第12話 人殺しも犯罪です。
「何だかなあ……」
休み時間、僕は誰もいない校舎の外にある非常階段に座り、ため息をついた。
手には、ストローを差した紙パックのコーヒー牛乳があり、既に飲み干している。
教室に戻れば、今野宮と神前がいて、僕としては気持ちが落ち着かない。
「こんなことをいつまでしていればいいんだろう……」
見上げれば、雲ひとつない青空は相変わらずだが、僕の心は晴れない。
「いっそのこと、神前さんに全てぶっちゃければいいのかな……。って、そんなことしたら、神前さんにフラれることは確実だし……。かといって、今野宮さんが付き合ってるウソをやめてもらえそうにないし……」
もはやどうすればいいのかわからない状態。何をしても、悪い結果しか起きない気がしていた。
「どうすればいいんだろう……」
「委員長さんか今野宮さんを殺せばいいと思います」
「いや、そんな物騒なことは……って、えっ?」
顔をやれば、横にいつの間にかひとりの女子が横に座っていた。妹の茉莉と同じくらいの身長で、ボブカットの髪型と不愛想な表情。けど、どちらかと言えば、子供が駄々をこねて、不機嫌そうにしてるみたいで、可愛げがあった。まあ、本人に言ったら、怒られそうだけど。
「あなたは」
彼女はじろりと僕の方を睨みつけた。
「あたしのこと、バカにしてますね」
「いや、そんなわけないって」
「ウソです」
彼女は僕の言葉を遮る形で口にした。
「それ以外、考えられません」
「その、えっと、君って……」
「小泉早苗です」
名前を聞くなり、僕はようやく、小泉が今野宮や神前と同じクラスメイトだと思い出した。
「あたしのこと、知らなかったような感じみたいですね」
「いや、そんなわけ」
「ウソです」
小泉はどうも、不機嫌らしい。僕はどうやら、小泉に変な感じで絡まれてしまったようだ。
「モテモテのあなたが、こうして、ひとりでいるのは何だか、イライラします」
「あのう、僕はいつからモテモテに?」
「自覚症状がないんですね」
小泉はため息をついた。
「呆れました。今野宮さんという彼女さんがいながら、家では委員長さんに迫られていたというのに」
「ちょっと待って。何で、そんなことを、いや、一部誤りがあるけど、そんな話、どこで聞いたの?」
「高校生の情報網を甘く見ないでください。というより、そんなこと、クラスのみんなは知っています」
「みんな、知ってるんだ……」
僕は頭を抱えたくなった。
どうりで、クラスメイトらの視線がやたら気になったわけだ。
「で、小泉さんはなぜ、僕のところに? というより、さっき、すごい物騒な言葉を聞いた気がするんだけど?」
「気のせいじゃないです」
小泉は僕と目を合わさずに答えた。
「委員長さんか今野宮さんがいなくなれば、あなたはどちらかの相手をすればいいだけになります」
「相手にって、僕は神前さんのことが好きだから……」
「それでしたら、答えはひとつしかありません」
「今野宮さんを殺せっていうの?」
「です」
こくりとうなずく小泉。
僕のクラスメイトは、さらりととんでもないことを勧めてくる。
「とりあえず、その方法はお断ります」
「あたしがやると言ってもですか?」
一瞬、僕は小泉の言葉を聞き間違えたのかと思った。
「えっと、今何て……」
「あたしが代わりに、今野宮さんを殺してあげます」
今度は視線を向けた形で言い切る小泉。
わからない。
小泉は今野宮に対して、殺したいほどの恨みでもあるのだろうか。
「あのう、小泉さん。わかってると思うけど、人を殺すことって、犯罪なんだけど?」
「わかってます」
「それでも、僕がオッケーすれば、今野宮さんを殺すことができるわけ?」
「できます」
「わからない……」
僕は頭を抱えたくなった。
たかがクラスメイトの小泉が、僕のために今野宮を殺そうとする理由がわからない。
「小泉さんは」
「はい」
「今野宮さんに何か恨みでもあるわけ?」
「ないです」
「じゃあ、なぜ?」
「なぜとはどういう意味ですか?」
「どういう意味って、恨みもない人を、僕のためだけに殺そうとする理由」
「片垣くんのためという理由だけじゃダメですか?」
返事する小泉の表情は不満げだった。
「僕のためって、小泉さんは僕のことが好きとか?」
「バカですか」
小泉は僕を睨みつけた。
「単なる人助けみたいなものです」
「人助け?」
「そうです。あたしはそうやって、誰かを助けることで、暇をつぶしています」
小泉の言葉に、僕は、「はあ……」と声をこぼすことしかできなかった。ということは、今野宮は小泉の暇つぶしで殺されてしまうのか。いや、あまりにもひどい気がする。
「とりあえず、断るよ」
「断るのですか」
「まあ、うん」
「そうですか。それは、おもしろくないですね」
明らかにつまらなそうな顔をする小泉。どうやら、僕に声を掛けてきたのは、何かおもしろいことを期待してのことだったかもしれない。
「それじゃあ、どうするのですか?」
「それは、まあ、どうしようかなあと」
「あたしはいつでも待っています」
小泉は階段から立ち上がると、制服のスカートを手で払う。
「そろそろ休み時間も終わりです。あたしは先に戻っています」
「ああ、うん」
「曖昧な返事ですね」
「わかったよ」
僕がはっきりと口にすると、小泉は納得を得たのか、場から立ち去っていった。
「わけがわからない」
僕はますます、教室に戻ることが面倒になってきた。
神前と今野宮、そして、先ほどの小泉。
「他人から見れば、僕は三人の女子に絡まれてるから、モテモテなのかもしれない」
僕は言うと同時に、本当に今後どうしようかと頭を巡らしたくなった。
休み時間終了のチャイムが鳴ったのは、それからすぐのことだった。
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