6.復活
「なるほど。強力な殺気をトリガーにした『遺言』か」
シャロンが小声で詠唱すると、レーンの剣が砂となってさらさらと崩れ落ちた。
「あーあ。これ、なかなかの業物だったんだよ。もったいない」
柄の部分をほおり投げると、レーンは間合いを取るために数歩退いた。
「やっぱり君は気づいてたんだね」
「はい。でも、同時にそれはレーンさんも私が気付いたということに気が付くことを意味しました」
「それはそれは。過分な評価をいただいたものだ」
レーンの皮肉を無視して、シャロンは続けた。
「だから私は自分でその記憶を封じました。そして、指輪に『遺言』の魔法をかけて、私が死んだらエレさんの手に渡るようにしました」
私の左手の指輪はなくなっていて、足元には粉々に砕け散った魔力結晶が落ちていた。
「エリックから受け取ってくれたんですね」
「うん」
「よかった」
ようやく呼吸が落ち着いてきた私は、立ち上がってシャロンのそばに歩み寄った。
「エレ、マスター、お久しぶりです……で、いいんですよね」
「シャロン、あなたは……」
「もう、私は死んでいるんですよね」
一瞬、私は言葉に詰まった。
「いいんです。そうじゃなければ、この魔法は発動しませんから。それに、今の私は、私の意識が一時的に実体化したものに過ぎません。私たちは『残留思念』と呼んでいます。ちゃんと翻訳できてるかしら」
「うん、大丈夫。通じてる」
「『残留思念』を封じ込めて、ある条件下で発動させる魔法が『遺言』です。でも、細かな説明はあとにしましょう。今はまず――」
「あいつを止める」
レーンは数歩先で不敵に笑みを浮かべている。
ちらっと、シャロンはペルルコンを見た。
「マスタ―、じっとしててくださいね。ひどい状態です」
ペルルコンがうめいた。
「す、すみません、シャロン……竜の加護を」
シャロンは、ペルのその言葉の言外の意味に気付いたみたいだ。かすかにうなずいて、視線をレーンに戻した。
「エレさん、ここはもしかして、ヴィーレキッサですか?」
「そうよ」
「なるほど。じゃあまずは、レーンさんの『生体結線』を切ります」
シャロンの眼が半眼になり、口の中で呪文を唱え始めた。
レーンは首を振る。
「残念だけどシャロン、今の君にそんな力はないよ。それぐらいわかって――」
バチン、と何かが弾ける音とともに、レーンがよろめく。と同時に床の亀裂のひとつから黒いタールのようなものが吹き出した。たぶん、『生体結線』がひとつ切れた。
「あと九本」
挑むようにシャロンが笑みを浮かべる。この子、こんな表情もできるんだ。
「どういうことだ。実態を保ってるだけでやっとのはずなのに。どこから魔力の供給を……」
はっ、と何かに気付き、レーンは空を振り仰いだ。
背後の上空に一頭の大型竜が滞空している。
「西の『楔の竜』……。間に合ったのか」
これが私たちの切り札だった。
西の竜はゆっくりと高度を下げている。竜の背には二人の女性が乗っていた。そして、竜はその口に大きな魔力結晶を咥えていた。結晶は陽の光を受けてきらきらと輝いている。
「なるほど、あの魔力結晶からペルルコンを経由して、君に魔力が供給されているということか。まったく。君たちは本当に楽しませてくれるよ」
くくくと笑いながら体をかがめたレーンが、やがて苦しそうに呻きだす。背中がぼこぼこと盛り上がり、服を破って何本もの腕が背中から勢いよく突き出してきた。そのうち二本の腕が床に落ちていた王位継承者たちの剣を拾うと、私とシャロンめがけて襲いかかる。
殺気がない。
私はかろうじて一本の剣をかわす。とっさにシャロンが『膜』を展開する。その直前に到達したもう一本の剣の切っ先が、シャロンをかばった私の背中を切りつけた。
「エレ!」
「大丈夫、浅い」
間髪を入れず、レーンの背中から出た四本の腕に握られた四つの剣が、文字通り四方から襲いかかってくる。
だめだ。
たぶん向こうも魔法補正をかけているから、急造の『膜』だけでは防ぎきれないだろう。
せめて剣さえあれば。
私がシャロンをかばおうと身構えたとき、私たちの背後から躍り出た三つの人影がレーンの剣を弾いた。
「遅くなりましたっ」
クララだ。私のほうの二本の剣を防いだのはクララとアクセルで、シャロンのほうの二本はブルーノが両手に持った剣で防いでいた。
「シャロン!」
アクセルが驚いている。当然だ。
「アクセル、彼女は――」
「『遺言』を発動させました。私は一年前の『残留思念』です」
「そうか……。でも、もう一度会えてうれしいよ」
「ありがとう。アクセル」
シャロンは寂しそうに笑った。
「それにしても、まさかレーン殿が……」
ブルーノがつぶやく。
「彼は『冠』の七番目の王位継承者よ。いえ、今は一番目になっちゃったわね」
「だからさぁ」
剣を持った四本の腕をもとの長さに戻して、レーンは首を振る。
「僕はそういうの、興味ないっていってるじゃ――」
そのとき、レーンの背後に西の『楔の竜』が降り立った。
まるで条件反射のように、レーンの背中からの腕が伸び、『楔の竜』めがけて剣をふるう。たぶん『楔の竜』が咥えている立派な魔力結晶を狙ったんだろう。
それをヴァンペルトが弾き返した。
西の『楔の竜』には、ヴァンペルトと、西の地から来た『開く者』が乗っていた。西の『開く者』はどう見ても小学生くらいにしか見えない。もちろん、中身の年齢はわからないけど。
「アリス!」
私はヴァンペルトと視線を交わした。たぶん上空からこちらの状況は把握できているだろう。私たちはうなずき合った。
「あーあ。結局、勢ぞろいしちゃったか。せっかく計画を前倒しして、ヴァンペルトが戻ってくる前に事を終わらせちゃおうと思ってたのに」
言葉とは裏腹に、レーンはどこか嬉しそうだった。今では、背中から九本の腕が生え、剣を求めてうごめいている。まるでそれぞれに意識があるみたいだ。
「ううう。何ですかあれ、気持ち悪い」
クララがつぶやく。
「ちょっと失礼します」
アクセルが私の背中の傷を確認する。さりげなく、ブルーノが私をかばう位置に移動する。
「大丈夫よ」
「それほど深くはありませんけど。無理しないでください」
「うん。ありがとう」
「エレ殿、やつの狙いは何なんです」
ブルーノの問いに私は答えた。
「私の世界に逃げ込むこと。それが彼の狙いよ」
「こんな男を連れて帰っちゃだめですよ。はい、エレさん」
クララが私に剣を手渡す。
レーンの腕にもすべて剣が握られた。
「じゃあ、みんな。いくよ」
ヴオン、という音とともに、長く伸びた九本の腕がいっせいに襲いかかってきた。
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