第26話 もしかしたら、殺されるのではないか。
翌日の午後。
病院の食事を済ませた僕がベッドの上で横になっていると、出入口の引き戸が開いた。
「神前さん?」
「元気そうね」
現れたのは、制服姿の神前だった。大人びた顔つきにすらりとした背丈、艶のある長髪は相変わらずだ。僕が好きになるのも納得だと自分で思ってしまうほど、見とれてしまう。
「片垣くん?」
「あっ、いえ、その、何でもないです。それにしても、まだお昼過ぎたばかりですけど?」
「それがどうかしたのかしら?」
「学校は?」
「今日は土曜日よ」
「あっ、土曜は午前中だけでしたね」
僕は初めて、今日が土曜日だと気づいた。
「昨日入院したばかりなのに、大丈夫なのかしら?」
「大丈夫です。はい」
「なら、いいのだけれど」
神前は困ったような表情をしたまま、近くの丸椅子に腰掛けた。昨日、小泉が座っていたところだ。
「それで、今日はどのような用事で?」
「あら、クラス委員長がクラスメイトを心配して見舞いに来たという理由だけじゃダメかしら?」
「いや、別に、ダメというわけじゃ……」
「それよりも今野宮さんを心配したらということかしら?」
神前の言葉に、僕はどう応じればいいか戸惑ってしまう。
彼女はおもむろにため息をついた。
「まだ、見つからないみたいね」
「そう、みたいですね」
「さっき、川の方を見てきたのだけれど、警察の捜索が続いてたわね」
「そう、ですか……」
何だろう、神前はまさか、僕に慰めてもらうため、訪ねてきたのだろうか。いや、そんなことはあり得ない。今野宮と付き合っていることになっている僕に対して。
「片垣くんも心配よね?」
「それはまあ、その、心配です」
「というより、今回片垣くんが入院したのは、今野宮さんが川で行方不明になっているのと関係があると聞いたわね」
神前は片耳にかかる髪を掻き上げつつ、口にした。
「そ、そうなんですか……」
「先生から確認したから、本当だと思っているのだけれど」
神前は僕と目を合わせてきた。
「そのこと、詳しく教えてもらえるかしら?」
「それがその、警察から、捜査に支障が出るとかで黙っているようにって約束させられていて……」
「教えないのね」
「僕も、その、教えてもいいかなとか思っているんですけど、そういう風に口止めされていて……」
僕はありもしないウソの理由で、神前の追及を逃れようとする。もし、教えたら、内容の受け取り方次第では、神前に何をされるのかわからない。「今野宮さんを川に飛び込ませたのは、片垣くんのせいなのね」と言われる可能性もある。
「今野宮さんがこのまま帰ってこないのは辛いわね」
「それは僕だって、嫌です」
「別れを、今野宮さんに切り出したってことかもしれないわね」
「別れ、ですか?」
「ええ。それで、ショックを受けた今野宮さんが川に飛び込んだという可能性も考えられるわ」
神前は訝しげな視線を送ってくる。
「それは、ないです。本当です」
「あら? 別にわたしは可能性を話しただけで、片垣くんに本当かどうか聞いたわけじゃないのだけれど?」
「いや、それは、一応否定しておいた方がいいかなって……。色々と誤解されそうで」
「それもそうね。もし、その可能性が本当なら、勢い余って片垣くんを殺していたかもしれないわね」
「冗談、ですよね?」
「半分冗談、半分本気よ」
神前の様子に、ふざけているような雰囲気は微塵も感じられない。
「とりあえずは、わたしは今、茫然自失といった状態ね」
「えっ? とても、そういう風には見えないですけど……」
「そう見えないように装っているだけよ。そういうことだけは得意だから」
「そういうこと、だけですか……」
勉強ができて、体育のサッカーで男子と対等に渡り合う姿とは釣り合わない言葉。僕からしたら、じゃあ、得意というのはどういったものを指すのだろうかと考えさせられる。
「昨日の夜のこと、話してくれなさそうね」
「すみません、その、後、自分もまだ、色々と頭の中で整理が追いつかなくて……」
「色々とあったみたいね」
「そう、ですね」
「いいわ。今日は昨日のこと、あまり突っ込まないことにするわ」
「そうしてもらえると助かります」
「これでも、クラス委員長だから、クラスメイトのことを慮ることも必要なことだから」
神前は口にすると、ゆっくりと立ち上がった。
「でも、わたしは諦めないから」
「そこは変わらないんですね」
「変わったら、わたしでなくなるから」
既に背を向けていた神前は、横顔だけを僕の方へ覗かせつつ、口にした。
「それと、片垣くん」
「はい」
「あなた、本当は今野宮さんと付き合っていなかったわよね?」
神前の質問に、僕はびくりと肩を震わせた。
「そうみたいね」
「ちょ、ちょっと待ってください! 僕はまだ何も……」
「言わなくてもわかるわ。多分、今野宮さんから頼まれたのね。そうすれば、わたしが近づいて来なくなるとかを理由にして」
「それは、その……」
「いいのよ。わたしは別に怒らないわ。逆に、こうまで言っても、頑なに事実を認めようとしない姿勢を見せられたら、逆に怒るけど」
最後は低い声で漏らした神前に対して、僕は目を合わせることができなかった。どんな表情をしているか、怖かったからだ。
僕は握りこぶしを作り、意を決した。
「その、神前さんの言う通りです……」
気づけば、僕はベッドの上で正座をし、俯いた格好になっていた。
「そうなの」
前から聞こえる神前のつぶやき。
もしかしたら、殺されるのではないか。
嫌な想像が脳裏によぎった。
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