第17話 善は急げば急ぐほど、いいものなのだろうか。

「そうですね。確かに、あたしにはメリットがないように見えるかもしれないです」

「そうだよ。片垣くんもそう思うよね?」

「それは、うん、まあ……」

 僕は曖昧に返事するだけで、小泉がどう答えるのか気になった。

 いわゆる、人助けのため、暇つぶしのためと口にしてたけど、実際は違うのではないか。

 僕はただ、黙っているしかなかった。

「わかりました。そんなに言うんでしたら、答えます」

「ということは、小泉さんにもメリットがあるってことなんだね」

「もちろんです」

「それじゃあ、早くそのメリットを教えてよ」

 急かすように聞いてくる今野宮に対して、小泉は落ち着かせようとしてか、ため息をついた。

「沼田くんは知っていますよね?」

「沼田くん?」

「はい」

「沼田って、僕の本を奪った?」

「そうです」

「ああ、あの沼田くんね」

 今野宮は思い出したのか、両手を叩いた。

「その沼田くんがどうしたのかな?」

「あたしが好きな相手です」

「えっ?」

 僕は驚いた拍子で、つい間が抜けた声をこぼしてしまった。

 小泉が沼田のことを好きだなんて、初耳だ。

 いや、もしかしたら、今野宮が聞き入れてもらうためのウソかもしれない。

「へえー。小泉さんが沼田くんのことをねー」

「何か悪いですか?」

「別に何にも悪くないよ。うんうん、誰だって、恋はするもんね」

 今野宮は楽しげな表情をしつつ、何回もうなずく。

「それで、沼田くんが小泉さんの好きな人というのはわかったけど、それと、神前さんを殺すことと何か関係あるのかな?」

「関係あります」

「どんな?」

「沼田くんは、委員長さんが好きだからです」

 淡々と話す小泉は、僕から見て、デタラメを教えてるようには思えない。本当なのではないかと感じてしまうほどだ。

「そうなんだ。それは辛いね」

「だから、あたしにはメリットがあります」

 小泉は真っすぐな瞳を、今野宮の方へ向けてくる。

 どこまでが本当かはわからない。

 ただ、僕としては、今野宮が小泉にもメリットがあるとわかってもらってほしい。そしたら、神前を殺すという話も乗ってくるはず。

 今野宮は間を置き、静かになった。

 僕は固唾を飲んで、どうなるか見守る。

 小泉はじっとしてるだけで、微動だにしない。

 と、今野宮は大げさに首を縦に振ると、僕や小泉の方へ、順々に顔を動かした。

「うん。こうなったら、神前さんを殺して、わたしたちで幸せになろう」

「ということは、協力してくれるということですね」

「もちろん。片垣くん、一緒に頑張ろうね」

 今野宮は言うなり、駆け寄ってきて、僕に手のひらを出してくる。ハイタッチしてほしいらしい。仕方なく、手を叩くと、「頑張ろうー」と声を掛け、笑顔を移してくる。

「じゃあ、決行はいつかな?」

「今夜です」

「早いね」

「善は急げというものです」

「なるほどね。わたしは何をすればいいかな?」

「とりあえず、その時に片垣くんから連絡してもらいますから、そしたら、指定の場所へ来てください。後処理の手伝いとかです」

「後処理っていうのは、あれだね。言い方をぼかしてるけど、いわゆる死体をどこかに捨てるってことだよね?」

「そこはご想像にお任せします」

 今野宮と小泉のやり取りは、僕にとって、不気味さを感じずにはいられなかった。体育の時間で話す内容じゃない。とはいえ、自分も関わってる内容なので、文句とかを発する資格はないけど。

「じゃあ、片垣くん」

「えっ? ああ、うん」

「しっかりしてください」

「そうだよ。これが上手くいくかどうかによって、わたしたちの今後が決まるんだよ」

 ふたりの女子から歩み寄られ、僕は慌てて、「わ、わかってるよ」と返事をする。

「楽しみだね」

「今野宮さんは、実は神前さんを殺そうと思っていたのですか?」

「何でそんなことを聞くのかな?」

「殺すことに抵抗がなさそうだからです」

「そういう話を持ち掛けてきた小泉さんが聞いてくるセリフじゃないと思うよ」

 今野宮に言われ、「わかりました」と答える小泉。ひとまず、話は成立したということらしい。

 丁度、サッカーの試合が終わったのか、体育教師のホイッスルを鳴らす音が校庭に響いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る