3.虜囚
私たちは『冠』の騎士たちに囲まれて、王城ヴィーレキッサに到着した。
「お前たちはここまでだ」
騎士の一人がブルーノ、アクセル、クララを押しとどめた。騎士たちは、三人をひとつの部屋に入れ、外から大きな閂をかけた。
「言うとおりにしていただければ、彼らに手出しはしません」
「わかったわ」
私は騎士にうなずいた。
騎士たちに促され、私とペルルコンは城の奥深くへと進んだ。
城の中はいい知れない暗い雰囲気で満たされていた。
何が私にそう感じさせるのか、最初はわからなかったけど、しばらく城の中を進んでいくうちにはっきりと感じ取ることができた。
私の耳元で、誰かのささやく声がしている。
はっきりとした言葉として聞き取れないくらい、かすかな声だったけれど、それは確実に私の耳に届いていた。この聞こえ方は、『開く者』だ。パメルじゃない。しかも複数いる感じだ。この城の中に、何人かの『開く者』がいて、私に向かって話しかけようとしている。
私はそのことをペルルコンに小声で伝えようとした。
「ペル――」
私がいい終わる前に、ペルルコンはうなずいた。
「エレさんには聞こえているはずです」
「これって、もしかして……」
「そ、そうです」
「ここにいるの?」
再びペルルコンはうなずく。
「ちょっと。私、聞いてないわよ」
「最近入ってきた情報です。確認もとれていませんです。そ、それに……」
いいよどむペルルコンに、私は視線で促す。
「ちゅ、中途半端な方法で召喚を繰り返している、と」
「どういうこと?」
「召喚魔法が中途半端だと、完全な状態でこちらの世界には来れません。場合によっては器ごと壊してしまうことも……」
なるほど。聞かなければよかった。
「でも、彼らはあまり『開く者』を重要視していなかったんじゃないの」
「どうやら方針を変えたようです。たぶん――」
「待って」
ペルルコンの言葉を私は遮った。耳元にはっきりと声が響いたからだ。
――タ、ス、ケ、テ。
助けて。
私の耳がそう認識したとき、通路の向こう側から黒い影が私たちのほうへ走り込んできた。その後ろを軽装の騎士が二人、追いかけてくる。騎士の一人が放った矢が、走り込んできた人物の背中を射抜いた。その人は無言で私たちの目の前に倒れ込んだ。
追いついてきた二人の騎士がしゃがみ込み、倒れた『開く者』を立たせた。長い髪の女性だった。ボロボロの服を着ている。そして、彼女の体の半分以上は、闇に覆われていた。しかも、その闇は彼女の体じゅうをうごめいている。闇が動くたび、彼女は苦痛に顔をゆがめた。彼女が顔を上げてこちらを見た。その瞳は真っ暗だった。
二人の騎士は『開く者』の体を左右から支えて、その体を引きずるようにして去っていった。
私たちを連行している騎士たちもたじろいでいるのがわかる。やがて、『開く者』たちの姿が見えなくなると、再び私たちは歩くよう命じられた。
「エレさん」
ペルルコンが私に小声で話しかける。
「わかっていると思いますが、もし危なくなったら、一人だけで逃げてください。あなただけなら何とかなるでしょう」
私はにやっと笑った。
「柄にもないこといわないでよ、ペル。あのレーンがみすみす捕まったままでいるなんて考えられないわ」
「ええ。そ、そうですね」
ペルルコンは気弱に笑った。
「ごめんなさい。完全に私のミスだわ」
「いいえ。それはどうだかわかりません」
「でも、たぶんあのヘルミという女主人が城に知らせたんじゃ……」
「いえ。それにしてはあまりにも動きが早すぎます。これはもっと前から準備されていた計画のように思えるんです」
「でも……そうだとすると、いったいどうやって」
「そ、それは、わかりかねますが……」
ペルルコンは口ごもった。
「とにかく、エレさんはご自分を責める必要はありません」
「でもやっぱり、うかつだった。『開く者』の本当の力は私が一番よく知っているはずなのに」
「そ、それに、まだ決着はついていません」
「うん」
「私たちにはまだ、切り札があります」
「間に合えば、だけどね」
迷路のような通路が延々と続き、方向感覚が完全にマヒしてしまった頃、ようやく私たちは城の後ろにそびえたつ大きな岩山のふもとに到着した。
見上げると、岩山が頂上から裂けていて、その中腹に城のようなものが裂け目をふさぐかたちで突き出ていた。
「『天の裂け目』です」
見上げる私にペルルコンがいった。
そこから私たちはエレベーターに乗って山の中腹まで運ばれていった。そんな技術があることに素直に驚いてしまったけど、たぶん重りを使った原始的なものだろう。
やがてエレベーターは停止し、私たちは最終目的地に到着した。
天然の要塞、『天の裂け目』の最上階だ。
私は大きく息を吸い込んだ。
そこはまさに玉座の間と呼ぶにふさわしい部屋だった。
百人は優に収容できるくらいの大きさのホールといったおもむきだ。天井はなくて、両側は自然の岩肌がそのままむき出している。
部屋に入っていくと、正面の壁にある真っ赤なレリーフが目にとまった。たくさんの並行した縦の線を横切るようにいくつかの斜めの線が交差する、幾何学的な模様だった。そして、その前に大きな玉座が設けられ、老人が座っていた。
私たちは付き添いの騎士たちに促されて、玉座のほうへ進んだ。床はつるつるした真っ黒な石でできている。黒曜石みたいだ。光沢のある表面が鏡のように人々の姿を逆さまに映している。私たちのブーツの足音が冷たく響いた。
「『冠』の王、ヤンネ・ユーティライネンです。それと、周りにいるのは彼の息子たち、王位継承者たちです」
ペルルコンが教えてくれる。
玉座の両側に、十名ずつ、二十名の男たちが椅子に座って並んでいる。
これが全員王の子供たちか。下は十五歳くらいの少年から、上は五十歳くらいの壮年までいる。王はかなりの高齢で、少なくとも七十歳は超えているように見える。
玉座の前に赤いじゅうたんが敷かれ、そこにレーンがひざまずいていた。かたわらに騎士の格好に着替えたパメルが立っている。レーンの体にはパメルの黒い触手が絡みついている。うなだれているレーンは黒髪で表情が見えない。
王位継承者の一人が立ち上がった。
「ようこそ、『風』の『開く者』。お待ちしておりました。私は『冠を戴く国』の第三王子、エサイアス・ユーティライネンです。よろしく」
第三王子のエサイアスは四十代半ばといったところか、なかなかの美男子だがどこか暗い感じがした。あまり近づきたくないタイプだ。
「そちらの要求を聞きます」
「おやおや、まだお着きになったばかりなのに。こちらはまだ全員の自己紹介も終わっていないのですよ。それにしても、噂には聞いていましたが、これほどお若いとは。しかもなんとお美しい」
そういってエサイアスは大げさに手を広げた。
私の背筋に悪寒が走った。
エサイアスの視線を振り払い、パメルに目を向ける。
――パメル。返事をして、パメル。
私は唇を動かさず、パメルに向けてそっとささやいた。
でも、パメルは私の声が聞こえないのか、まったく反応しない。無表情に虚空を見つめている。
「しかしまあ、是非にとおっしゃるなら、仕方ありません。こちらの要求をお伝えしましょう。『理の扉』の鍵をください」
「その前に、レーンを解放して」
「それはできない相談ですよ、『開く者』。いくらお美しいあなたのお願いでも、それはできません」
レーンといえども、『闇からのこだま』が作り出す触手に長い時間触れているのは危険だ。
「わかったわ」
「ああ、なんて聞きわけのいい方だ。君たち、少しは奥方に見習わせたほうがいいのではないか?」
エサイアスは、居並ぶ兄弟たちに向かって問いかけた。
「ふん、それは兄さんの方だろう」
「また兄さんの悪い癖が出たよ」
「長広舌はいいから、早く扉を開かせろ」
兄弟たちからの野次を受け、エサイアスは肩をすくめるとこちらにに手を差し伸べた。
「では、お願いします」
ペルルコンがうなずく。
私は空を見上げて叫んだ。
「バイロン!」
数秒後、上空から強い風とともに大型竜が舞い降りてきた。
バイロンは私のそばで翼をたたんだ。
「おお、こちらが『楔の竜』ですか。さすがに立派ですな」
バイロンは金色に目を光らせた。
「これほど強力な魔法防御は見たことがない」
もちろん私にはわからなかったけど、おそらくペルルコンの魔法に対する措置が完璧に取られているのだろう。でも、実質的な脅威はパメルだけだ。騎士も数人控えてはいたけど、これくらいの数なら私一人で十分だ。レーンさえ取り返せば、ペルルコンとバイロンの戦力で形勢は逆転できる。
「しかし、申し訳ありませんが、おとなしくしてもらいます」
エサイアスが手を上げると、上空から風を切る音が近づいてきた。
空を見上げようとしたとき、バイロンの体が衝撃とともに床に倒れた。
「バイロン!」
数メートルの金属製の槍がバイロンの両翼と首を貫き、バイロンの体を床に貼り付けていた。まるで標本のように。
上空から槍を投下したワイバーンたちが、私たちの頭上をかすめて上昇していく。槍にも強力な魔法補正がかかっているのは明らかだった。
「落ち着け、エレ」
よろよろとバイロンに歩み寄る私に、バイロンが告げる。
「ワタシは大丈夫だ。それより向こうの『開く者』に気を付けろ。いつ暴走してもおかしくない状態だ」
「でも、バイロン、体が……」
「エレさん、『楔の竜』は簡単には死にません」
ペルルコンがささやく。
「でも……」
「エレ、ワタシの首の付け根に右手を当てろ」
いわれたとおり、バイロンの体に手を当てると、その部分が発光した。そのまま手を当てていると、するりとバイロンの体の中に飲み込まれた。
思わず引き抜きそうになる私を、バイロンが止める。
「そのまま、もう少し奥に手を伸ばせ。そこに鍵がある」
私の手に、何か硬いものが当たった。それをしっかりと掴み、そのまま手を引き抜く。
バイロンの体から引き抜いた手はバイロンの体液にまみれていたけど、大気に触れるとすぐに蒸発してしまった。手のひらを開くと、そこにはまるで骨でできているような、真っ白な鍵があった。
「素晴らしい。では、交換といきましょうか」
エサイアスの声に、私は鍵を握り締め、レーンのいるほうへ歩いていく。
パメルはレーンを立たせ、こちらに向かって歩き出した。
そして、私のすぐ目の前で立ち止った。
私から見て左手にパメル、その左隣にレーンが立っている。
パメルが左手をゆっくりと差し出した。
一瞬、レーンがかすかに顔を上げたのを私は見逃さなかった。
黒髪の間から、レーンの目が見えた。
レーンの目にはまだ光が宿っている。
私とレーンはしっかりと視線を交わした。
左利きのパメルは、右側の腰に剣を佩いていた。
たぶん、レーンは私と同じことを考えているはずだ。
よし。
右手をパメルの差し出した手の上に持っていき、ゆっくりと手のひらを開く。
鍵が私の手のひらからパメルの手のひらに落ちた。
パメルが黒い触手を解く。
その瞬間、私は左手を思い切り伸ばし、パメルの剣を抜くと素早く体を回転させ、パメルの後頭部に向けて剣の柄を振り下ろした。
タイミングは完ぺきだった。パメルはこちらの動きに全く反応できていない。私は剣の柄で、パメルの後頭部を殴打しているはずだった。
にもかかわらず、私の剣は阻まれた。
ガキン、という鈍い音を立てて、短剣が私の剣をはじき返していた。
私の剣を阻んだのは、レーンだった。
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