第三章 テゥアータの役人
Ⅲ-1 テゥアータの力
五十余年前、二国間で武力抗争が起きた。
この戦いは、地郷で最も大きかった銃器工場を、テゥアータの魔導師と戦士がたった二人で破壊したことで終止符が打たれた。
以降、テゥアータ国王は、地郷内での力の行使を全面的に制限することを約束した。力への誤解と無用な恐怖を薄める狙いがあったと言われる。
しかし、両国間での物資のやりとりは、互いの経済活動を活発にするのに必須だった。
テゥアータ人は、普段生活している空間に並行して存在する亜空間を利用して、物資や人の移動を行っていた。大洋に小さな陸地が点在するこの星の経済は、この空間移動無しに語れない。
そこで、地郷政府と話し合った結果、特別に力を使用できる役人を置き、二名を亜空間に、一名を地郷内に駐在させることにした。
セオが今回任命されたのは、この、地郷内に駐在するリーディという役である。
任期は基本四年。
移動を仲介するための力、主にテレパスを、王から借りて使用する。
緊張の面持ちで守衛に用件を伝えたセオだったが、ミカドの居城である「方舟」へ足を踏み入れたとたん、地球人種が誇る科学技術の最高峰の魅力に、たちまちとり憑かれてしまった。
テゥアータ人が使う金属といえば、剣や祭具、簡単な農具や器くらいのものだ。
しかし、地球人種は大量の金属を加工する技術をもっており、王都の城より大きな「方舟」を作り上げた。しかも、この建物はかつて永きにわたり宇宙を航行していた船だという。
この巨大で重量のあるものを、いかに空へ浮かべたのか。セオには想像もつかなかった。
通されたエントランスでかなりの間待たされた気がするが、セオは退屈しなかった。
城に保管されている重要文献で読んだ技術が、目の前で実際に動いている。辺りを物珍しそうに眺め、重い扉がボタンひとつで音もたてず開閉する度に感嘆の声をあげた。
一方で、守衛や出入りの業者が自分を物珍しそうに横目で伺っている気配も感じていた。
魔導師としての正装である渋染の外套のフードをとったときは酷かった。周囲の者が一様に息を呑むのが、力で思考を読まずとも伝わった。
今も外へ出て行く職員と目が合いったが、彼は驚いたように顔を赤らめ、罰が悪そうに身を縮めて扉をくぐっていった。
地郷に訪れるテゥアータの商人の多くが、地球人種と容姿が似ている南部の者が多いのも原因のひとつだろう、とセオは自分を納得させようとした。前任の魔導師もせいぜい赤髪で、地球人種も見慣れた色だったに違いない。
俯くと、肩からサラリと髪が流れ、また背後でため息が聞こえる。
(何がいいのだろう。うっとうしいだけなんだけど)
結ってもすぐに緩み、頭を動かせば体にまとわりつく。
城の侍女たちも褒めちぎる、癖の無い長い金色の髪は、セオにとって邪魔なだけだった。
町で見た地球人種の男性の大多数が、その黒や茶色の髪を短く切っている。テゥアータに比べて良い技術があるのだろうか、用が済んだらどこで髪を切れるか聞いてみようとぼんやり考えていると、声をかけられた。
「お待たせした」
現れた男は、中央研究所所長のタネトモと名乗った。
深い皺に囲まれた目は鋭く、同じく皺を刻む薄い唇は真一文字に結ばれている。伸ばした背筋のため、セオよりやや背が高かった。
「ミカドは今、所用のため手が放せませぬ故、先に我らの用を済ませるようにとおおせつかりました」
ぼそぼそと一本調子に喋るが、聞き取りにくいことはなかった。
セオは頷き、外套の裾を脇に払い膝を折った。テゥアータでの正式なあいさつだった。
「この度、導き
「ああ、堅苦しいあいさつは要らぬ。行こう」
突き当たりの扉の脇に、手のひら大の黒い板がはめ込まれていた。タネトモが顔を近づけると、小さな電子音がして扉が開く。黒い板が鍵になっているようだが、どのような仕組みなのかと、セオも顔を寄せてみた。滑らかな板の表面が、セオの顔を映す。
「閉まりますよ」
タネトモの催促に、慌てて閉まり始めた扉の隙間に滑り込んだ。
「あらかじめ関係者の目のデータを登録して、それで開閉するようになっております。登録していない者の目は、不審者として別に登録されますので、余計なことはなさらぬよう」
同じようにいくつもの扉をくぐり、階段を登る。
魔導師という仕事は、身体よりも精神力が必要とされる。
機械のように淡々と歩く老齢のタネトモの後ろで、早くもセオの息が上がってきた。
(一体どこまで行くんだろう)
休憩を願い出ようと思ったころ、開いた扉の向こう側にようやく変化があらわれた。
入ると、白衣をまとった研究員が十数名立ち働いている。
光を放つ板状の機械が、左右に置かれた机の上にあった。研究員たちは機械の表面を指でなぞり操作しながら、顔をあげて目の前のものを確認する。
そのうちのひとりが、軽く会釈をしてタネトモへ紙片を手渡した。
老研究者は小さく頷くと、まずは客人を目的の場所へ案内した。
机の向こうには、通路に沿って、大人の背丈ほどのガラス容器が並んでいた。
太さは、両腕で抱えきれるかどうかといった具合で、わずかに濁った液体で満たされている。
うっすらと明るい液体の中では、本来女性の胎内にいるべき様々な発達段階の胎児が浮かんでいた。
話には聞いていたが、初めて目にすると、神秘よりも異様さを感じる。
「こちらです」
通路を進み、一番奥にある数個には、他と区別するために白い紐が結び付けられていた。
セオは、了承を得て、そっと容器のひとつの表面に手を当てた。
顔の高さに、膝を抱えて指を吸っている胎児が浮かんでいる。小さな瞼がわずかに開いているが、青い瞳は何も見ていない。薄緑色の細い髪が、揺らめいていた。
「だいたい、そちらの要望に沿った個体になったと思われます。が、いかんせん、力というものに関しては解明が追いつかず、果たして満足いただけるかどうか」
「そう、ですね」
地郷で特別に人の心を読む力の行使を許されているセオにすら、胎児の心を知ることが出来ない。こうして容器に触れて意識を集中させてみても、赤子からは虚無しか伝わってこない。魂の宿らない、ただの細胞の塊としか言いようのないものが、ゆらりと浮遊している。
「しかし、そなたたちの力というのは、遺伝子を操作してどうこうなるものなのか、疑問ですな」
言葉の奥底に棘を感じながら、セオは苦笑した。
王から中央研究所へ、強い力を宿す個体を作るよう依頼されたとき、地郷政府が何を考えたのか、王室も分かっている。多くのテゥアータ人のサンプルを手に入れることで、地郷政府が最も恐れているテゥアータの力を解明できはしないかと画策したのだろう。
「我々の力は、生まれながらにして備わっているものであり、遺伝により親から伝わると共に、生まれ出るときに神から与えられたものです」
「しかし、そうとなれば、この個体については神とやらへの冒涜になりはしないのか?」
「王は、それをご承知のうえで、彼をお求めになったのです。求めた力が宿るかどうか、それは神が決められることでしょう」
「強い力のみがあれば、簡単なことではないのか?」
「力を操るのは肉体ですので、そうもいかないようです。国では、禁術として、魂の抜けた肉体へ己の魂を移す術もありますが、十分に力を発揮できない場合もあるとかで」
「魂を、ね」
苦虫を噛み潰したように、タネトモの顔がゆがんだ。
研究所の人間は、科学的に解明できない事柄に憎しみに近い感情を抱くようだと前任者から聞いていたが、タネトモはその典型のようだ。
数個の容器には、同じ特徴の胎児が浮かんでいる。それぞれ発達段階に差があり、もっとも成長しているものは、通常なら生まれ出る時期と思われた。
突如、割れ鐘のような思考がセオの脳内を貫いた。
『何故だ。これでは奴のデータと同じだ。地球人種は皆……』
タネトモの意志を読んだことに悪気は無い。
胎児の思念を探るため、力レベルを最大にしていた。そのような時にすぐそばであまりに強く発せられた念は、いわば耳元で発せられる大声と同じだった。地球人種のものであっても、聞こえてしまった。
何食わぬ顔で、セオはペンダントの力を抑えていった。
思考の海に沈んでいきそうなタネトモに、セオは容器から離れて向き合った。
「文献や前任者の話で伺ってはいましたが、こうして見せていただくと、あなた方の技術は素晴らしいですね」
「まだまだですよ」
細い目をガラス容器の列へむけ、タネトモは苦虫を噛み砕いている最中のような顔をした。
「母星から持ってきた受精卵は、そのままではこの星の大気で育たない。技術はあれど、道具と電気が足りない」
「でんきって、あれですよね。この建物を動かしたりしている、力のような」
「南の海岸の発電所はご覧になられましたか」
「風で回っている、あれですね」
「足りない。電子顕微鏡にしても、設計図はあってもそれを作るための道具が足りない」
呻くように、タネトモは握った己の拳を見つめていた。骨に血管と皮がはりついたような、老人の手だ。
地球人種はこの地で五十年生きればいいほうだが、タネトモはすでにそれを数年上回っていた。
濁った目で拳を見つめる老科学者に頷きかけながらも、セオは密かにため息をついた。
(道具、ね。その気になれば、同じ作用をする力を貸してあげることも簡単だけど)
ガラス容器内の液体は、上下に接続した管により循環しており、老廃物を取り除き、胎児に必要な酸素や栄養を流し込んでいる。地球人種はそれを機械で行っているが、セオのような浄化の力を持つテゥアータ人であれば、深呼吸をするくらいの気軽さでやってのける。
地球人種の技術とテゥアータの力が合わされば、この星の科学は飛躍的に発展するだろう。
ただし、それを望んでいるのは地球人種のみなのだが。
タネトモの胸ポケットで、小さな電子音が鳴った。
「謁見の用意が整ったようです。こちらへ」
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