第9話 ウソが混じると、話は複雑になってくる。

 僕は思わず、背筋を伸ばしてしまう。

「その、別れてっていうのはどういう……」

「あら、片垣くんはこういう時に冗談を言うタイプだったかしら?」

「いえ、その……」

「その様子だと、冗談で言ってるわけじゃなさそうみたいね」

 神前は落ち着いたような喋り方をしつつ、人差し指で軽くテーブルを何回も叩いていた。もしかしたら、苛立っている時の癖なのかもしれない。僕としては、そのような神前を見るのは初めてだ。

「怒ってます?」

「怒ってるって言ったら、どうなるのかしら?」

「いえ、別に……」

「わたしのこと、今野宮さんから聞いてるわよね?」

「一応は……」

「どう思うかしら?」

「どう思うですか?」

「そうね。片垣くんからしたら、変と思うかもしれないわね。女の子が女の子を好きになるなんて」

「いえ、とんでもないです」

「それは本心かしら?」

「本心です」

「そう」

 神前は先ほどから叩いていた人差し指の動きを止めた。

「そうよね。変と思っていたら、あの時、今野宮さんと一緒に、わたしのことをからかってたわよね」

「あの、神前さん」

「何かしら?」

「そんな、自分を低く見ないでください。神前さんはその、僕も含めて、みんなの憧れなんですから」

「憧れなんて、おこがましいわ」

 神前はかぶりを振るなり、茶碗に手をつけた。

「わたしはただ、みんなに愛想よく振舞って、勉強しかできないつまらない女よ」

「僕にとっては、勉強できるだけでもすごいんですけど」

「すごくはないわ。誰だって、努力すれば、それなりに勉強はできるようになるわ」

「そういうものですか?」

「そういうものよ」

 神前は答えると、茶碗を両手で丁寧に持ち上げ、中身を啜る。

「おいしいわね。あなたの妹さん、お茶を淹れるの、上手いわね」

「後で茉莉に伝えておきます」

「ひとまず、お茶はご馳走様」

 神前は茶碗をテーブルに戻すと、僕と目を合わせてきた。

「で、さっきの話、できるか、できないか、答えてもらえるかしら?」

「答えですか?」

「できれば、いますぐに答えてほしいわね」

 神前の言葉に、僕は戸惑っていた。

 別れるも何も、僕は今野宮と付き合っていない。ウソだ。神前はそれを信じて、頼んできている。だいたい、今の場で僕が勝手に別れると決めて、今野宮が受け入れてくれるだろうか。いや、待て。神前は、好きな今野宮と別れる僕のことを恨むかもしれない。今野宮を悲しませたとかで。となれば、僕が好きな神前に告白するどころの話じゃなくなってくる。色々と複雑すぎて、頭がこんがらがってきた。

「即答できなさそうな様子ね」

「まあ、その……」

「それとも、あれかしら? 本当は今野宮さんと付き合ってないっていうことかしら?」

「そ、そんなことないです!」

「わたしの気のせいかしら? 片垣くん、動揺してるように見えるけど?」

「気のせいです!」

 僕ははっきりと言い切るも、続けて出る言葉が思いつかなかった。今のままでは、神前に今野宮と付き合ってるのはウソですとばらしそうだ。神前の迫力に押されてという形で。

「神前さんは、何で、今野宮さんが好きになったんですか?」

「唐突に聞いてくるわね」

「何となく、気になって……」

「そうね。わたしが今野宮さんのことを好きなのは、本人と片垣くんしか知らないから、話してもいいかもしれないわね」

 神前は声をこぼすなり、こほんと咳をした。

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