6.陽だまりの中で

 結局、オレクとアキムは和解して、私たちの案を受け入れてくれた。

 そのあと、ちょうどいい機会だからというオレクの提案で、私はみんなの前でもう一度、採掘場のこれからのことを説明した。みんな真剣に聞いてくれた。たぶんもう大丈夫だろう。あとはラドウェルたち、事務方の仕事だ。

 肩に、ぽん、と手が置かれた。

「お疲れ様でした」

 ブルーノだ。

「あなたも。お疲れ様」

「エレさん、ほっぺたの傷、手当しないと」

 いつのまにかそばに来ていたクララが、私の頬を濡れた布で押さえてくれた。

「ありがとう。大丈夫よ。かすり傷だから」

「残された騎士たちは剣を取り上げて放逐しました」

 私はブルーノにうなずいた。

 やがてみんなはそれぞれの家から食べ物を持ち出してきて、宴会が始まった。そこかしこで杯と杯がぶつかり合って、酒盛りが始まる。歌を歌っている人たちもいる。私たちも招かれて一緒に飲んだ。意外なことにクララはものすごく酒が強く、想像どおりブルーノはものすごく音痴だった。

 しばらくしてから、私はそっとその場を抜け出した。


『竜の間』は、天井とその上層に開いた穴のおかげで、床に丸く陽の光が落ちていた。まるでスポットライトを浴びているみたいなその空間に、『楔の竜』が体に長い首を巻きつけてうずくまっていた。

 近づいていくと、『楔の竜』はうっすらと目を開けて、少しだけ首をもたげた。

「あなたにちゃんとお礼をいってなかったから。助けてくれてありがとう」

「ふん。それはお互い様だ。帳消しにしておいてやる」

 相変わらずひねくれたやつだ。

「いろいろと知りたいことがあるの」

「先にいっておく。人間に教えられることと、教えられないことがある。たとえそれが『開く者』であってもだ」

「わかった」

「いってみろ」

「この世界では、本当に女性だけの時代があったの?」

「もともとこの世界は、女だけしかいなかった。お前たちの尺度で今から千年前、初めてこの世界に男が生まれた」

 やはりレーンたちがいっていたことは正しかった。それでも、私にはまだすんなりと納得することができない。

「どうしてそうなったの?」

「何がだ?」

「どうして男が突然生まれてきたの?」

「それがこの世界の理だからだ」

 どうもこの竜の話はおおざっぱで要領を得ないな。

「じゃあ、女性だけの時代に戦争が起きなかったのは本当?」

「本当だ。一度も起こっていない」

 本当にそうなのか? 私は考え込んだ。

「さっきあなたは男の出現は世界の理だといったわ。女性だけの時代が戦争のない平和な時代なら、なぜわざわざ男がいる、戦争のある世界にしなければならなかったの?」

「誰が平和な時代だといった?」

「え?」

「女だけの時代は、確かに人間同士の大規模な殺し合いはなかったが、病に対する抵抗力が極めて低かった。病が発生するとたちまち蔓延し、種としての危機に瀕してしまうのだ。女たちはこれまで何度も滅びかけている。ちょっとした病で死んでしまい、それがあっという間に広まってしまう。みな、いつなんどき病で死ぬかもしれない毎日を送っていたのだ。そんな世界に戦争なんて起こしている余裕はないだろう。しかし、それは決して平和な世界だとはいえまい」

 私は必死で頭の中を整理した。

「もしかして、男が生まれたのはそのことと関係があるの?」

「そのあたりの事情は人間に聞くのだな。詳しい者がいるはずだ」

 もうこれ以上は話すことはないという風情で、『楔の竜』は再び長い首を体に巻き付けた。

「待って。もう一つ聞きたいことがあるの。『開く者』と『理の扉』のこと。これまでに、もとの世界に戻れた人はいるの?」

「『理の扉』を開けて、もとの世界に戻っていった『開く者』はいる。しかし、ここ千年間では一人もいない。今や、『理の扉』の存在を知る者も少なくなってしまった。だから、召喚された者たちはみんなこの世界で死んでいった」

『楔の竜』は目を閉じた。

「人間が魔法を使いこなすようになったここ五百年ほどのあいだに、多くの者がこの世界に召喚されてきた。戦いの道具としてな。その力を私利私欲に使う者、召喚した国を裏切る者、戦いに明け暮れる者、ひたすら逃げ回る者、いずれにしろたいていは殺された。自ら命を絶った者も多かった。召喚の際に魔術師もたくさん命を落とした」

 柔らかな陽の光が『楔の竜』をぼんやりと照らしている。光に照らされて、小さなほこりがちらちらと舞っていた。

「お前の望みは、もとの世界に戻ることか」

「そうよ」

『楔の竜』は目を細めた。

「『理の扉』を開けるつもりか」

「ええ。私は『理の扉』を開けて、この世界を変える。そうすれば、私は元の世界に戻れるんでしょ?」

「そうだ」

「でもそこまでたどり着けるかどうかが問題なの。あなたは、私たちに手を貸してもらえるのかしら」

「『開く者』が望めば、ワタシは『理の扉』の鍵を渡さなければならない。ただし、扉の前に立つのは『開く者』一人の力によってのみだ」

「そう……」

「と、いうことになっているが、まあ、ワタシにできることであれば、できるだけ手助けをしてやらんでもない」

 なんだかアバウトだなぁ。しかも偉そう。でも、この際ぜいたくはいってられない。

「ありがとう。で、そちらの望みは何?」

「お前の国に連れて行ってほしい。さっきもいったとおり、この世界の変化を見たいのだ。人間のそばにいると何かと便利なのでな」

「それだけでいいの?」

「ああ」

「じゃあ、契約成立ね」

『楔の竜』は再び目を開けて、首を私の前まで持ってきた。私は右手を『楔の竜』の頭の上にそっと乗せた。『楔の竜』の額は、日の光を浴びてほんのりと暖かかった。

「私たちは三日後に帰国します。一緒に来て。ところで、あなたの名前はなんていうの?」

「人間たちに教える名前はない」

「それじゃ不便じゃない。いつまでも『楔の竜』と呼ぶわけにはいかないわ」

「お前の好きなように呼べばいい」

 うーん。私はちょっと考えた。

「じゃあ、バイロンっていうのはどう?」

「ふん。いいだろう。ワタシがどこにいても『開く者』がその名前を呼べば、その者のもとへ飛んでいくだろう」

「わかったわ。よろしく、バイロン。私はエレよ」

『楔の竜』は目を細めてうなずくと、陽だまりの中でそっと体を丸めた。

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