第20話 ウソを隠し通すのは色々と大変だ。

 放課後。

 僕は通学路となっている住宅街の道を、今野宮と並んで歩いていた。

「何だか、ワクワクするね」

「ワクワク?」

「そうだよ。それか、ドキドキかな?」

 今野宮は首を傾げて、僕の方を覗き込んでくる。学校の鞄を両手で後ろに持った格好で。

「僕はその、大変だなって」

「そうなんだ」

 今野宮は顔を戻すと、僕の前へ足を進ませていく。

 先には電車が上を通る四角いトンネルがある。ガードレールで車一台が何とか通れる幅と、歩道代わりの狭いスペースに分かれていた。

 今野宮はトンネルに入ると、おもむろに立ち止まった。

「片垣くん」

「何?」

 僕が問いかけた時には、自分もトンネルに足を進ませたところだった。

「どこまでが本当なのかな?」

 後ろ姿のまま尋ねてくる今野宮。表情は見えない。

「本当って、何のこと?」

「今夜のことだよ」

 今野宮の言葉に、僕は内心でどきりとした。

「今夜って、その、神前さんのこと?」

「そうだよ」

 相変わらず、今野宮は振り返らないまま。

 反応に困る僕。

 沈黙を破ってくれるかのように、けたたましい電車の走行音が頭上から響いてくる。

「もしかしてだけど」

 電車が過ぎた後、僕は唾を飲み込みつつ、口を開く。

「僕や小泉さんがウソをついてるって思ってる?」

「ウソって、何かな?」

「いや、その、むしろ、僕が聞きたいくらいだけど……」

「わたしはね、片垣くん。小泉さんと一緒に、わたしのことを嵌めようと思っているんじゃないかなって、不安に思ってるんだよ」

「そ、そんなことないよ!」

「本当かな?」

 今野宮は僕や小泉のことを信じてないようだった。

 無理もないかもしれない。

 今日の体育で突拍子もない話を持ち掛けられたら、誰だって、怪しく感じるはずだ。人を殺そうだなんて。

 僕はどう言い繕おうか考える。

 ここで変に不審さを抱かれたら、今夜のことは失敗だ。

「神前さんを殺すのは本当に本当だって」

「それは本当なんだね」

「でも、どうやって殺すかは、実は正直、僕も知らなくて」

「えっ?」

 不意に、今野宮が驚いたような表情で僕と目を合わせてきた。

「片垣くん、今夜、神前さんをどう殺すのか知らないの?」

「……うん」

 僕はゆっくりと首を縦に振った。

 今話したのは、半分ウソで、残りは真実だ。神前を殺すことはしない。代わりに、今野宮を殺すはずだけど、どうやるのかは小泉次第。つまりは、手段は同じで相手が違うということだ。

「ダメだね、片垣くん」

「それは、反論する余地がなさそう」

「自覚してるんだ」

「まあ、うん」

 僕が答えると、「そっかそっか」とトンネル内を歩きはじめる。途中、横を乗用車がゆっくりと横切っていく。幅がガードレールからわずかしか空いてないため、慎重に走っているのだろう。

「そこは小泉さんに確かめておいた方がいいと思うよ」

「そうだね」

 僕はうなずくなり、今野宮の後についていく。

「あれだね。わたしが気にし過ぎただけだったみたいだね」

「どういうこと?」

「だって、片垣くん。ずっと、わたしに対して、何だろう、何かを隠してるような感じだったから」

 今野宮の言葉に、僕は一瞬足を止めそうになる。だが、何とか、今野宮に気づかれないよう、歩みを続けた。

「だけど、それは、どうやって殺すかわからない不安みたいだったね」

「そう、だね」

「逆に聞かない方がいいかもしれないね」

「聞かない? だけど、今、『小泉さんに確かめておいた方がいいと思うよ』って……」

「そこは楽しみに取っておこうよ」

 今野宮は言うなり、僕の方へ笑みを浮かべてきた。

「楽しみだなー。片垣くんもそう思うでしょ?」

「それは、うん、まあ……」

 正直、楽しみとか思えるような心の余裕はない。

 僕は自然と胸のあたりに手のひらを当てていた。ばれやしないかの緊張で高鳴る心臓の音がはっきり聞こえてくる。

「片垣くん?」

 気づけば、今野宮が僕のそばまで近寄ってきていた。

「ご、ごめん。大丈夫だから」

「体調悪そうだね。今日の夜、大丈夫?」

「大丈夫大丈夫。だから、うん、気にしないで」

「焦りは禁物だよ」

 今野宮に肩を軽く叩かれて、僕は、「そうだね」と声をこぼす。

 と、再び電車が頭上を走り、轟音がトンネル内に響き渡る。

 同時に、今野宮が両耳に指を突っ込み、「うるさいね」と不満げにつぶやく。

 僕はただ、「そうだね」と再び同じ言葉で返すだけだった。

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