第13話 もはやどうすればいいのだろうか。

「もう、こういうのやめない?」

 放課後の帰り道、僕は意を決して、前を行く今野宮に問いかけた。

「こういうのっていうのは、何かな?」

「今の状態のこと」

「それって、わたしと別れたいってことだよね。周りから見れば」

「そうだね」

 僕は首を縦に振った。

 今歩いている通学路の歩道は、他の生徒らがちらほらいる。ガードレールを挟んだ方では、交通量がそれなりにあり、時折車が横切っていく。

「でも、そうすると、わたしのところに神前さんがやってくるかな」

「そこは、しょうがないと割り切るしかないかなって……」

「できないよ、そんなこと」

 今野宮は強い語気で答える。

「片垣くんと別れると、わたしはずっと、神前さんにつきまとわれる気がするよ」

「そこは、僕が何とか告白して、神前さんと付き合うから」

「それはできないと思うよ」

 今野宮は淡々と口にした。

「神前さんはわたしのことが好き。だから、無理だよ。それに、わたしは片垣くんのことが好きだから、そういう、フリとはいえ、別れるのは辛すぎるよ」

「別れるフリが?」

「そうだよ」

 今野宮は立ち止まり、僕の方へ振り返った。

「だから、別れるフリなんてことはできないんだよ」

「そんな……」

「神前さんのこと、諦められないかな? そしたら、本当にわたしと付き合おうよ」

 うっすらと表情を綻ばせる今野宮。僕には不気味な誘いにしか思えず、一瞬背筋に寒気が走った。

「今野宮さんは」

「何かな?」

「無理やりにでも、僕と付き合いたいわけ?」

「無理やりっていう言い方はちょっと乱暴だよ」

 今野宮は言うなり、僕のそばまで駆け寄ってきた。

「でも、こういうのは、ちょっとした強引なことも必要だと思うよ」

「強引なこと……」

「でも、片垣くんが神前さんのことを諦めないなら、わたしはいつでも、待ってるよ。本音としては、神前さんに告白して、フラれたらなあって思ってるかな」

「それはまあ、今したら、確実にそうなることはわかってるけど……」

「だったら、わたしと付き合おうよ」

 今野宮は僕の腕に体を寄せてくる。傍から見れば、単なる高校生カップルだ。

 僕は場を逃げ出したい気持ちに駆られたが、今野宮にがっちり掴まれて、身動きが取れない。

「とりあえず、その、離してもらいたいんだけど……」

「嫌だと言ったら、片垣くんはどうするのかな?」

「どうするって……」

 今野宮は僕のことを弄んでいるかのようだった。

「とりあえず、その離してくれない?」

「冷たいんだね」

 今野宮は不満げな表情をした後、僕から離れた。

「わたしは諦めていないんだよ」

「そんなの、何となくわかるよ」

「片垣くんの方はどうなのかな?」

「僕も、諦めてない」

「だよね」

 今野宮は目を合わせるなり、背を向ける。

「神前さんに振り向いてもらうのは大変だよ」

「わかってる」

「大変だね」

「そっちこそ」

「わたしは、大変じゃないと思ってるかな」

「今みたいに付き合ってるフリをしてるから?」

「今はフリだけだよ。だけど、いつかは、それを本当にするつもりだよ」

 聞こえてくる今野宮の言葉は、何とかしようとする気持ちが滲み出ているようだった。僕のことは諦めていない。加えて、どうにかしようと色々考えているように思えた。

「いっそのこと、神前さんに告白してみたら、どうかな?」

「それは、今はしない」

「じゃあ、いつするのかな?」

「それは……」

 僕はいつの間にか立ち止まり、足元を見ていた。

 横を生徒が何人か過ぎていく。

 視線を上げれば、今野宮が距離を置いたところで、正面を向けてきている。

「もしかしたら、上手くいくかもしれないよ」

「そんなこと、あるわけ……」

「やってみないとわからないよ」

「そう言って、今野宮さんは僕が神前さんに早くフラれてほしいと思ってるんだよね?」

「それもそうだけど、少しは、もしかしたら、オッケーしてくれるんじゃないかなって思ってたりするよ」

「ウソだ」

「ウソじゃないよ」

 今野宮はかぶりを振る。

 僕には意味がわからなかった。なぜ、今野宮が励ますようなことを言ってくるのか。しかも、神前さんと付き合えるかもしれないということを。

「だいたい、さっき、僕が神前さんと付き合うって言ったことに、『それはできないと思うよ』って」

「あれは、片垣くんに神前さんのことを諦めてほしいから、言ったんだよ」

 今野宮は言うなり、僕の前まで歩み寄ってくる。

「だけど、今は、片垣くんのことをよく考えて言ってあげたんだよ。本当は言いたくないことだけど」

「だったら、わざわざ言わなくても……」

「言わないと、片垣くんは、わたしのことを単なる邪魔者扱いにしかしないと思ったんだよ」

「邪魔者扱い?」

「そうだよ。だから、それなら、少しでも、片垣くんのことを想って、わたしが言いたくないことでも、我慢して伝えた方がいいって思ったんだよ」

「今野宮さん……」

 僕は、彼女から真剣そうな眼差しを向けられ、戸惑ってしまった。

 今野宮は何を考えているのか。

 本心は別のことを思っているのではないか。

 僕は頭を巡らすも、答えが浮かばず、髪を掻いた。

「ここからは、ひとりで帰るよ」

「片垣くん?」

「ごめん。ちょっと色々考えてみる」

 僕は今野宮に声をこぼした後、先に場を立ち去っていった。

 最後まで振り返らなかったものの、今野宮が追ってくることはなかった。

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