
マサキはため息をついた。
頑なに口を閉ざしていることが、雄弁にあの女性との関係の深さを物語っている。
わざと、音をたてて手帳を閉じた。ポケットにねじ込み、椅子をさらにサクラへ近づける。薄い毛布の上に置かれた荒れた手に、包帯を巻かれた自分の手を重ねる。
「夢、また見たんだな?」
サクラの細い肩が撥ねた。後ろで壁にもたれ、様子を見ていたセオが反応する。
「夢?」
驚きとも疑いともいえる表情を浮かべるセオに、マサキは頷いた。
「彼女は、近い未来に訪れる人の死を、夢に見るんです。私も、一度それで命を救われました」
サクラに袖を引かれた。血の気が戻りきっていない顔で睨まれる。
「気軽に話さないで」
「彼は、テゥアータの役人だよ。何か、原因を探る手掛かりを知っているかもしれない」
セオが、軽く眉をよせた。拳を額に当て、しばらく宙を見ていたが、おもむろに話し始めた。
「王宮の図書庫に、方舟でこの星にたどり着いた、君たちの祖先の手記がある。そこに、我々の力について『超能力のようだ』と表現されている。つまりは、地球人にも、我々の力に似たものを持つ人がいたと、考えられるかもしれない」
マサキは、内心舌を巻いた。
そのような重要な史料を目に出来るセオの、テゥアータ国での地位がとても高いのではないかと、勝手に想像する。
そして、尊敬の眼差しをセオに向けた。
対してサクラは、彼に嫌悪すら抱いたように顔を歪めた。
「さすがは役人さん。詳しいのね」
「じゃあ、サクラの夢は、テゥアータの力とは違うと」
「テゥアータにも、未来を予見できる人もいる。けれどそれは、夢という形ではないし、死に限らない。君の夢は、誰かの死のみを予知するんだね?」
直接サクラへ向けられた問いに、彼女は小さく頷いた。ちらりと、マサキを見上げ、呟くように答える。
「親しい人、大切な人ばかり」
「今回は、あの女性だったんだね」
マサキが問うと、コクリと頷き、即座に睨みつけてくる。が、開き直ったように背筋を伸ばした。
「彼女、臨月なのに家族に追い出されて困っていたの。恋人との結婚を許してもらえない、て。丁度私も、どこかに帰る家が欲しかったから」
尖らせた唇から吐き出される語尾が、弱くなる。
サクラは、祖母マリが死に、父チハヤが転勤と共に単身者用官舎へ入居した後、寄る辺をなくしていたのだ。その間どこで過ごしていたのか、マサキは知る由もない。
「彼女の身の上は、あまり知らない。話したくないみたいだし」
言いながら、サクラはマサキと目を合わせようとしなかった。
(作り話だな)
彼女は幼い時から、嘘を言うとき、けして相手の目を見ようとしない。
これ以上は、聞きだせそうになかった。それに、騙して喋らせているようで、マサキは罪悪感で心が重くなっていた。
暇を告げ、診察室を片付けているレンへあいさつをする。
「これで、足りますか」
銀貨を三枚差し出すと、レンは両手を壁にして押し返した。
「こんなに受け取れない」
「サク……彼女の分も合わせて。それから、手荒れに効く軟膏があれば、それも処方してやってください」
それなら、と、レンはようやく受け取った。
預けていたウマを引き取りに、再度村へ登った。
長い間待たされたウマは、マサキを見ると嘶き、鼻面を押し付けてきた。預かってくれた村人が多少の餌をやってくれたので、機嫌は良さそうだ。
「にいちゃん、いい人だなぁ。借り物のウマがこんなに懐くなんて」
村人が、にこやかに手綱を差し出した。
マサキは手綱を受け取り、村人へ謝礼と餌代の意を込めて小銀貨を渡すと、鼻息を荒くするウマの首を撫でながら尋ねた。
「赤ん坊をつれた女性は、あの後どちらへ行かれたか、ご存知ですか」
「もう朝のうちに、赤ん坊と山を下りたよ。俺もすれ違ったんだがね。家も流れてどうするんだと聞いたら、親戚を頼るんだと」
村人はそこで、わずかに顔を曇らせた。
「あの目の色じゃ、苦労も絶えないだろうね。かわいそうに。……おっと、公安さんに、失礼な物言いをお許しくだされ」
平伏するのをなだめ、マサキはウマに跨った。
夏の太陽が、頭上で熱を放つ。
すっきりしない気分が、マサキの胸の内でくすぶり、焦げ付いていった。
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