4.『楔の竜』

 いってしまった。

 これで手持ちのカードは全部使ってしまった。

 あれ?

 みんな固まってしまっているのはなぜ?

『開く者』ってもしかしてそれほど有名じゃないの? 

「あなたは……」

 長老が口を開きかけたそのとき、一人の若者が飛び込んできた。

「大変です! 『冠』のやつらが!」

「ブルーノ!」

 私が叫ぶ前に、ブルーノは会談場を飛び出していた。慌ててそのあとを追う。

 地下ドームのひとつに監督官たちが集められ、その周りを労働者たちがとりまいている。中心に『冠』の人間と思われる十人程度の一群がいた。

 剣をさげた騎士と弓手がそれぞれ四名、魔術師が一名、文官らしき人間が一人、そして、あの青服がいる。

 ドーム壁面の少し上部にある入り口から中の様子を見ていた私たちに文官が気づいて、告げた。

「おやおや、これは『双頭の赤い竜』の片割れではありませんか。こんなところまで出稼ぎですか? ご苦労なことですねぇ。ん? 横のお嬢さんは、噂の『開く者』ですね。お目にかかれて光栄の極みです。私は『冠を戴く国』第二行政執行官、ウルマス・ハルコネン。以後お見知りおきを。おっと、あなたたちには二度と生きて会うこともありませんから、今だけ、お見知りおきですかな。くーくっくっくっ」

「何? あのいかれポンチは」

 私は隣のブルーノにささやいた。

「私も話をするのは始めてですが。『冠』の行政執行部門ナンバーツーです」

 話しながら私たちは行動する隙を窺った。弓手たちがこちらと監督官たちに狙いをつけていてうかつに動けそうにない。しかも、私の武装は短刀一本、ブルーノは丸腰だ。

「さて、あなたたちのお相手は後のお楽しみにするとして、さっそく仕事を始めましょうか。じゃあ、お願いします」

 ウルマスが弓手たちに告げると、彼らは監督官たちに向って矢を射はじめた。

 労働者たちから悲鳴が上がる。

「やめろ!」

 私が叫ぶと、ウルマスは手を上げて弓手たちを止めた。

「どうしました?」

 ブルーノが私をかばうようにして前に立ちふさがった。

「今、お前たちがここに介入してくる理由はないはずだ。同盟への宣戦布告とみなされるぞ!」

「ちっちっちっ。ラーソン、ラーソン。筋肉だけじゃなくて、もっと頭を使いなさい。今その理由を作っているんじゃないですか。労働者たちがついに反乱を起こし、監督官たちを殺害しはじめた、というわけですよ」

 ぽん、とウルマスは手をたたいた。

「はい、じゃあ続けてー」

 再び弓手が監督官たちに矢を射はじめ、逃げ惑う彼らを騎士たちが切り捨てていく。

「貴様!」

 ブルーノの放つ強烈な闘気が空気をびりびりと震わせる。一瞬、弓手たちがひるみ、ブルーノが斜面を駆け下りていく。

「だめよ!」

 叫びながら、私も後を追う。二人の弓手がこちらに狙いをつけた。

 私を狙え! そうすれば反射攻撃でなんとか防げる。

 頭の中で警告音が鳴る。

 よし。

 二人が放った矢がゆっくりとこちらに向ってくる。

 一本目をかわし、二本目は――。だめだ、ブルーノに狙いが付けられている。間に合わない。

 キン!

 矢はブルーノの目の前で、労働者たちのなかから飛び出してきていた黒い影に弾かれた。

「すいません、遅くなっちゃいました!」

「クララ!」

 矢を弾いた剣を構えたまま、背中に背負っていた大剣をブルーノに渡す。

「ブルーノさん! はい、これ」

「かたじけない」

 二人は飛んでくる矢を次々と弾き返していく。

「いったん退きましょう、ブルーノ」

「わかりました」

 私たちはじりじりと後退する。ドームの入り口にたどりついたとき、ウルマスたちは監督官を全て殺していた。

 入り口で一部始終を見ていた長老たち会談の出席者と合流し、私たちは『竜の間』まで後退した。


「あれがやつらのやり方だ、アキム」

 オレクがそういうと、アキムは拳で壁を叩いて、私に向き直った。

「エレさん、私たちも戦います」

「だめよ! あなたたちが何人いても勝てる相手じゃないわ」

「そのとおりじゃ」

 長老が私の手を取った。

「あんたはさっき自分が『開く者』だといいなすったね。『冠』のあの男もそういっておったが、ほんとうかね」

「ほんとうです。私は『開く者』としてこの世界に召喚されました」

「ううむ。昔、『楔の竜』を封印したのは『開く者』なのじゃ。そして、再び竜を復活させるのも『開く者』だといわれておる」

「でも、私どうすればいいか……」

 数日前、『楔の竜』に触れたとき、鼓動のようなものを感じることはできた。とはいえ、本当に封印を解くことができるのかどうか、私にはまだ確信が持てなかった。

「エレ殿、みんなが」

 ブルーノにいわれてふり返ると、『竜の間』の入り口から労働者たちが続々と詰めかけてきていた。彼らが口々に叫び始める。

「長老、どうしましょう」

「あいつらのいいなりになっていいんですか、オレク」

「落ち着きなされ、みなの者」

 長老が一括し、みんなは一斉に口を閉ざした。

「やつらは、わしら労働者に手出しはせん。下手な考えは起こすでない」

「しかし、この人たちが危険なのではないんですか」

「なんとかしてあげられないのかよ」

 そういい出したのは、私たちがここに来て顔見知りになった人たちだった。ブルーノが私に顔を寄せる。

「どうします、エレ殿」

「いったん退却しましょう。アキム、逃げ道はありますか?」

 アキムがうなずく。

「裏口があります」

 そのとき、入り口でざわめきが起こった。人々が左右に分かれていき、そのあいだをウルマスたちが入ってきた。

「はいはい、みなさーん、騒がないでくださーい。『風』の騎士さんたちもお静かに願いますよー。動くとここにいる人たちを射ちますからねー。では、お願いします」

 魔術師が杖を地中に突き立て、口の中で呪文を唱え始めた。彼らの足もとの土がぼこぼこと盛り上がり、いくつもの鋭い槍となって竜に向かって伸びていく。壁ががらがらと崩れ落ちていく。

「やめなされ!」

 長老が叫ぶ。

「これが終われば出て行きますから黙ってなさーい。いろいろと事情がありましてね、この竜は今のうちに破壊しておかなければならないんですよ。『開く者』の手が触れる前にね」

 ウルマスがにやにやと笑っている。

 ということは、やはり『冠』は私が『楔の竜』の封印を解くことを阻止しようとしているのか。

「エレさん、これ、レーンさんから預かってきました」

 クララがそっと私にささやき、背中の袋から小型の弓を取り出して手渡した。私はそれを受け取って、さりげなく背中のベルトに差し込む。

「ありがとう」

「エレさんがイメージしたとおりの長さに伸びるそうです。あと、これ。3本しかありませんけど」

 私はクララから矢を受け取ると、それも背中に隠した。

「ブルーノ、やつらの注意を三十秒間だけ逸らして。クララ、みんなを守って」

 私は二人の返事を待たずに飛び出した。一直線に『楔の竜』に向かう。

 頭の中では警告音が、がんがん鳴り響いている。目の前の世界がスロモーションで動いていく。

 ブルーノは魔術師の繰り出す土の槍を剣でなぎ払っている。

 敵の騎士たちはウルマスを守るため彼を取り囲み、動けない。

 クララは二人の弓手が放つ矢を防ぎ、残り二人の弓手の放った二本の矢が私目がけて飛んでくる。

 私は壁に背を向け、左手を後ろの『楔の竜』の体に押し当てた。

 ウルマスは、『開く者』の手が触れる前に、といった。私はそれに賭けた。あのとき、確かにこいつの鼓動を感じたんだ。

 お願い、目覚めて。

 二本の矢が目前に迫る。身体は動かさず、紙一重でよける。一本はわき腹の肉を少しえぐり、一本は頬をかすめた。

 お願い。

 ――ドクン!

 左の手のひらが鼓動を感じた瞬間――ズウン!と大きな地響きが起こり、私の背中にばらばらと大量の土砂が降ってきた。

 ふり返ると、壁の中から『楔の竜』の頭が突き出ている。

 ――あいつらをやっつけて!

 私が念じると、『楔の竜』は大きく息を吸い込んで、咆哮を上げた。

 敵の魔導師は優秀だった。一瞬のうちに対生物用の『壁』を展開させる。

 でも、それは無駄な抵抗だった。

 巨大な竜の咆哮は、『壁』ごと彼らを吹き飛ばし、そのままドームの外へ押し出してしまった。

 なんてパワーなの。驚きながら、私は背中から弓を引き抜くと叫んだ。

「アキム、みんなを連れて裏口から出て! ブルーノ、クララ、追撃する!」

 そしてふり返り、『楔の竜』に向って叫ぶ。

「来い!」

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