5.涙
「シャロン!」
シャロンの胸を貫き、背中から突き出た鏃がカギ爪のように変形してシャロンの体に食い込む。
倒れこんできたシャロンを抱きかかえ、私は自分の膝の上に寝かせた。シャロンの胸から突き出た部分にも魚の骨のような突起が生えて、矢が抜けないように変形している。
「分解魔法をかけて! 早く!」
「……だめ。……強力な……対抗魔法が……」
「くそっ」
私が顔を上げると、アクセルがレフを取り押さえ、地面に押さえつけるのが見えた。
「できたよ……『光差』」
シャロンが私を見上げて微笑んだ。
そうか。高速転移魔法で私の前に飛び出したのか。
シャロンの服がどんどん赤く染まっていく。どうすれば――。
私は空を見上げ全身全霊を込めて叫んだ。
「バイロン!」
そして、シャロンの顔にかがみ込む。
「すぐにペルのところに連れて行く。がんばれ」
居ても立ってもいられず、立ち上がろうとした私の手をシャロンがつかんだ。
「そばにいて」
私の手を握るシャロンの力の強さに、私はひるんだ。
「わかった。どこにも行かないから」
「……ありがとう……私、あなたが叱ってくれたから、もうちょっとがんばってみようって思ったの……」
「わかったから、もう……」
私の膝もとから雨と一緒になってシャロンの血がどんどん地面に流れていく。
「私ね、エレのいた、向こうの世界のこと、すごくうらやましかった。魔法の無い世界。魔力結晶を奪い合うことのない世界。夢みたいな世界だって思ってた……。私、いつも想像してたの。私もエレと学校に通って、一緒に勉強したり、運動したり、帰り道に買い食いしたり……楽しいだろうなぁって。でも、ほんとはエレ、すごく年上なんだよね。私たち、ともだちなんて、ヘンかな……」
「ヘンじゃない。ちっともヘンじゃないよ」
ああ。バイロン、早く。
「ほんとうに?」
「うん。ほんとうに」
ばさっ。
頭上でバイロンが翼を広げる音がする。シャロンが右手をゆっくりと空に伸ばした。
「エレ……」
かすかな声。彼女の口もとに耳を寄せる。
「扉を……開いて……」
力の抜けた手をとっさにつかむ。
バイロンが私たちのそばに降り立ち、シャロンが雨に濡れないように翼を広げてくれた。
魔力結線が急速に切断されて、シャロンのからだの回りで火花が散り、雨水を弾く。
私はシャロンをそっと地面に横たえ、ゆっくりと立ち上がって、歩き出した。
甲高い音が私の耳の奥で鳴ってる。反射攻撃のときみたいに。
雨の音が聞えない。
アクセルがレフをひざまずかせ、彼の髪をつかむと頭を前に突き出させた。そして、自分の剣を私に差し出す。私はそれを無言で受け取る。
首に狙いをつけ、剣を大きくふりかぶった。
ズン。
力任せにふり下ろした剣は、レフの頭をかすめ、ぬかるんだ地面にずぶりと埋まった。
私はそのまま、崩れ落ちるように膝をついた。
「……法の裁きを」
自分の声じゃないみたいだった。
雨に打たれながら、私は地面に埋まった剣先を見つめていた。
幾筋もの雨水が銀色に鈍く光る剣の表面をつたって地面に流れていく。
ねえ、私はあなたたちにいいたいんだ。向こうの世界、私がもといた世界に住むあなたたちに。
あの子は、私たちの世界をうらやましいといったんだ。夢みたいだといったんだ。
あなたたちは――いや、私たちは、あの子の夢に応えてあげられていた? これから応えてあげることができる?
私はずっと自分がファンタジーの世界に迷い込んでしまったみたいだと思っていた。
でも、シャロン。
あなたにとっては、私たちの世界こそが、夢のようなファンタジーの世界だったんだね。
この世界に来て、私は初めて泣いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。