第16話 利害の一致

「神前さんを?」

「そうです」

 首をゆっくりと縦に振る小泉に対して、今野宮は訝しげな視線を送ってきた。

 今は体育の授業中。

 校舎に面する砂利混じりのグラウンドでは、クラスメイトらがサッカーをしている。男女一緒で、中には神前もいる。長髪はポニーテールに結わえ、凛々しさが漂っていた。ドリブルをしつつ、奪おうとする男子らをかわしていく。僕にとっては、見惚れてしまうところだ。

 だが、僕は神前とサッカーをしているわけでなく、校庭の外側にいた。

 左右には小泉と今野宮。格好は僕や神前と同じ体操服姿。雰囲気としては、お互い内心を探り合っているかのように距離を取っている。

 僕も含めて、三人とも、試合がないチームとなり、待ちの状態だった。

「おもしろいことを言うんだね。小泉さんは」

「大真面目な話です」

「だって。どう思うかな、片垣くん?」

 不意に、今野宮が黙っていた僕の方へ声を掛けてきた。目は小泉と合わせたままだ。

 僕は困り、片耳のあたりを指で掻く。

「それは、その、というより、小泉さん?」

「何ですか?」

「神前さんを殺すっていうのは、どういう……」

 僕は小泉に問いかける。

 彼女が今野宮に持ち掛けたのは、神前を殺すということ。

 だけど、これはウソの話だ。

 小泉は神前を殺すという名目で、夜、呼び出す策らしい。何をするかは、「言わなくてもわかるはずです」としか聞いてない。まあ、わかるんだけど。

 とはいえ、体育の時間で今野宮に尋ねるとは思っていなかった。幸い、同じ待ち状態のクラスメイトらは、声が聞こえないぐらいのところにいる。

「何かおかしいですか?」

「いえ、その、おかしくないです」

「もしかして、小泉さんがこういうこと聞いてくるの、片垣くんは知っていたのかな?」

 今野宮は小泉から僕の方へ顔を動かしてきた。

 僕はかぶりを振る。

「本当かな?」

「ほ、本当です。うん」

「汗が出てるよ」

 今野宮に言われ、僕は額に手のひらを乗せると、じっとりとした感触があった。

 と、小泉が僕を一瞬だけ睨みつける。多分、「ウソが下手です」とでも言いたいのだろう。うなずくしかない。

「わたしはメリットがあるけど、片垣くんはどうかな?」

「そうですね」

 小泉は首を縦に振る。

 展開としては予想通りだった。

 僕は間を置かずに口を開く。

「実はもう、神前さんに伝えたんだよね。自分の気持ち」

「初耳だね」

 今野宮の反応に、僕は体がわずかにびくつくも、ばれないように何とか堪える。

「それは、そうだね。ここで初めて言うんだから」

「彼女のわたしに伝えないなんて、ひどいよ」

「ごめん」

 僕は頭を下げる。

「で、告白したんだけど、フラれたんだよね。まあ、当たり前と言えば、当たり前だけど」

「最低です」

 小泉の言葉は話を合わせるためだろうけど、けっこう胸にグサリと刺さってきた。

「フラれちゃったんだね」

「残念だけど」

「それはそうだよね。彼女のわたしがいるんだもの」

 今野宮は嬉しそうに声をこぼす。

「で、それでまあ、その……」

「わかるよ。だから、もう、神前さん、いらなくなっちゃったんだ」

「いや、そういうわけでは」

「そういうことですよね?」

 僕が抗おうとしたら、小泉がすかさず質問を挟んでくる。ウソがバレると勘付いたからかもしれない。実際、僕は神前に想いを寄せているままだ。フラれたどころか、相手に自分の気持ちを伝えてもいない。

 僕は戸惑った末、ゆっくりとうなずいた。

「それなら、話が早いかな」

「お互い、利害が一致しています」

「そう、だね」

「ちょっと待って」

 と、今野宮が手を突き出してくる。

「小泉さんはどうなのかな? わたしはいなくなってほしいし、片垣くんは失恋相手がいなくなって、気持ちが落ち着くと思うけど」

「それはどういうことですか?」

「小泉さんにとって、神前さんを殺すメリットがないようにわたしは思うかな」

 今野宮は言うなり、小泉の方をじっと見つめた。

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