第3話 気まずい雰囲気を簡単になくす方法があれば、教えてもらいたい。

「それで、話は戻るけど」

「神前さんのこと?」

「うん。わたし、どう返事すればいいかな……」

「僕にその、フラれたことはもう、いいんだ……」

「それはそれで、多少は傷ついてるよ。玉砕覚悟とはいえ、死ぬのが怖くないっていうわけじゃないもん」

「別に、死ぬわけじゃ……」

「単なる例えだよ」

 今野宮は頬を膨らませた。

「そんなんじゃ、神前さんなんかと絶対に付き合えないよ」

「絶対か……」

「だいたい、当の神前さんは、わたしのことが好きなんだから」

「そうでした……」

「やっぱり、ちゃんと断るべきかな……」

 今野宮は中身が残るコーヒーカップの縁を指でなぞりつつ、ぽつりと言った。

「片垣くん」

「何?」

「明日、一緒についてきてくれないかな」

「一緒にって、どこへ?」

「神前さんのところ」

「えっ? それって……」

「うん。神前さんへの返事。断るのに、ひとりはちょっとね」

「待って待って」

 僕は慌てて、今野宮の声を制した。

「僕がいると、かえって面倒なことになるんじゃ」

「何で?」

「何でって、というより、まさかだけど、神前さんに僕のことを言うんじゃないよね?」

「言うよ? 告白したけど、あっさりフラれましたって」

「いやいや、それはまずいよ」

 僕は思わず立ち上がり、今野宮へ前のめりになってしまった。丁度そばを横切ろうとした女性店員が足を止めるぐらいだ。僕は見るなり、頭を軽く下げるなり、深く座り込んだ。相手の女性店員は不思議そうな顔をしたものの、立ち去っていった。

「すごい驚きようだね」

「当たり前だよ」

「神前さんが怖い?」

「怖いとかじゃなくて」

 僕は一旦間を置くと、アイスコーヒーを飲み干した。

「普通に気まずい」

「気まずいか……」

 今野宮はコーヒーカップを両手で持つと、店内の天井の方へ視線を向けた。

「でも、今の場も気まずいと思うかな」

「それは、まあ、うん」

「自覚はあるんだね」

 今野宮は言うなり、肩肘をつき、僕の方をじっと見つめてくる。

「まあ、ここはフラれた側が大人しく去る方だよね。普通」

「べ、別に、僕は今野宮さんと早く話を終わらせて帰りたいとか思ってるわけじゃなくて」

「それが本音なんだ」

「いや、その、別に……」

「いいよいいよ、そう取り繕わなくても。好きでもない女の子の話を聞いてるなんて、退屈だもんね」

「その、ごめんなさい」

 僕は頭を下げた。今の場でもう、何回目だろうか。

「謝られることは、もう飽きました」

「それじゃあ、僕はどうしたら」

「そうだね、神前さんのところにわたしと一緒に来てもらうなら、それで許してもいいよ」

「それは、今野宮さんは許してくれるけど、神前さんに別の意味で許してもらえないことが起きそうな……」

「その時はその時だね」

「僕のこと、心配してないよね、その様子は」

「何言ってるの? これでも、片垣くんが好きで告白したけど、あっさりフラれてしまった悲しい女の子だよ?」

「そこまで自分のことを言うと、僕としては色々な意味ですごいなあと思う」

「褒めても、何もあげないよ」

 今野宮は言うなり、横にある学校の鞄からスマホを取り出した。

「とりあえず、SNSのアカウント、交換しよう」

「えっ?」

「ほら、片垣くんも自分のスマホ出して。もしかして、持ってないの?」

 スマホ片手に、僕の方を覗き込んでくる今野宮。

 僕としては、今野宮の行動に対して、理解が追いつかなかった。

「僕なんかのアカウントを知って、どうするわけ?」

「どうするって、ただ、たわいもないやり取りをするだけだよ?」

「でも、僕はほら、今野宮さんをフッたわけだし……」

「そういうのは、気にしない」

「気にしないって」

「とりあえず、わたしは、片垣くんにフラれました。ただ、それだけのことだよ」

 今野宮は言うなり、勝手に僕のスマホを手に取った。色々といじり、SNSのアプリを立ち上げる。彼女は自分が持つスマホの方も見つつ、アカウントの交換を行っていた。

「これでいつでも、片垣くんと連絡が取れるようになったよ」

「その、どうも」

「お礼はいいよ。というより、勝手にわたしがしただけだから」

 今野宮は片手を振りつつ、もう一方の手でスマホをいじる。と、僕のスマホが震え、見てみると、SNSの新着通知があった。

 開いてみると、「美優里」というアカウントから、熊のキャラクターでメッセージがあった。セリフに「よろー」とある。

「片垣くんって、スタンプとか何使ってるのかな」

「スタンプ? ああ、こういう、絵の?」

「そう。わたし、色々使ったりするから、何かおススメのとかないかなって」

「特に、そういうのは」

「そうなんだ。スタンプ使うの、けっこう手軽だし楽しいよ?」

「なら、今度使ってみる」

「その言い方は多分、使わないね」

 今野宮は言うなり、スマホを学校の鞄にしまった。

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