第24話 水中での会話はテレパシーなのか。
僕の答えに対して、今野宮は黙っていた。
「だんまりですか」
小泉が苛立ちを含んだような声をこぼす。
一方で、今野宮はそう言われるのを待っていたかのように、口を開いた。
「そういう不機嫌な言い方はよくないよ。今、考え事をしていたんだよ」
「考え事ですか……」
呆れたような調子で言葉を漏らす小泉。
と、今野宮は僕と小泉に向けていたサバイバルナイフを引っ込ませ、距離を取ってきた。
小泉はすかさず、僕の前に駆け寄り、何もできずにいた包丁を手に構える。
「わたしはもう、襲わないよ」
今野宮は言うと、左右に持っているサバイバルナイフを足元に落とした。襲うつもりがないことを伝えたいかのように。
「本当に、あたしを殺す気はなさそうですね」
「だって、片垣くんが『小泉さんを死なせたくない』って言っていたもん」
「言う通りにしたということですか」
小泉はまだ納得しきれてないような語気で言った。サバイバルナイフを捨てたとはいえ、どこか隙をついたところで拾い上げるかもしれない。襲ってくるかもしれないという警戒心を、小泉は解こうとしないのだろう。
「信用されてないね、わたし」
「当たり前です」
「当たり前って、言われちゃった」
今野宮が陽気そうに言葉をこぼす。
「それで、今野宮さん」
「何かな?」
「片垣くん。無理して、あたしの前に出ないでください」
僕は小泉の呼びかけを聞き入れずに、今野宮へ歩み寄り、向かい合う形になる。
「今野宮さんはこれからどうするの?」
「どうするも何も、することは決まっているんだよ」
「決まってる?」
僕が問い返そうとしたところで。
今野宮は急にそばを横切り。
先にある川の中へ飛び込んでいった。
「えっ?」
「そういう、ことをするんですか……」
僕と小泉の視線は、薄暗い中に見えた水しぶきの方へ移っていた。
はじめは何が起きたのかわからないといった状況。
だが、事態を飲み込めるようになると、僕は遅れて、川の中へ飛び込んでいた。
「片垣くん!」
小泉の叫びが耳に届くも、僕は戻ろうとせず、あたりに目を動かす。
薄暗い夜の川面に、今野宮らしき顔は見えなかった。当然かもしれない。あの展開だと、今野宮は死ぬ気だ。体が沈もうとしている場合なら、自ら浮かぼうとしないはず。
「どうしよう……」
「あたし、人を呼んできます!」
懸命そうに張り上げる小泉の声。水面に浮かぶ僕からは、橋桁近くの川岸を走っていく人影が、うっすらと視界に映った。
「こうなったら、警察とかの出番かな……」
僕は口にするなり、川から上がろうと泳ぎ始めた。
だが、突然、片足を誰かに掴まれる感触があった。
「えっ? ウソだよね?」
僕は慌てて何とか振りほどこうとするも、ダメだ。むしろ、相手の方が力強く。
「まずいよ、これ」
僕は言い終わるなり、川の中へ引きずり込まれてしまった。
薄暗い視界。息が苦しくなってくる中、聞き慣れた声が耳に響いてきた。
「ダメだよ。本当はわたしだけ行こうと思っていたんだよ」
間違いない。今野宮だ。にしても、なぜ、水中なのに、しっかりとした言葉が届くのだろう。
「テレパシーみたいなものだよ」
「テレパシー?」
「そうだよ」
気づけば、僕も今野宮と会話が成り立つようになっていた。
「どういうこと?」
「どういうことも何も、こういうことだよ」
当たり前のように答える今野宮。
対して僕は、自分もあの世に連れて行かれるのではないかという危機感を抱いてきた。
「無駄だよ」
「無駄って、僕の心を読んだ?」
「テレパシーみたいな今の状態だと、そういうのは関係ないんだよ」
「僕を殺す気? さっき、僕を殺したりもしないって……」
「そうだね。でも、死にに行くわたしを追いかけてきたのなら、別だよ」
今野宮は淡々と言う。
「そろそろ、わたしもダメかな」
「今野宮さん。今からでも遅くないって。ここから出よう」
「ダメだよ。こうしないと、わたしにとっては、何て言うかな、自分に対する戒めにならないんだよ」
悲しそうな調子の今野宮。涙をこぼしてそうなぐらいだ。水中だから、わからないと思うけど。
「その戒めに、僕を巻き込む気?」
「本当は巻き込みたくなかったんだよ。でも……」
「体が勝手に動いたとか?」
僕の問いかけに、今野宮の返事はない。
「今野宮さん?」
「ごめんね。わたし、片垣くんにひどいことをしようとしたよ」
今野宮の声とともに、なぜか、片足から掴まれていた感触がなくなっていった。
「今野宮さん?」
「ここでお別れだね」
「今野宮さん、ダメだって! 今野宮さん!」
僕が叫んでいるつもりでも、実際にする水中では声すら響かない。しかも、視界は真っ暗。ついには、意識すら薄らいでくる。
「僕は死ぬとかじゃないだよね?」
自分に質問を投げかけてみても、当然、答えはない。
今野宮は先にあの世へ逝ってしまったのだろうか。
考えている間に、僕は眠気に似た感覚に襲われていく。
「僕も、もう、ダメ、なのかも……」
ついには、テレパシーみたいに喋る力もなくなってしまった。
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