7.トライ

 あちこちで剣を切り結ぶ金属音が響く。

 さすがに九本すべてをコントロールすることは難しいのだろう、これまでよりも殺気を感じて、私はなんなく反射攻撃を発動させる。まずは一本、切断。切断面から、黒いタールのような液体があふれ出す。

 シャロンは『膜』を展開させて、ペルルコンを守っている。

 西の『開く者』は動かない。そばに『楔の竜』を従えて、静かに私たちの戦いを見守っている。

 ブルーノたちも次々とレーンの腕を切り落としていく。あたりは真っ黒な液体で濡れそぼっている。いつしかレーンの白い服は、黒いまだら模様に染まっていた。

 九本目をヴァンペルトが惚れ惚れするくらい見事な剣さばきで切り落とした。

 残るは、左右の腕だけになった。

 でも、レーン自身はほとんどダメージは受けていないように見える。大きく息をつくと、髪をかきあげて、西の『開く者』を見た。

「ねぇ、君。どうだい、僕と一緒に君がいた世界に帰らないかい?」

「黙れ、下郎。我は貴様ごときがたやすく口をきける相手ではないぞ」

「やれやれ。どうも僕はとことん女運が悪いみたいだな」

 レーンは落ちている剣を拾うと、ゆっくりとこちらに向き直った。

「じゃあ、エレ。最後に僕の相手をしてくれるかい?」

 私は剣を構える。

 背中の傷がずきずきと痛む。

 でも、表情は変えない。

 目を閉じる。

 かすかにレーンの殺気を感じる。

 よし。

「レーン、あなたが倒れる前に私の秘密を教えてあげる」

 目を開けて、間合いを取る。

「私には苦手なものが三つある。一つ目は、こっちではクルッコっていうんだっけ。あれがどうしても食べられない。二つ目は鳥。鳥の体のあの生暖かくて柔らかい感じが嫌いなの。三つ目はね、レーン」

 私は一気に間合いを詰める。

「あなたみたいな」

 殺気。

 切っ先を読む。

「高慢で」

 右。

「救いようのない」

 左下。

「下種の優男が」

 また右。

「私は」

 ガン。剣が交わる。

「昔っから」

 ガンッ。

「大っ嫌いなのよ!」 

 ガキッ。

 私の剣がレーンの剣を右手の親指ごと吹き飛ばした。

 レーンは憎しみのこもった笑みを浮かべて、膝をつく。

 そのレーンの背後から黒い闇が襲いかかった。

 パメルがレーンの体に抱きついている。

 パメルの目は正気に戻っている。

 レーンを道連れに、闇に取り込まれるつもりだ。

 レーンの顔が苦痛にゆがんだ。

 だめだ。

 でも、どうやってレーンだけを仕留めればいい。

 パメルと視線があった。唇が動く。

 ――あ・り・が・と・う

 待って。

 届かないとわかっていても、思わず手を伸ばした。

 そのとき、レーンのいる床から無数の真っ赤な針が伸びて、レーンの体を貫いた。

 いつの間にか、私のすぐうしろにシャロンに支えられたペルルコンが立っていた。

 ペルルコンの魔法だった。

 床に転がっている国王の死体の血を変形させたんだ。

 レーンの手から剣が離れ、床に落ちた。

 自らの血と、父親の血を体中から流しながら、それでもレーンは立っている。その体は赤と黒に染まっている。

「やっぱり、最後は君か。ペル」

「レーン」

「今まで、楽しかったよ。さあ、派手にやってくれ」

 レーンを貫いた長い針が震え、彼の体をばらばらに切り裂いた。

 返り血を浴びて倒れ込むパメルをヴァンペルトが受け止める。

 パメルの額にペルルコンがそっと手を乗せた。

「彼女の『闇』は私が押さえます。エレさんは扉を。あまり長くは存在しません」

 レーンのいた場所に、バイロンから受け取った鍵が落ちている。それを拾い、『理の扉』の前に立った。

 私は数メートル離れた場所にいる西の『開く者』を見た。

「我に遠慮をする必要はない。我の向かう道も、そこもとと同じほうを向いておる。それに、我はこの世界が気に入っておるのだ。当分、向こうに戻るつもりはない」

 外見は十歳くらいの女の子だけど、どうやら中身は違うみたいだ。

「わかったわ」

 とはいえ、これからどうすればいいんだろう。

 そう思ったとき、耳元でバイロンの声が聞こえた。

 ――『開く者』よ。汝の欲するがままを唱え、扉をあけよ。

 たぶんペルルコンがやったんだろう。いつの間にか翼を貫いていた槍はなくなっていて、バイロンは少し離れた場所にたたずんでいた。

 ――バイロン。本当にそれだけでいいの?

 ――そうだ。それだけでいい。

 私はペルルコンを見た。

「エレさんの望むようにしてください」

 ヴァンペルトに抱きかかえられたパメルは、穏やかな顔で眠っている。

 みんなが見守る中、私はまだ迷っていた。

 この世界を女性だけの世界に戻す。

 それで本当にいいのか。

 自分にそんなことをする資格があるのか。

 さっきの『冠』の国王の言葉がよみがえる。

 ――それは貴様ごときが決めることではない。

 私はこれまで何度も考えてきた。

 考えない日はなかった。

 そして、どうしても思い切ることができなかった。

 今でもまだ信じられない。

 本当に世界の仕組みを変えてしまうことができるなんて。

 私の世界では、いったん出来上がってしまったシステムはそう簡単に変えることはできない。それは私たちの、人間の持つ素晴らしい資質であると同時に、とても愚かな一面を証明するものでもあった。

 人間はこれまで何度も自分たちが作り上げたシステムに殺されてきた。システムを構成する人間一人ひとりは悪くなくても、いったんシステムに取り込まれてしまうと、人は簡単に愚かになった。

 そうやって私たちは何度も間違ってきた。

 システムには抗えない。

 それを証明するような歴史的事実を私は数え切れないほど知っているし、そんな物語を私はこれまで何度も読んできた。

 でも、この世界ではシステムを変えることができる。

 私の思い通りに。

 たくさんある可能性の一つだから?

 理由はわからないけど、もしそんなことができるのなら、やってみたい。

 やってみてもいいよね。

 この世界を本来の姿に戻す。そのために私たちはここまで来た。

 決めた。

 やっぱり私は別の選択肢を選ぶことにする。

 それが、これまでずっと考えてきた私なりの答えだった。

 そのことをみんなに伝えた。

 ――可能だ。

 バイロンは答えた。

 ペルルコンはうなずいた。

「試してみる価値はあると思います。たぶん、妃殿下や宰相たちもわかってくれると思います」

「それがエレさんの出した答えなら」

「エレ殿が決めたことなら大丈夫」

 アクセルとブルーノがいった。

「自分を信じて」

 ヴァンペルトがいった。 

 西の『開く者』が私を見上げた。

「やってみればいい。間違えたら、またやり直せばいいだけだ」

「エレ。扉を開いてください」

 シャロンはいった。

 うん。

「わかった。じゃあ、そろそろ行きます」

 パメルを抱きかかえているヴァンペルトのそばにひざまずいて、私は両腕を二人の背中に回した。

「アリス。今まで本当にありがとう」

「お元気で」

 抱擁を解くと、私はシャロンに向きなおった。

 シャロンの実態化が切れかかっている。彼女の体がかすかに透き通ってきた。

「シャロンには二度も命を救ってもらったね」

「二度?」

「ああ、そうか。ううん、なんでもないの。ごめんね、シャロン。大好きよ」

「私もです、エレ」

 最後に、バイロンに話しかけた。 

「じゃあね、バイロン。それと、西の『楔の竜』さん、来てくれてありがとう」 

 ――気にするな。それがワタシたちの務めだ。

 西の『楔の竜』がいった。

 ――フン、最初はどうなることかと思ったが、なかなか見事だったぞ。

 最後まで偉そうなバイロンに、苦笑しながらうなずいた。

 そして、もう一度みんなを見た。

 なんとなく、別れの言葉はいいたくなかった。

 だからほんの少しだけみんなに手を振って、くるりと背を向けた。

 そして私は扉を開いた。

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