第六章 騎士

1.暗中

 あのあとのことはあまりはっきりと憶えていない。

 バイロンに乗って応援を呼びに行き、シャロンたちの遺体を城壁まで運んだところまでは記憶がある。そこからの記憶は断片的だ。

 ペルルコンは何時間もかかって対抗魔法を解き、矢を抜いた。そのあと、シャロンは城に運ばれていった。

 ふらふらになっているペルを支えて、私はシャロンを乗せた馬車を見送った。


 気がつくと、私は駐屯地に急ごしらえで建てられた小屋の簡易ベッドに寝ていた。夜になっていた。

 クララが訪ねてきて、会議の開始を知らせた。

 私は行かなかった。命令されればどこにでも行くから、とクララに伝えた。

 深夜、クララが食事を持って、再び訪ねてきた。

 私たちの働きによって、敵の第二波も撃退したこと、おとりに向かった隊も無事戻ってきたこと、そして、最後の大型魔力結晶の結線が完了するのがおそらく三日後、それまでに魔力結晶を破壊しないと、ここは確実に突破されるということをクララが話した。魔力結晶攻略の方針はまだレーンから出ていない。

「明日も会議があります。また呼びにきます」

 いつもと違って言葉少なに告げると、クララは出て行った。

 それからまもなくして、扉をノックする音がした。

 私はそれが誰かわかっていたから、すぐに扉を少しだけ開けた。

 かがり火の明かりがアクセルの横顔の輪郭をぼんやりと照らしている。逆光で表情が見えない。

「アロンゾとは友人だったの?」

「以前、何度か一緒に戦いました」

「腕は大丈夫?」

「大丈夫。こんなの、かすり傷です」

 こんなの……か。

 そうよね。

 いってもしかたのない言葉ばかりが頭に浮かぶ。

「レフは明日刑に処されます」

「殺すのね」

「はい」

 アクセルはこちらに背を向けた。

 私は扉を閉めた。


 次の日も、私は一日中小屋に閉じこもっていた。その間、クララは食事を運んできてくれた。

 こんなことをしていても、何の意味もない。それはよくわかっていた。でも、体が動かなかった。

 夜、クララが訪ねてきて、その日の会議の内容を知らせてくれた。

 最後の魔力結晶を破壊することはやはり難しいらしい。

『冠』が魔力結線を終える前に、敵の本隊に打って出るべきだという意見が上がった。

 レーンはそれを却下した。『冠』は万全の体制で待ち構えている。それこそ、敵の思うつぼだ、と。

 このままだと、二日後、ここで双方の主力がぶつかり合うことになる。『霧』からの援軍はまだ到着していない。

 私はクララに尋ねた。

「レーンは、私に何て?」

 クララは首を振った。

「何も……」

 私とバイロンなら、もしかしたら魔力結晶を破壊できるかもしれない。でも、レーンは何もいってこなかった。

 明日の会議でレーンは最終方針を通達するらしい。

 クララが帰ると、私は小屋を出た。


 夜の駐屯地をあてもなく歩いた。もう深夜に近いのに、そこかしこでかがり火がたかれ、まだ人が働いている。

 私は、ぽつんと置かれた食材の入った木箱に腰かけた。何も考えず、じっと地面を見詰めていた。

 誰かが近づいてきて、私の前に立った。

 私はうつむいたまま、その見慣れたブーツをぼんやりと眺めていた。

「死んだ人間は生き返らない」

 彼女はいった。

「わかってる」

「わかってない」

 彼女は私の足もとにひざまずいて私を見上げた。

 いつにも増して彼女の口もとはきつく結ばれている。

「今、私たちは立ち止まっているわけにはいかないのよ。前に進んでいくしかない。弔いや自責はあとでいくらでもできる。違う?」

 彼女の瞳のなかに私が映っている。頼りなげで、さびしそうな、十八歳の少女、エレ。

 そうだった。

 私はこの子のために、前に進もうと決めたんだ。

 なのに、私は……。

「わかった。明日の会議には出る。ありがとう。心配かけてごめんね、ヴァンペルト」

 ヴァンペルトが私を抱きしめて、いった。

「アリスでいいわよ」

 とん。とん。

 ヴァンペルトの手ひらが私の背中をやさしくたたいた。


 小屋に戻る途中で、私はバイロンのところに立ち寄った。

 屋根だけの天幕の下、数頭のワイバーンの隣でうずくまっている。

 近づいていくと、バイロンは私に気付いて顔を上げた。細めた目でこちらをちらりと見ると、すぐにまた長い首を地面に降ろした。

 不思議なことに、私には、自分の気持ちや考えていることがバイロンには伝わっているような気がしていた。

「人間はもろい。寿命も短い。ワタシからすれば、二十歳で死ぬのも八十歳で死ぬのも同じようなもんだ」

 つぶやくように、バイロンがいった。

「ねえ、もしかして、それ、なぐさめてるつもり?」

 ふん、と鼻を鳴らしてバイロンはそっぽを向いた。むちゃくちゃだけれど、気を遣ってくれてありがとう。私はバイロンの額にそっと手を当てた。

 暖かな体温が手のひらを通じて私の中に伝わってくる。

 突然、バイロンが頭を上げた。

「どうしたの」

「やつが近くにいる」

「え?」

「あの青い服を着たやつだ」

「どうして……」

「あいつは『開く者』だ」

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