5.反撃
来い、といったものの、私はハタと困った。
ドームの入り口が小さくて『楔の竜』が通れないのだ。一体どうやってこんなに大きな竜を持ってきたんだろう。いや、今はそんなこと考えている場合じゃない。ブルーノとクララは敵を追いかけて先に行ってしまった。
『楔の竜』が私のそばまで首を下げる。乗れ、ということね。
私を乗せた竜は大きくはばたき、ドームの上空に舞い上がった。
「耳をふさげ!」
突然野太い声が私の耳を打つ。
何? 誰?
とっさに私は手で耳をふさぐ。
『楔の竜』は天井を見上げると口を開いた。
キィーンという甲高い音と振動が、ふさいだ手を通して伝わってくる。
超高周波の衝撃波が『楔の竜』の口から放たれ、ドームの天井が派手な音を立てて崩れていく。ぽっかりと開いた穴から私たちは上の階層に飛び出した。
そこは採掘場で最も大きいドームだった。上空から見下ろすと、ブルーノたちがいた。『冠』の騎士と剣を交えている。追撃の途中で騎士を一人、弓手を二人倒しているようだ。
クララは二人の弓手の矢を懸命に防いでいる。
ウルマスと魔術師は二人の騎士に守られて壁際に後退している。
私は弓を手に取った。
不思議な材質だ。真っ白で軽い。まるで動物の骨のようだ。
確かクララは弓が伸びるといってたっけ。どうすればいいんだろう。
私は目を閉じて、長弓をイメージしてみた。
弓がぐんぐんと伸び始める。
すごい。
私は矢をつがえ、敵の弓手を狙って射った。
矢は確実に弓手を捉えていたのに、数メートル頭上で閃光とともにはじき返された。対物理攻撃の魔法防御、『膜』か。非常に高度な魔法のはずだ。
ブルーノがもう一人騎士を倒したとき、魔術師の攻撃が再び始まった。
魔術師の足もとから土が楔のように伸びて、ブルーノとクララを襲う。でも、二人は軽々とよけた。間髪を入れず矢が放たれて、こちらはなんとかぎりぎりでかわす。この波状攻撃が続くとやばい。
と思った瞬間、『楔の竜』が急降下した。再び土の楔をよけた二人の目の前に降り立ち、翼を彼らの前に広げた。その直後、翼に矢が当たり、跳ね返される。なんて頑丈な体なんだ。
「エレさん! その竜!」
「説明はあと。このままじゃもたない。いったん退くしか――」
そのとき、四方から地響きと唸り声のようなものが近づいてきた。敵の攻撃が止まる。
周囲を見渡すと、ドームの壁面に無数に開いている坑道の入り口から、労働者たちが手に手に武器を持って飛び出して、斜面を駆け下りてくる。ものすごい数だ。唸りながら『冠』の一団に殺到していく。
「だめよ! あなたたちが戦っちゃだめ!」
私の叫びは届かず、彼らは止まらない。
魔術師の攻撃が再開して、土の楔に次々と労働者たちが弾き飛ばされていく。体に刺さりはしないみたいだ。でも、当たればただでは済まない。しかも、対生物用の『壁』のせいでやつらには近づけない。物理攻撃もはじき返されてしまう。
「エレさん、今からあの術を破ります」
「アキム! なんて無茶を――」
労働者たちの先頭に立っているアキムが指差すほうを見ると、魔術の心得のある老人たちが地面に手をつき、詠唱を始めている。
「わかった。ありがとう。ブルーノ、クララ、合図したら突撃する」
二人がうなずく。
何かが波のように地面を伝わっていく。老人たちが展開させている魔法だ。
地面から突き出ていた楔がぼろぼろと崩れ落ちていく。
波が『冠』の一団に到達したとき、彼らの足もとの地面が震え、徐々に盛り上がり始めた。みるみるうちに山が立ち上がり、彼らは斜面から滑り落ちる。
魔術師が杖を手放した。
『膜』が消える。
「行くぞ!」
まるで私の意志が通じているかのように、私を乗せた『楔の竜』が飛び立つ。
私は魔術師に狙いを定めた。
視界が拡大する。
右肩。
いや、だめだ。もし外れたら。確実に仕留めなきゃ。
左胸。
射つ。
狙い通り、矢は魔術師の左胸に深々と突き刺さった。
ああ、とうとう人を射ってしまった。
ブルーノとクララは弓手二人を仕留めた。残るは、騎士二人に守られたウルマスのみ。
『楔の竜』は彼らの前に降り立った。私は竜から降りてウルマスと対峙した。
私の両脇にブルーノとクララが剣を構えて立ち、私たちのうしろには労働者たち三百人が取り囲んでいる。
「投降しなさい。命はとりません」
騎士たちはまだ剣を構えたままだ。ウルマスの表情も変わっていない。
「何か忘れてません?」
ウルマスがいった瞬間、私は気付いた。
しまった。やつがいない。
突如頭上で大きな音がして、天井が崩れ落ち、黒い影が落下してきた。
『楔の竜』はすくい上げるようにして私を背中に乗せると、後方に飛びすさった。みんなも破片をよけて後退する。
もうもうと立ち上る土煙の中から、一頭のワイバーンが飛び立つ。青服だ。今までどこにいたんだ。やつのうしろにウルマスがしがみついている。
私は『楔の竜』に叫ぶ。
「追って!」
ウルマスたちは天井に開けた穴から脱出するつもりだ。上を見ると何層にもわたって穴が開けられていて、小さく空が見える。青服はこれをやっていたのか。
あそこに飛び込まれたら、『楔の竜』では大きすぎて追いかけられない。
でも、青服は、天井近くでユーターンして、こちらに向って旋回してきた。手に弓を持っている。
勝負をつけるつもりね。望むところだわ。
私は短めに伸ばした弓に最後の一本の矢をつがえた。
青服は弓を構えて真正面から向ってくる。たぶん先に射ったほうが負けだ。すれ違いざまの零距離射撃になる。
みるみるうちに距離が縮まる。お互いが真横に並ぶ寸前、私と青服は同時に矢を放った。
ガチン!
空中で二つの矢が正面からぶつかり、鏃が火花を散らす。
くそっ。だめか。
青服とウルマスの乗ったワイバーンは重量オーバーでもたつきながらも、天井に開いた穴に吸い込まれていく。矢はもう尽きた。
「なんとかして!」
私が叫ぶと、『楔の竜』は穴の下まで飛び、上昇しているワイバーンに向って鋭い咆哮を浴びせた。
ワイバーンはぐらりと体勢を崩しながらも持ちこたえ、ぽっかりと開いた青い空の向こうに飛び去っていった。
『楔の竜』が大ドームに着陸し、私がその背中から降り立つと、みんなが走り寄ってきた。
「みんな、大丈夫?」
「エレさんこそ、大丈夫ですか?」
オレクが心配そうに歩み寄ってきた。
「大丈夫。けが人の手当てをしてあげて」
「アキムがやっています。幸いみんな命に別状はないみたいです」
「そう。よかった」
やがてみんなは私と『楔の竜』を取り囲み、ひざまずいた。長老が私たちの前に進み出る。
「『開く者』、我らの守護竜を復活させていただいたこと、心よりお礼申し上げまする。そして、我らの守護竜よ。再びこの地を治められんことを我ら切に願っております。どうかお導きください」
長老が『楔の竜』の前にひざまずいた。
「おい。お前、『開く者』だろ」
ん? 誰だ?
誰かが私に話しかけている。確かさっきもこの声がしたな。きょろきょろと周りを見渡すけど、それらしい人物はいない。
「ワタシだ!」
ばさっと大きな音がして、背後に座っていた『楔の竜』が翼を広げた。おおー、と、みんなが歓声を上げる。振り向くと、『楔の竜』と目が合った。
「え? あなたなの?」
「そうだ」
喋ってる……。竜が。
「エレ殿。『開く者』だけが『楔の竜』と会話ができるのです」
長老が私に教えてくれた。
「そうなんですか?」
バフン、と『楔の竜』が鼻息を吐き出した。
「うわ、ちょっと。なにすんのよ!」
「ふん。この『開く者』はどうも頼りなさそうだな」
悪かったわね。私は心の中で毒づいた。
「人間どもに伝えてくれ。三百年ぶりに復活したんだ。しばらく外の世界の変化を見てみたい。いずれ戻ってくるかもしれんが、まあ、それまでは自分たちでなんとかしろ」
えーっ。そんなこといえないわよ。
仕方なく、私はニュアンスを変えてみんなに伝えた。
「ええとですね。三百年ぶりに外に出たから、外の世界の変化を見たいと仰っています。必ず戻ってくるからそれまではあなたたちでここを治めるようにと」
『楔の竜』は目を細めて少し口を開いた。笑ってるな、こいつ。
「おお。そのようなことを仰られず……」
長老が立ち上がった。
『楔の竜』がいった。
「眠っているあいだもここの状況は把握していた。今のお前たちなら大丈夫なはずだ。さっきのようにひとつになって事にあたれ。安心したぞ」
今度はそのままの言葉で、みんなに伝えた。ちゃんとしたこともいえるじゃない。
「なんともったいないお言葉」
長老は感極まって、座り込んでいる。
『楔の竜』は私に向かっていった。
「さて。久しぶりに動いたので疲れた。ちょっと休ませてくれ。用事があったら呼びに来い。それと、お前はここの者ではないな」
「ええ。隣の国から来ました」
「そうか。じゃあ帰るときに教えてくれ」
そういって飛び立つと、『楔の竜』は『竜の間』につながる穴に降りていってしまった。
「えーっと。お休みになりたいそうです」
そうみんなに伝えてから、私も尊大な竜の真似をして鼻を鳴らした。
ふん。偉そうなやつ。
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