Ⅱ-4 事件解決
翌日までの報告により、事件は急展開を遂げた。
村のライフル所有者名簿から、領主と懇意な武器商人が浮上。任意で取り調べたところ、領主父子に銃器所持規定数をはるかに越える拳銃とライフルを納めていたことが発覚した。
さらに、領主が管理下の民に不当に厳しい税を命じていたことも露呈。
その中には、若い女性を侍女として召上げながら性行為を強要していた事例もあり、起訴に値した。
領主が連行されると、それまでの事情徴収ではっきりものを言わなかったトウヤが、召上げられた女性たちの命を盾に領主から脅されていたと証言。
村人たちも、次々と口を開き始めた。
トウヤが勾留された後、見知らぬ男から、トウヤが助けを求めていると伝えられたこと。その結果が、庁舎襲撃となったこと。使用した拳銃や火器はすべて、その男が供給したこと。
村人たちに武器商人を引き合わせると、みな口々に「この人です」と言い募った。
商人も認め、さらに、狩猟用ライフルで庁舎二階の勾留室を狙い、トウヤを殺害しようとしたと自白した。領主に命じられたのだと言う。
領主は、かねてからトウヤに、不当な税の取立てについて改善するよう意見されていた上に、伝票により不正な取引を知られ、口を封じたかったらしい。
裁判課も捜査内容を認めた。領主の息子への暴力も正当防衛と認められ、トウヤは無罪放免。
釈放されることが決定した頃には、すっかり夏になっていた。
「事件解決を祝って、かんぱーい」
報告書を書き終えたノリナが、茶の器を掲げた。
他の班員も、手を止めて各々の器を掲げ、打ち合わせる。夏服である薄い長袖の先で、テゥアータ産の茶の芳しい香りが漂った。
「十年に一度あるかないかの大事件でしたね」
首を回すノリナに、フタバも頷いた。
マサキもいたく同意する。手が空いているときに過去の事件簿に目を通していたが、ノリナが言うように、普段この支部で扱う事件は小さなものばかりだった。
机の端に手をついて背中を伸ばし、アオイもホッとした顔だった。
「マサキ、お手柄だったな。意外と捜査官に向いているんじゃないか」
実戦訓練で、公安部に向いてないと言われたのが、ずっと頭の隅から離れなかった。アオイの言葉は、素直に嬉しく、マサキは頬を熱くした。
しかし、フタバに冷たく水を差された。
「そうは思わんな」
「私も、班長に賛同する」
ノリナが、外した眼鏡を布で拭いた。一転マサキはうな垂れ、理由を聞いた。掛け直した眼鏡のレンズがキラリと光った。
「だって、考えてることが顔にダダ漏れよ」
「あー、それは言えてる」
アオイも同意した。室内に笑いが広がった。
心当たりがありすぎて、反論できなかった。
最も多忙だった捜査官二人の器がすでに空いているのを見て、マサキは茶を淹れなおしに立った。
事件解決で喜び一色の事務室内で口に出すのを憚られたが、マサキの胸には疑問が残っていた。
(本部の対応は、しつこいほどトウヤを処刑したがっていたな)
裁判課の最終判決が出た後も、本部に再審を求める動きがあったと聞いている。一度自らが出した仮説を覆され、プライドを汚されたと考えたのか、それとも。
「マサキ、お代わり作ってるなら、こっちにももらえる?」
ノリナの席から声がかかった。返事をして、ついでにと差し出されたアオイにも応じる。
二人の器に茶を淹れ終わると、太い声に呼ばれた。肩が跳ね上がり、器の縁で茶が散った。
「おっと、危ない」
アオイが、仕上げたばかりの報告書を避ける。謝り、ギクシャクと返事をした。
「こっちにも、くれるか」
支部長が、書類に目を注いだまま器を差し出していた。
「は、はいぃ」
手元が情けないくらい震える。シズクが素早く手を伸ばし、マサキから急須を奪った。
「私が」
「え、でも」
「そんな状態で、火傷でもしたらどうするの。支部長席の重要な書類や機械に損傷があってもいけないし」
ごほりと、支部長の咳払いが響いた。
シズクがそつなく茶を注いで戻ると、支部長は別の書類を手にして、ゆっくり啜る。
「あ、ありがとう」
「いいから。いつまで固まってるの。仕事して」
「いい加減、慣れろ」
呆れ半分のフタバに背中を平手で叩かれ、ようやくマサキは錆び付いた蝶番のように足を動かした。
東守口支部に配属されて数ヶ月が過ぎようとしている。にもかかわらず、マサキは相変わらず支部長・カイジュの強面に慣れないでいた。
常に不機嫌そうな口元。見開かれる三白眼は、全てを睨みつけているかのようだ。太い声は、どんなときも怒鳴り声に聞こえる。おまけに、最近では支部長のほうもマサキを避ける素振りをみせている。
(上司と上手くやっていけないとか。評価にも響くんだろうな)
近々行われる地郷公安部内の人事審査を思って、マサキはうなだれた。
気を取り直すように、ぬるくなった茶を飲み干すと、アオイから回された書類に着手した。急げば、引継ぎまでに書き終えられるだろう。
来客を告げる鐘が、玄関から聞こえた。
腰を浮かしかけるマサキは、支部長に睨まれ、震えながら再び書類に目を落とす。隣から、フタバのため息が聞こえた。
「あのな、マサキ」
言いかけたフタバが、支部長に呼ばれる。また何か事件かと、ノリナとアオイが落ち着かなく首を伸ばし、玄関の様子を伺っていた。
しかし、呼ばれたフタバがすぐに事務室へ顔を出した。半ば呆れた顔で、マサキを呼ぶ。
「客人が、貴様に会いたがっている。すぐ来い」
手早く片付けると、マサキは首を傾げながら廊下に出た。指定された小部屋は、半壊した資料庫と反対の廊下の突き当たりにある。
廊下に面した事務室の窓が切れる辺りで、マサキはグイと腕を引かれた。
勢いで壁に背を打ちつけられる。眼前に、怒りでより赤みを増したように見えるフタバの双眸が迫った。
「貴様、いい加減にその支部長への態度を改めろ。貴様を怖がらせないよう、彼がどれだけ気を遣ってるか、気付け」
押し殺す声にたじろぎ、気迫に目を反らせると、ちょうど彼女の背後に、マサキと入れ替わるよう事務室へ入る支部長の背中が見えた。
「今みたいに、なにか用がある度に私を介されるのは、迷惑だ」
ようやく飲み込めた事態に、マサキの顔が恥ずかしさで赤くなる。
「す、すみません。俺……いや、私も、努力はしているつもりなんですが」
「ま、生理的に苦手なのは仕方ないが。業務に差し障りない程度には改めろ」
ムッとしたまま、フタバは突き放すようにマサキの背を押した。
「客人がお待ちだ」
突き当たり右手の扉に、使用中の札がかけられていた。普段、支部庁舎へ相談をしに来た人や、事件の被害者を保護するための小部屋だ。落ち着いた内装で、ソファと低い机がある。
うるさそうなフタバの視線を背に感じたまま、襟を軽く正す。
自分に会いたがる人物は、両親とサクラくらいしか浮かばない。
(もしかしてサクラが?)
期待が掠めるが、ソファから立ち上がったのは、やややつれた男性だった。
マサキの知らない顔だ。が、彼のほうは、マサキが扉から顔をのぞかせるなり、嬉しそうに立ち上がった。
「この度は、あなたが事件解決の糸口を見つけてくださったと聞きました」
マサキは、あ、と口を開けた。書類上で何度も名前を見てきた、
釈放されたその足で礼を言いに来た彼は、マサキの手をとって何度も頭を下げた。
勾留の疲れが刻まれているが、話す彼の顔は穏やかで、幸せそうだった。
首の後ろで緩く束ねた彼の髪は、少し見た限りでは漆黒にも見える。
しかし、窓から差し込む夕方の光に透けた部分は、新緑の色だった。昼に屋外で見たなら、テゥアータの形質がはっきりするだろう。
マサキの視線が髪に注がれていることに気が付いたのか、トウヤはわずかに表情を曇らせた。
「この度も、私がテゥアータ人でなければ、大事件にもならなかったと、思われるでしょうか」
マサキは慌てて否定した。
「光の加減でいろんな色に見えるので、つい」
「いえ、仕方ないと、思ってはいるのです。私が地球人種であれば、領主ももう少し耳を貸してくださったでしょうし、本部での見方も違っていたかもしれないと考えています。こちらの皆さんが、特にカイジュ支部長が公正な捜査をしてくださったのが、我々にとってとてもありがたいことなのです」
茶を淹れながら考えていた疑問が、指から抜けた小さな棘のようにポロリと無くなった。その代わりに、もっと太く鋭いものがマサキの胸に刺さる。
同じ罪でも、地球人種とテゥアータ人では異なる判決、刑罰が下される事例があること。過去の資料を補填する際に、薄々気が付いていた。担当捜査官や裁判課の担当官がテゥアータ人に対しどのように思っているかによって、書類への書き方も変えられてしまう。
「俺には、まだよく分かりません」
マサキは、ようやく言葉を出した。まっすぐに、彼の顔を見た。慣れない言葉遣いに言葉を途切れさせながらも、思っていることを伝える。
「けれど、支部長が……カイジュや俺、じゃなくて私がわずかながら、あなたの無実を立証する手助けができて、良かったと思っています」
半ば強張っていたトウヤが、目を細めて口元をほころばせた。
「あなたのお陰で、気持ちよく帰国できそうです」
「それは、やはり今回の事件があって?」
「いえ、その前から国へ帰ろうと、家族で話をしていたのです」
マサキは、教書で見た地図を思い浮かべた。そこに、テゥアータ国は載っていない。東と南を海に、西と北を険しい山に囲まれた地郷の六つの町と周辺の村が描かれているだけだ。
「テゥアータは、遠いのでしょうね」
分からないまま、なんとなく呟くと、トウヤは微笑んだ。
「歩けば、遠いでしょうね。どれくらいになるか、私たちも知りません。空間を飛んできましたから」
「はあ」
「私たちには、それが出来るのです」
(よく、分からない)
村でも町でも見慣れているテゥアータの人々が、故郷でどのような生活をしているのか知る機会は少ない。今まで、積極的に知ろうとしたことも無かった。
一方、テゥアータの人々も内心、「どうせ話しても理解してもらえない」と思っている節があった。実際、彼の言葉はマサキにとって意味不明で、曖昧に返すしかない。
(だけど、同じなんだな)
罪を被せられると辛い。無罪が確定して釈放されると嬉しい。その笑顔を守れたことが、マサキの心を満たした。
何度も振り返り頭を下げて遠ざかる彼の後姿を見送り、マサキは隣の敷地に建つ新庁舎を見上げた。
この喜びを、誰よりも分かち合いたいサクラへ、心の中で呼びかける。
(約束に、一歩近付いたよ)
セオは足を止めた。
振り仰いだ空は夕焼けが広がり、間近にそびえるミカドの居城『方舟』がその滑らかな金属の壁を金色に染めていた。セオの立つ広場には、屋台が立ち並び、夕飯を求める人々の喧騒が食事の匂いとともに溢れている。
癖のない金色の髪が、頭の動きに合わせて揺れた。
(いま)
なんらかの思念が心を掠めた。
そっと、服の上から胸元を押さえる。中に提げたペンダントトップの金属的な冷たさが、肌に触れた。
(地球人種の思念とか、初めて感じたな)
意図的に思念を発することができるテゥアータ人と違って、地球人種の思念はぼんやりとして、近くで発せられたものでなければ捉えるのが難しい、と前任者から聞いていた。
しかし、先ほどのものは、違っていた。
まっすぐで、力がある。それ故に、ここから遠く離れたところから発せられたであろうのに消えていない。確かにテゥアータ人のものと異なり明確な言葉として捉えることはできないが、伝えたい相手への強い想いが込められていた。
(そういう人も、いるんだ)
今夜の宿へ足を踏み出そうとして、再度立ち止まった。かすかに捉えた別の思念があった。
先ほどの思念と反対の方向へ、まっすぐ伸びている。ふたつの思念は呼応しているかのようだった。
有り得ない、とセオは眉を引き上げた。
ここ地郷で力を使えるのは、役人であるセオだけだ。遠隔地に居て思念で呼び合う人はいないはずだ。
さらに意識を集中させると、他人の感情が我が物のように響いた。
(互いに、強く想いあっているんだ。なのに、どうしてこんな)
胸が、締め付けられる。
ふたつの思念に共鳴したセオの心に満ちるのは、切なさだった。
気持ちが引きずられそうになり、軽く頭を振って共鳴を断ち切った。自分自身の力を扱うのとは異なり、ペンダントの力を制御し慣れるには、まだ時間がかかりそうだ。
(いつか、会ってみたいものだ。あの思念の持ち主たちに)
気を緩めると、周囲にあふれる雑多な思念が、鼓膜を震わせる音声と共に襲い掛かってきた。
人が集まる広場から逃れるように、セオは足を速めた。
空を赤く染める夕焼けは、三人が出会う未来をも包み込むように濃くなっていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます