第二章 支部庁舎襲撃事件の顛末

Ⅱ-1 東守口支部

 十数名の支部員を前にして、チハヤが各人の顔をゆっくり見回している。背筋を伸ばし、後ろで腕を組んだ立ち姿は、後ろから見ていても凛々しい。


 ずっと憧れだった故郷の英雄。それどころか、実は知り合いなのに、全く初対面を装うことのもどかしさが、マサキの心を重くした。


「これで我が東守口支部もようやく要員がそろった。支部長はまだお戻りになられないが、各自持ち場につけ」


 集まった十数名の東守口支部員が一同に敬礼する。変なタイミングで、長閑な槌音が響いた。


 襲撃により、庁舎は半壊した。現在、隣の敷地では新しい庁舎を建設しているところである。

 木組みを打ち込むゆったりとした音が、配属先に紹介されたばかりのマサキから緊張をほぐしとっていく。


「それにしても、すごいことになってますね」


 マサキは、部屋を見回した。

 壁と見紛う程に資料の箱が積み上げられていた。狭いところでは、体を可能な限り薄くして横歩きをしなければならない。


 同じ二班所属の男性捜査官・アオイが苦笑した。

「資料庫が使い物にならなくなったからな。しばらく辛抱して」


 朝番の二班が持ち場につき、夜番の三班と非番の一班のメンバーは口々に労いの言葉をかけ合い退勤していく。


 マサキは、示された席についた。机の端に「射撃手」と書かれたプレートが置かれていた。


 今日から、地郷公安部東守口支部第二班射撃手となる。

 一般庶民でも銃の携帯が認められている地郷では、当然のように銃器を使った犯罪も起きる。テゥアータ国との間に摩擦が生じていた時代には、毎日のように銃器を使用した事件が起きていたと聞く。


 全公安部員も拳銃を携帯しているが、先の庁舎襲撃事件のようなときは、射撃手が班長の指示を仰ぎながら場を指揮する。場合によっては、前面に立って応対しなければならない。


 しかしとりあえず、何事も起きなければ射撃手といえども、机に向かって雑多な事務作業を地道にこなすのが仕事だ。

 大きく息を吐くと、マサキは引継ぎ資料に目を通し始めた。


 カコン、コン。


 大工が槌でリズムを刻む。硝子越しに調子はずれな歌までついてきた。


 マサキの斜め前の席で、ノリナという女性捜査官が笑いながら肩をすくめた。年齢より幼く見える顔が、丸眼鏡の奥でおどける。


「始まったよ、おじさんの歌」

「なんか、和やかですね」


 襲撃に遭ったのが嘘のようだ。

 天井の隅に印された煤の黒ずみ、机の角の炭化などがなければ、つい数ヶ月前に起きた惨事を忘れてしまいそうだった。


 机上に雑然と詰まれた資料を開いてみると、庁舎襲撃事件に関する現行までの捜査経緯の書類もあった。思わず手が止まり、目を通していく。


 襲撃が起きたのは三ヶ月半ほど前。寒さの厳しい時期だ。


 管轄の旭丘あさひがおか村にて、村人十数名をまとめる代表者トウヤと領主の間で諍いが起きた。言い争いの後、トウヤが領主の息子に全治二週間の怪我を負わせ、支部に勾留された。


 翌日の夕刻。ちょうど昼番と夜番の引継ぎ時間だ。


 武器を持った村人二十名余りがトウヤの釈放を求めて支部を攻撃。

 手投げ爆発物により崩落した瓦が頭部を直撃した射撃手が殉職、村人に撃たれた射撃手と班長が重症を負って無期限の休職中。


 襲撃は半時間に渡って続き、部員たちによって取り押さえられた。

 村人から、人数と同数の拳銃と手製の手投げ爆発物を押収。全員を勾留し、翌日からひとりずつ事情聴取をした。

 動機は、勾留中のトウヤから救出を求められたためだと、村人は口を揃えて訴えた。


 調書を読み進めながら、マサキは首を傾げた。


(なんか、変だ)


 支部の勾留室は庁舎の二階にある。

 厚い漆喰の外壁に、鉄格子のはまった小さな窓があるだけの部屋だ。勾留中のトウヤが村人とどのように連絡をとったのか。


 そもそも、村人全員が拳銃を持っていることも信じられない。拳銃の所持には、金がかかる。本体価格も安くない。所持のための登録料、弾丸や手入れも経済的に余裕がなければ不可能だ。


 トウヤが領主と揉めたのは、おそらく、トウヤが税の軽減を求め、領主が却下したのだろう。村では馴染みの光景だ。先の年は雨が多く、どこの村でも思うように作物が実らなかった。

 そのような状況で、押収されただけの武器をそろえられるだろうか。


「あれ? どこやったかな」


 隣の席で、アオイが呟きながら机のあちらこちらを手のひらでパタパタ押さえた。その手が次第に近づき、マサキが開いているファイルにたどり着く。

「あった。それ」

 慌ててファイルを閉じ、謝りながら差し出す。ノリナが、いいのよ、と手をヒラヒラさせた。


「アオイが悪いんだから。人の席まで占領しないの」

「俺のところに回ってくる書類が多いんだから、仕方ないよ」

「アオイの処理が遅いだけじゃない」

「そんなことないよ。あ、そうだ。マサキ、ちょっとこれいいかな」

「こら。新人をいいように使っちゃだめ」


 ノリナの叱責もものともせず、アオイは書類を一部マサキに回した。


「だってこれ、応援で来ていた射撃手がやってた分だから。いいですよね、フタバ班長」

 首を伸ばして了承を得るアオイに、ノリナは両手のひらを天井へ向け肩をすくめた。


 胸に浮かんだ疑惑を無理やり沈め、マサキは書類を受け取った。

襲撃によって焼失した過去の事件簿などの資料を、他の支部から借り受け、複写して補填する作業が待ち受けていた。

元の資料とみくらべ、書き損じがないか、記載に誤りがないか点検をしながら、目だけを上げて班員の名前と配置も確認した。


 マサキの左にアオイ。その前がノリナ。

 マサキの前には通信機械が設置され、通信士で同期の女性、シズク。

 右の席は、班長としては若いフタバという女性が座っていた。彼女の瞳も、ひっつめに項の高さで結んだ長い髪も、夕焼けを思わせるオレンジ色だった。


 部屋の奥に、ひとつだけ他の机と離れて、支部長席があった。


 今日の日付で本配属されたマサキとコウだが、まだ支部長に目通りかなっていない。支部の雰囲気は支部長が作っているといって過言ではない。

 この穏やかで家庭的な支部を仕切るのはどのような人物か、早く知りたかった。


「支部長は、まだお戻りになられないんですか」

 ノリナがハンカチで眼鏡を拭きながら答えた。

「ほら、例の襲撃の件で、本部の裁判課の手続きとかなんとか、長引いているみたいよ」


 言葉が終わる前に、外から剣呑な罵声が聞こえた。それに続き、女性の金切り声が響く。一瞬にして、室内の空気が異様なまでに張り詰めた。

 フタバ班長の顔が、瞬時に引き締まる。やや青ざめた白い頬が小さく痙攣していた。

「アオイ」

 鋭い命令に、男性捜査官がはじかれたように駆けていった。


 マサキは腰に拳銃の存在を確かめると、女班長へ向き直った。


「自分も行きます」


 外からは、アオイのものと思われる短い叫び声があがった。玄関が面している通りは、騒然としている。

「私も行こう。来い」

 フタバ班長は、通信士とノリナに残るよう命じ、先に立って玄関へ走った。


 のぞき硝子がはめ込まれた木の扉に背をつけ、外の様子を伺う。硝子から見える範囲では、上のほうへ顔を向け口々に喚いている通行人がおぼろに見えるだけだ。


 マサキは無言でフタバに指示を仰ぐ。彼女が頷くのを確認して、左肩で観音開きの扉を押した。


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