第6話 泣くのはズルい気がする。

 しばらくして、今野宮の手が外され、僕はようやく息をすることができた。

「ちょ、今野宮さん。今のって、冗談、じゃないよね?」

「謝っても、許してくれないよね?」

「いや、その、謝られても、神前さんに誤解を解かないと……」

「その時は、何て説明するのかな」

「それは、僕は今野宮さんの告白を断っただけで、付き合ってもいないですって……」

「それは、わたしはやりたくないかな」

「ちょっと、それはあまりにも、我がまま過ぎるって」

「だって、神前さん。ああしないと、わたしのこと、諦めてくれなさそうだったんだよ」

 今野宮は近くの手すりに寄りかかると、そのまましゃがみ込んでしまった。

「神前さんに告白された時、わたし、すぐに断ったんだよ。本当は」

「そうだったの?」

「うん。でも、神前さんは諦めてくれなかった。だから、返事を一旦保留にしてもらったんだよ。だから、今度こそは、ちゃんと断ろうと思った。でも、神前さん、片垣くんのことをわたしの彼氏と誤解してくれて、それなら、わたしを諦めてくれそうだった。だから、その場の勢いで、片垣くんと付き合ってるって、ウソついちゃった……」

 今野宮は申し訳なさそうな調子で言うと、両腕に顔を埋めてしまった。

 どうやら、神前が諦めてくれるために、とっさに僕と付き合ってるとしてしまったらしい。

 僕からしたら、とんでもないウソをつかれてしまった。

 好意を寄せていた神前と付き合うどころか、告白する機会すら逸してしまった気がする。

 だが、僕は今野宮に文句を発しようとは思わなかった。

 今野宮は泣いているようだった。

 理由は、しゃがんでいる膝から流れてくる涙があったからだ。顔を埋めている両腕から滴り落ちているのだろう。

 僕は頭を掻きつつ、どうしようかと悩む。

「今野宮さん」

 僕が呼びかけると、彼女は瞳を手で擦りつつ、顔を上げてくれた。

「何、片垣くん?」

「とりあえず、今後のことについて、後で話した方がいいと思う」

「そうだね」

 今野宮は立ち上がると、すぐに僕へ頭を下げた。

「変なことに巻き込んだみたいで、ごめんね」

「起きたことはしょうがないから」

「優しいんだね。やっぱり、片垣くんは」

 今野宮は表情を綻ばすと、近くの手すりに寄りかかった。

「神前さん、怖かった」

「そう、だね」

「もしかしたら、神前さん。諦めてないかも」

「だよね」

「片垣くんもそう思う?」

「だって、僕は口を塞がれてたし……」

「そうだね。あれで、信じてくださいと言っても、無理矢理過ぎるよね」

「あれで信じる方がどうかしてると思う」

「うん」

 今野宮のうなずきがあった後、お互い静かになってしまう。

 恋人同士でなく、フッた者とフラれた者という関係は気まずい。

 先に口を開いたのは、今野宮だった。

「一旦、放課後に話してもいいかな?」

「今後のこと?」

「うん。今はちょっと、頭がまだ混乱してたりするから。といっても、自分が招いたようなものなんだけどね」

「まあ、それは……」

 僕がどう言葉を投げかければいいか困っていると、今野宮は先に階段を何段か下りていく。

「とりあえずは、今日はわたしの恋人のフリっぽいことをしてもらってもいいかな?」

「神前さんにバレないように?」

「本当は、そのままずっと、本物の恋人同士でいたいかな」

「いや、それは……」

「わかってるよ。片垣くんは神前さんが好きなんだよね」

 階段の途中で足を止め、振り返ってくる今野宮。笑みを浮かべ、内心、僕のことはまだ諦めきれていないようだった。

 僕は今野宮の言葉に対して、「そうだね」という返事しかできなかった。

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