第2話 誰かを好きになるきっかけは些細なことかもしれない。
「告白って、えっ、その、今野宮さんが神前さんに告白されたってこと?」
「うん。はじめは驚いたけど、神前さん、本気だった」
「返事は?」
「とりあえず、今は保留中かな」
今野宮は頬を掻きつつ、戸惑ったような表情を浮かべた。
「だから、困ってるんだよね」
「もしかして、今日、僕に会ったのって……」
「まあ、あれかな。そのことで、実際、神前さんのことを好きで、わたしが好きな片垣くんに相談してみようかなと。ついでに、自分の気持ちを伝えようかなって……。でも、それはあえなく失敗に終わったけど」
今野宮は言うなり、笑みを浮かべた後、ホットコーヒーを口に運んだ。
僕はミルクとシロップをアイスコーヒーに入れ、それを飲む。
さて、僕はどうすればいいのだろう。
というより、今の場で色々とありすぎて、頭の整理ができていない。
今野宮が僕を好きだったこと。
そして、神前が今野宮に告白してきたこと。
「三角関係?」
「そう、三角関係なんだよね。わたしや片垣くん、加えて、神前さんとで」
「何だか、僕がその三角関係にいること自体、不思議な気分」
「だよね。突然、こんなこと言われたら、誰だって戸惑うよね」
今野宮はコーヒーカップを持とうとしたところで、器に戻した。
「一番は、神前さんがわたしに告白してきたこと」
「それは、僕にとって、驚きしかないんだけど……」
「驚きというより、何でわたしなんだろうって、思ったかな」
「それは、僕が今野宮さんに対して、何で僕なんだろうという気持ちと同じだけど」
「知りたいよね。わたしが片垣くんを好きになった理由」
今野宮は両肘を突くなり、手のひらに顔を乗せて口にした。フラれた相手に対して、好きだった理由を言いたそうな様子に、僕は奇妙に感じた。自分が神前にフラれたら、そんな心の余裕などない。今野宮は僕よりメンタルが強いのかもしれない。
「何だろうね。徐々に惚れていった感じかな」
「徐々にって、はじめは?」
「まあ、大人しいって印象かな」
答える今野宮に対して、僕は納得できるものがあった。なぜなら、僕は他の男子と違い、休み時間とかは本を読んで過ごす方だからだ。自分で言うのも変だけど、文学青年、いや、気取りな高校生だろう。
「そうなんだ」
「だけど、見てる内に何だか、大人だなあって思うようになってきて」
「大人か……」
「見た目の印象だけはね。でも、ほら、前に、沼田くんに本を奪われた時あったじゃない」
「あれか」
確か、ドストエフスキーの「罪と罰」だった。実は細かい記憶が僕にない。覚えてるのは、頭に血が上って、沼田に突っかかったことぐらいだった。
「あの時は大変だったよね。喧嘩沙汰になって、後で先生が駆けつけてきて。それで、片垣くんは保健室で、ケガの手当をしたっけ」
「僕って、ケガしてた?」
「してたよ。あれ? そのこと、覚えてないの?」
「多分、本を奪われたことで苛立ってて、あんまり……」
「あれだね。何だろう、アレドナリン?」
「アドレナリンじゃない? 興奮すると、ケガの痛さとか、忘れる」
「そうそう。詳しいね、片垣くん」
「いや、その、ネットとかでたまたま知っただけだから」
「まあまあ。そう、謙遜しない。で、わたしが片垣くんを保健室に付き添って」
「えっ? 一緒に来てくれたのって、今野宮さんだったの?」
「そこも忘れてたんだ……」
「ごめん、その、本を奪われたことで本当に腹が立って」
「何だか、片垣くんらしいね」
「らしいねって、こうして向かい合って話したのって、初めてじゃ……」
「初めてじゃないよ。保健室以来だから、二度目だよ」
今野宮は頬を膨らませると、両腕を組み、不満そうな表情を浮かべた。
「ごめん」
「謝って済むなら、警察はいらないよ」
「いや、警察が出てくるようなことじゃないんだけど……」
「わたしにとっては、それぐらいのことだよ」
「はい……」
僕はただ、首を縦に振るしかなかった。
見れば、今野宮が吹き出していた。
「片垣くんって、優しいね」
「それって、褒めてる?」
「褒めてるよ」
「なら、いいんだけど……」
「で、話を戻したいんだけど、いいかな?」
「どうぞ」
「その、保健室で、本を奪われたことがいかに悔しかったのかを、わたしに延々と話してくれたんだよね」
「そ、そうなの?」
「普通の女の子だったら、ああいうのを聞かされたら、ドン引きだよね」
「ごめんなさい」
僕は即座に再び、頭を下げた。
今野宮は先ほどと同じように、「顔、上げて」と口にする。
「『普通の女の子だったら』ね」
「違うの?」
「わたしには、文学とか、そういうのはわからないけど、その時、片垣くんのこと、すごいなと思った」
「何で?」
「だって、そう、熱中するようなことがあるのって、かっこいいじゃない?」
今野宮の言葉に、僕はどう反応すればいいか、困った。前には普通の女の子だったら、ドン引きだとか言っていたのに、急に褒められたのだ。どうすればいいかわからなくなるのは仕方ない。
とりあえず、指で頬を掻いた後、気を紛らわそうと、アイスコーヒーを飲んだ。シロップの甘さがより強く感じられた。
「その時が、片垣くんのことを好きになってきたきっかけかな」
「それは、その、どうも」
「いえいえ」
今野宮は突き出した手のひらを横に振りつつ、声をこぼす。
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