第5話 一度ついたウソは簡単にやめることはできない気がする。
翌日の昼休み。
僕は屋上に繋がるガラス扉の前に立っていた。
先には下っていく階段があり、踊り場を挟んで、校舎四階に続いている。下からは生徒らの声が聞こえ、まだチャイムが鳴っていないのだろうと思うことができた。
「本当に来てくれたんだね」
そばにいた今野宮が僕の方へ顔を覗かせてくる。フッた女子がとなりにいるなど、変な状況だ。
「その、ここにいても、いなくても、いいことはないから……」
「そうかもしれないね。だけど、神前さんに自分の気持ちを伝えられるチャンスだと思うよ」
「玉砕覚悟だけど」
「まあまあ。そういうのは気にしないでいた方がいいよ」
「今野宮さんはメンタル強いね」
「そうかな? これでも、気持ち的には、片垣くんにフラれて、けっこう傷ついているんだよ」
「だったら、僕とまた、こうして、同じ場にいるようなことをしないと思うけど」
「これとそれとは別だよ」
今野宮は笑みを浮かべると、誰もいない下にある踊り場の方へ視線を動かす。
「神前さん、来るかな」
「逆に来ないことってあるの?」
「もしかしたら、あるかもしれないよ」
「そしたら?」
「うーん。その時はその時かな」
答える今野宮は、現在の状況を楽しんでいるかのようだった。僕が一緒にいてほしいのは、てっきり、神前に断る勇気を後押ししてほしいのかと思った。彼女の様子を見ている限りは、僕がいなくても、大丈夫なような。
「あっ、来たよ」
「えっ?」
気づけば、僕は今野宮の声に対して、顔を動かしていた。
神前は階段の先にある踊り場に現れていた。
大人びた顔つきとすらりとした背丈。後ろの艶がある長髪は昇ってきたばかりなのか、わずかに揺れていた。
僕は急に緊張が迸り、思わず、唾を飲み込んだ。
彼女は僕と今野宮の方を見た後、階段を上がってくる。
「片垣くん?」
神前の問いかけは、僕がいることを聞いてないかのようだった。
「片垣くんはわたしが呼んだよ」
「今野宮さんが?」
「うん」
うなずく今野宮。
一方で、神前は階段を昇り切るなり、僕と目を合わせてきた。
「片垣くんは、今野宮さんとどういう関係なのかしら?」
「その、どういう関係と言ったらいいのやら……」
「そこはわたしが説明するよ」
今野宮の言葉に、僕は、「いや、ちょっと、それは……」とか細い声をこぼす。
だが、本人は耳に入らなかったらしい。
「片垣くんは、わたしの好きな人」
「好きな人?」
「うん。神前さんがわたしのことを好きなように、わたしは片垣くんが好きっていう意味だよ」
今野宮は躊躇せずに口にすると、おもむろにため息をついた。
続けて、今野宮は頭を下げる。
「だから、その、ごめんなさい」
その時、僕は怖くて、神前の表情がどうなっているのか、目を逸らしていた。
「そう、なの」
ただ短く声をこぼした神前は、どこか素っ気ない感じがした。
「そうよね。誰だって、好きな男子ぐらい、いてもおかしくないわよね」
「ごめんなさい」
「いいのよ。まさか、今野宮さんに彼氏がいるなんて、思わなかったわ」
「えっ?」
神前の反応に、僕は驚いてしまう。
「あのう、僕はその……」
「そ、そうなんだよ。わたしたち、付き合ってるんだよ」
今野宮は言うなり、唐突に僕の片腕へ抱きついてきた。
「えっ、ちょっと、今野宮さん!」
「だけど、まだ付き合って日が浅いから、まだ、お互いに下の名前を呼んだりとか、慣れてないんだよね?」
「だから、その」
僕は続けて喋ろうとしたが、今野宮に手で口元を塞がれてしまった。
当然というべきか、神前が訝しげな顔をする。
「何だか、片垣くんが何か言いたそうな感じがするのだけれど?」
「気、気のせいだよ。その、片垣くん、わたしと付き合ってることを話すの、神前さんが初めてだから、その、照れてるだけだよ」
「それなら、いいのだけれど」
神前はどこか納得がいかない表情だ。
当たり前だ。
僕は今野宮と付き合っていない。というより、告白を断ったはずだ。なのに、話は変な方向に転がり始めようとしている。
「とりあえず、わかったわ」
神前は口にするなり、僕と目を合わせてきた。
「ということで、片垣くん。今野宮さんを悲しませることはしないよう、願っているから」
見つめてくる神前の眼差しは、鋭く、僕を自然とうなずかせてしまうほどだった。何も反応しなかったら、付き合ってるウソがばれるどころの問題じゃない気がするぐらい。
僕にとって、初めて感じた、神前の恐ろしさだ。
神前は最後に、僕の方を不審げに見やった後、階段を下りていった。
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