第28話 自分が知らないところで、色々とあったらしい。

 数日後。

 僕は昼休みに、校舎の外にある非常階段の手すりへもたれかかっていた。

「体調はどうですか?」

「ぼちぼちってところ」

「そうですか」

 横に立っていた小泉は言うなり、僕と同じ、今野宮が見つかった川の方へ顔を向ける。

「今野宮さん、残念でしたね」

「そう、だね」

「悔しいですか?」

 問いかけてくる小泉に対して、僕はただ、黙るだけだった。

 今野宮が遺体で見つかったのは、僕が入院して三日目。彼女が飛び込んだところからさらに下った河川敷だった。

「何だろう、見つかってホッとした気持ちもあれば、助からなかったんだっていう残念な気持ちも入り混じった複雑な感じかな……」

「そうですか。あたしは、人間は呆気ないなと思いました」

「呆気ない?」

「はい。人間はこうも簡単に死んでしまうものなのかと」

 口にする小泉は淡々とした表情をしていた。

「でも、どっちにしろ、僕と小泉さんは、今野宮さんを殺すつもりだったんだよね?」

「それはそうです。ですから、結果的には同じだったと言うこともできます」

「警察には、何か聞かれた?」

「聞かれました。あたしは一応、今野宮さんが川に入って自殺しようとしていて、それを片垣くんが止めに入ったという風に答えました」

「なるほどね」

「片垣くんは聞かれなかったのですか?」

「僕はほら、入院していたから、しばらくは安静にしていて、今も警察には、もう少し気持ちが落ち着いてきたら話しますって言ってるけど……」

「だとしたら、今、あたしが答えた内容に合わせてください。じゃないと、警察に怪しまれます」

「そうだよね。まさか、今野宮さんを殺そうとして、逆に本人が川に飛び込んだなんて……」

「そういうの言わないでください。誰に聞かれてるかわからないですから」

 小泉が口元に人差し指を立てると、僕は、「わかってるよ」と声をこぼす。

 今野宮はこの世からいなくなってしまった。

 神前はどう思っているのだろう。遺体が見つかってから、本人は学校を休んでいるらしい。

 何となくだけど、嫌な予感がする。

「片垣くんは退院したばかりなのですから、無理はしないでください」

「お気遣い、ありがとう」

「どういたしましてです」

 小泉は言うなり、場から立ち去ろうとしたので、僕は「小泉さん」と呼び止めた。

「何ですか?」

「そういえば、沼田とは上手くいってるの?」

「別れました」

「そっか、別れたんだ……、って、別れたの?」

「はい」

 正面を向け、何気なくうなずく小泉。

 僕は、知らない間に何があったんだと別れた理由を知りたくなった。

「知りたいですか?」

「あのう、僕はまだ何も……」

「沼田くんと別れた理由を知りたそうな顔をしています」

「そう見える?」

「そう見えます」

 小泉の言葉に、僕は色々とお見通しなのかと変な諦めの感情を抱く。

「その、仰る通りで」

「そうですか。でも、理由を知っても、片垣くんは特におもしろいとか、何も感じないと思います」

「それは、僕が判断することだから」

「そうですね」

 小泉はおもむろに、僕のそばまで戻ってきた。

「沼田くんが、あたしと片垣くんが一緒にいる時間があることに対して、変な疑いをかけてきたんです」

「どんな疑い?」

「実は、片垣くんと付き合っているんじゃないかって」

 聞いた瞬間、僕は驚きで咳き込んでしまった。

「大丈夫ですか?」

「大丈夫、大丈夫……。で、その疑いを、小泉さんは否定したの?」

「否定はしましたが、沼田くんは受け入れてくれませんでした」

「器が小さいな」

「まったくです」

 小泉は腹立たしさを表すかのように、両頬を膨らませた。

「それで、最終的には?」

「はい。お互い言い合って、もう、別れようということになりました」

「最近付き合い始めたばかりだったよね?」

「はい。ですから、トータルで二週間ちょっとです」

「それって、付き合っていたことに入るのかなあ……」

「入ります。仕事でも、たとえ三日ぐらいで辞めても、履歴書ではちゃんと書けるものです」

 小泉は強い語気で言う。例える内容が異なっているようだけど、突っ込むことはしなかった。したら、話が長くなりそうだからだ。

「なので、あたしは今、フリーです」

「それって、僕に付き合ってくださいって言ってるってこと?」

「そんなこと、言っていません」

 顔を背ける小泉。今のは、僕の自意識過剰だったのかもしれない。

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