第14話 もはやストーカーです。

 家に帰り、ふと思い出したのだが、神前もなぜ僕の家を知っていたのか不思議だった。まさか、今野宮と同じように僕をつけていたわけでもない。するなら、今野宮の方だろう。

「いわゆる副産物というものかしら」

 家のリビングにあるソファーに腰掛けていた神前は、ゆったりとした調子で答えた。

「って、何で神前さんが?」

「クラスメイトの家にわたしがいてはいけない理由があるのかしら?」

「いや、その、理由あるなしに関わらず、って、その前に今の答えって?」

「そうね。わたしがなぜ片垣くんの家を知っていたのかという疑問に対してかしら」

 神前は言うなり、持っていたコーヒーカップに口をつける。見れば、キッチンの方で、茉莉がコーヒーメーカーを使っていた。

「あっ、お帰り、お兄ちゃんー」

 茉莉は目が合うなり、声を掛けてくる。格好は相変わらず、学校指定の体操服となっている上下ジャージ姿だ。

「あなたの妹さん、コーヒーを淹れるの、上手いわね」

「お褒めに預かりまして、光栄です」

 丁寧に頭を下げる茉莉。恭しすぎる感じがするが、相手が神前なら、納得はいく。それぐらい、上品で大人びた雰囲気を醸し出している。ソファーにいる姿など、制服姿とはいえ、どこかのお嬢様といった印象だ。いや、好意を寄せている分、誇張しすぎたかもしれない。

「片垣くんが、『何が副産物なんですか』と聞いてこないのは、頭の中で考えていたことと一致していたからかしら?」

「えっと、まあ、そんなところです」

 僕は学校の鞄を床に置き、神前と斜め向かい合う形で別のソファーに座る。

 と、茉莉が近寄ってきて、僕にも中身が入ったコーヒーカップを渡してくる。

「ありがとう」

「どういたしましてー。それじゃあ、ごゆっくりー」

 茉莉は陽気そうに言い残すと、リビングからいなくなった。後から、階段を昇る音が聞こえてきたので、二階にある自分の部屋に向かったのだろう。

 僕はおもむろにため息をついた。

「まだ高校生なのに、お疲れみたいね」

「神前さんも僕と同じ高校生ですよね?」

「そうね」

 神前は手にしていたコーヒーカップを器に戻した。

「今野宮さん、片垣くんにゾッコンみたいね」

「それはまあ……」

「家までつけていくなんて、よっぽど入れ込んでいるのね」

「そう言う神前さんは、何で、僕の家を知っていたんですか?」

「さっきも答えたでしょ? 『副産物』よ」

「『副産物』って言われても……。今野宮さんの後をつけて、たまたま、僕の家を知ったとかですか?」

「鋭いわね」

 神前は口元を綻ばした。

「後はそうね。念のために、先生に確かめたぐらいかしら?」

「さすが委員長」

「褒めても何も出ないわよ」

 神前は言うなり、僕と目を合わせてきた。

「今野宮さんと別れるのは、やはり無理かしら?」

「無理、ですね。今のところは」

「今のところは?」

「はい。その、何というか、色々と事情があって……」

「複雑そうな事情ね」

「ええ、まあ」

「わたしの方からも、今野宮さんに迫ってみたけど、ダメね」

「迫ったって、僕と別れて、付き合おうとかですか?」

「そんなところね」

 神前は残念そうな表情を浮かべる。

「今野宮さんの意志は固いわね」

「そうですか……」

「残念そうな言い方ね」

「い、いいえ。その、彼氏の僕としては何て言えばいいのか……」

「私から見ると、片垣くんは今野宮さんとは好きで付き合っているわけではなさそうね」

「いや、それって、付き合ってるって言わないですよね?」

「だから、そうね。付き合ってるフリでもしてるという感じかしら?」

 神前の指摘に、僕は内心どきりとした。もしかして、付き合ってるフリをしているのがばれたのか。だとしたら、もはや隠し通すことは意味がない。いっそのこと、本当のことを話して、神前に自分の気持ちを伝えるべきなのではないか。

「何で、そう思うんですか?」

「そうね。今野宮さんはそうでもないけど、片垣くんが無理をしてるような気がするからかしら」

「そうですか……」

「本当はどうなのかしら?」

 視線を移してくる神前。

 僕はどうしようかと悩み、出てきた唾を飲み込んだ。

 もう、言おう。

 と、僕が口を開きかけた時だった。

 制服のズボンにあるポケットが震え、手に取ってみれば、スマホだった。

 おもむろに画面を見てみれば、今野宮からSNSのアプリでメッセージが届いていた。

「今、神前さんと何を話してるのかな」

 目にした途端、僕はすぐに周りへ顔を動かし。

「あっ」

 リビングのガラス窓に面している舗道。間にブロック塀があり、その隙間から、誰かが見ていた。

 間違いない。今野宮だ。

「どうしたのかしら?」

「いや、その、何でもないです」

「急に汗が出てくるなんて、怪しいわね」

 神前の言葉で、僕は初めて額がうっすらと濡れていることに気づいた。

 まるで、監視されているみたいだ。

「その、僕は今野宮さんと、本当に付き合ってます」

「本当にそうなのかしら?」

「ほ、本当です」

 僕は答えると、改めて、ガラス窓へ目を移した。

 だが、人影はなく、先ほどのは気のせいではないかと思えるぐらいだった。

「片垣くん?」

「は、はい」

「どうしたのかしら。さっきから、変よ」

「き、気のせいです」

 僕は懸命にかぶりを振り、神前から不審がられないようにする。

 今野宮から、僕は逃れることができない。

 脳裏によぎったことはゾッとするもので、僕は頭を抱えたくなった。

 神前は、僕が体調を悪くしたと思ったのか、「本当に疲れてるみたいね」と口にした。

 僕はただ、うなずくしかなかった。

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