第8話 僕のことは暗いと思われてるらしい。

 方向の違う今野宮と別れ、僕は自分の家に帰った。

「ただいま」

「お兄ちゃん、お帰りー」

 玄関に現れたのは、声を返してきた中学二年の妹、茉莉だ。ショートカットに、同じ学年の子と比べれば、小柄な体つき。顔はあどけなさが残り、後二年もしたら、今の僕と同い年になるのか、疑いたくなるぐらい。今はバスケットボール部に入っていて、身長が低いながらも、色々と頑張っているらしい。今の格好は、学校指定の体操服となっている上下ジャージ姿だ。

「茉莉、部活は?」

「今日は休みだよ。テスト一週間前だもん」

「そっか」

「そうそう、お兄ちゃん。お客さんだよ」

「お客さん?」

「うん。何でも、お兄ちゃんのクラスメイトだって」

「えっ?」

 僕は茉莉の言葉に驚いて、間の抜けた声をこぼしてしまった。

 家に訪れるクラスメイトなど、僕には心当たりがない。なぜなら、そのような友達がいないからだ。だから、茉莉の「お客さん」が一体誰なのか、わからなかった。

 僕が玄関から通学靴を脱ぐなり、周りに視線を動かす。

「で、その『お客さん』は?」

「リビングにいるよ」

「そうなんだ」

「お兄ちゃん、暗いから、友達すらできないかなって心配してたけど、あんな美人な人が知り合いにいて、茉莉は安心したよ」

「美人?」

「とぼけちゃってー。もしかして、お兄ちゃんの彼女さん?」

「ちょ、ちょっと待って」

 僕は口にした後、リビングに続くドアへ視線を移す。

「その人、僕に何の用事とか聞いた?」

「ううん。ただ、話があるだけってことしか聞いてないよ」

 茉莉は答えるなり、僕の片腕を軽く叩く。本当は肩にしたかっただろうけど、届かないから諦めたのかもしれない。

「まあ、お兄ちゃん。ここは二人だけの空間にしておくから。パパとママは、仕事の帰りが遅いから、大丈夫だよ」

「茉莉、何か誤解してない?」

「何も誤解してないよ。ああいう美人な人ともっと仲良くなっておかないと」

 茉莉は言うなり、近くの階段を駆け上っていった。本当に、美人な「お客さん」と僕を二人っきりにしてくれるらしい。いや、僕にとっては、ありがた迷惑だけど。というより、茉莉はさらっと「暗い」とか言っていたような。

「誰だろう?」

 僕は正体不明の相手に不安を感じつつも、リビングのドアを開けた。

 中に入るなり、僕はすぐに足を止めてしまった。

 リビングと隣り合うカウンター式のキッチン近くにあるテーブル。

 一緒にある椅子のひとつに座っていたのは、神前だった。きっちりと着こなした制服姿は、教室で見る時と変わらない。ということは、学校帰りに寄ったのだろう。

 神前は僕が現れたことに気づいたのか、目を合わせてきた。

「遅い帰りなのね」

「いや、その、色々立ち寄ったりしていて……」

「そうなの」

 神前は言うなり、手元にある茶碗に口をつける。多分、茉莉が淹れたのだろう。

 僕はキッチンとは反対側にあるソファーに学校の鞄を置き、歩み寄る。

「何で、神前さんが、僕の家に?」

「そうね。いきなり、こうして訪ねると、片垣くんも不思議がるわよね」

 神前は持っていた茶碗をテーブルに置いた。

「今野宮さんのこと」

「昼休みのこと、ですか?」

「そうね」

 うなずく神前。

 僕は向かい合う形で椅子に座った。

「単刀直入に言うわ。片垣くん、今野宮さんと別れてくれるかしら?」

 口にした神前は、鋭い眼差しを僕の方へ向けてきた。

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