第7話 お互い、諦めが悪いかもしれない。

 放課後。

 僕は駅前のファーストフード店のテーブル席で、両腕を組んで座っていた。

 向かい側には、紙コップに入ったオレンジジュースをストローで飲む今野宮がいる。

「とりあえず、僕的には、神前さんに誤解を解きたいんだけど……」

「それは難しいかな」

「何で?」

「だって、神前さん。それを知ったら、わたしのところにまたアタックしてくると思う」

「それは、自分が同じ立場だったら、うん。わからなくもないけど」

「後、片垣くんに何かやってきそうかな」

「例えば?」

「夜道で歩いてるところを、後ろからナイフで刺してくるとか」

「それ、犯罪だよね?」

「犯罪だよ」

「冗談だよね?」

「冗談だよ。多分」

「多分か……」

 僕は席の背もたれに寄りかかり、天井を仰いだ。

「そう思うぐらい、神前さん、今野宮さんに迫ってきたってこと?」

「そうだね。結果的にこうなっちゃうぐらい」

「マジか……」

 僕は思わずため息をこぼした。

 今野宮は紙コップが空になったのか、ストローを啜る音だけが聞こえた。

 僕はテーブルのプレートに広げたフライドポテトを摘んで食べる。

「今野宮さんは」

「うん」

「これから、どうしたい?」

「欲を言えば、このまま、本当に片垣くんと付き合いたいかな」

「いや、それはちょっと……」

「だよね」

 今野宮はわざとらしく、はっきりと肩を落とし、俯いた。

「わかってるんだけどね。でも、こうなったから、もういいかなって思ってくれないかなって期待してたんだけどね」

「それは、ごめん」

「ううん。あくまで、これはわたしの我がままだよ」

 今野宮は顔を上げると、かぶりを振った。

 お互いに平行線ってところかもしれない。

 僕はスマホを開き、ぼんやりとネットニュースやまとめサイトを適当に見る。

「そもそも、片垣くんは何で、神前さんのことが好きなのかな?」

「理由? それは、たまにメガネをかけたりして、知的な印象を出してるところとか」

「片垣くんって、そういうところが好みなんだ」

「別に、好みは人それぞれだから」

「別に悪いとは言ってないよ。ただ、そういうのは、わたしにはないんだなあって思って」

 今野宮は肩肘をつくと、虚しそうな表情になった。

「わたしも知的な印象があれば、片垣くんと両想いになってたのかな……」

 フライドポテトを指でいじる今野宮。僕としてはどう返事すればいいのだろうか。ただ、自分が頼んだコーラを紙コップのストローで啜るしかなかった。

「わたしがメガネをかけたら、片垣くん、考え直してくれるかな?」

「あの、それって、メガネをかけたら、知的に見えるからとか?」

「まずは外見から」

「今野宮さんって、成績悪かった?」

「ううん。クラスで二番目」

「えっ? それって、神前さんの次ってこと?」

「そう、なるね」

「知らなかった」

「というより、片垣くんはわたしのこと、それほど、興味持ってなかったってことだよね?」

「そう、だね。ごめん」

「片垣くんって、謝るの癖なのかな?」

「別に、僕は好きでやってるわけじゃないけど」

「無意識なんだね」

 今野宮は僕の方をじっと見た後、フライドポテトを口に運ぶ。

「ひとまずは、わたしと片垣くんは恋人同士のフリをするしかないかもしれないね」

「ひとまずか……」

「ただ、いつまでも、そういう関係を続けるのはどうかなって、思うよね」

「それは、僕も思う」

「というより、こういうのって、結果としてはどうなっていれば、一番いいんだろうね」

「結果?」

「うん。だって、片垣くんに神前さん、そして、わたしは三角関係なんだよ。だから、三人とも満足させるようなことって、できないよね?」

「それはそうだけど」

「だから、どこかで諦めるしかないよね」

「それって、もしかして、僕は今野宮さんと付き合った方がいいってこと?」

「そういうことじゃないよ。わたしとしては、それがいいけど。でも、最悪は三人とも諦めるっていう選択肢も」

「それって、後は、今野宮さんが僕のことを諦めるということだよね?」

「うん。でも、わたしは諦めきれないかな。だって、ウソとはいえ、片垣くんと付き合ってるような感じになっているんだよ。今だって、こうして、二人で一緒に過ごしてるんだよ?」

「まあ、それは……。後、今野宮さんにとっては、僕と別れたことになると、神前さんがまた迫ってくるかもしれないんだよね?」

「うん。だから、やっぱり、今後どうするかちゃんと決めないとダメだよね」

 口にする今野宮は、ぼんやりと紙コップの方を見ていた。僕に付き合ってるフリをさせてることに対して、申し訳なさを抱いてるみたいだ。

「一回、それぞれ考えてみる?」

「それぞれって、ひとりで考えてみるってことかな?」

「そう。その後、また、会って、お互い思いついたことを話し合ってみるとか」

「そうだね。ひとりで考えた方がいいアイデアとか浮かんできそうかな」

「とりあえずは、僕や今野宮さん、そして、神前さんの今後が極力マイナスにならなそうな案を持ち寄ってみるってことで」

「極力っていうのは、できればってことだよね?」

「できれば、ね」

「ごめんね、片垣くん」

「何が?」

「こういうことに巻き込んだりして」

「別に気にしなくても。というより、もう、しょうがないというか、何というか、もう、いいやって気持ちだけど」

「神前さんのことは諦めたのかな?」

「神前さんには、自分の気持ちだけは伝えたいから、完全には諦めてない。まあ、今野宮さんと付き合ってると思われてる今の状態は無理だけど」

「難しいね」

 今野宮は言うなり、笑みをこぼした。まるで、僕のことを小馬鹿にしてるようだ。けど、怒りは湧かず、むしろ、今野宮のことが心配になった。

「今野宮さんは」

「何かな?」

「僕と一緒にいて、嫌じゃない?」

「何でかな?」

「だって、好きだったとはいえ、一度フッた相手だから」

「そうだね。でも、わたしは諦めてないから、平気だよ」

「平気なんだ……」

「おかしいかな?」

「おかしいというより、メンタル強いなって思う」

「それは褒め言葉かな?」

「どっちかと言えば」

「嬉しいな」

 今野宮は頬を赤くした。照れたようだ。

 僕は彼女の顔を目にしつつ、フライドポテトを摘んで食べる。

 店を出たのは、学校とかのたわいない話を十分ぐらいした後だった。

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