3.交渉
「やはり、いらっしゃると思っていましたよ」
オレクの住居は、ほかの人たちと全く同じ造りで、どちらかというとかなり質素に見えた。私たちは居間に通され、そこで一人の老人に引き合わされた。
「ドラゴルノフの長老です」
「これはこれは。どちらの国の騎士様たちですかな」
どうやら一目でお見通しのようだ。私は正直に正体を明かした。
「それは遠路はるばるご苦労様です。まあ、おかけください」
四人はテーブルについた。
「単刀直入にいいます。私たちはアキムたちの反乱を未然に防ぐためにここに来ました。もうじき彼らは行動を起こすでしょう。そうなる前に、彼らと話し合いの場を持ってほしい。私たちも参加します」
「あなた方は三国同盟の正式な使者と考えていいのですか」
オレクが尋ねた。
「かまいません。三国同盟の首脳間でこのことは了承済みです。以後のことは私たちに一任されています」
「私も反乱には反対の人間です。必ず血が流れ、ますます我々の待遇は悪くなる。ですから話し合いの場を手配することは問題ない。しかし、彼らを説得できるかは約束できませんよ」
「我々は待遇改善の案も用意しております」
そのブルーノの言葉に、オレクは疑問を投げかけた。
「五カ国は――今は三カ国になりましたが――、彼らはこれまで何度も待遇改善の口約束をし、そのたびに反古にしてきました。私たちを信用させることができますか?」
私にいえることはたったひとつだ。
「機会をください。お願いします」
オレクは腕を組んで考え込んだ。
おもむろに、長老が口を開く。
「あなたがた、ここに来てどのくらいになりますかな」
「そろそろひと月になります」
「ここの暮らしはどうです?」
「正直にいいます。ここに来る前、私はもっとひどい場所だと思っていました。でも、今はここの暮らしが気に入りかけています」
長老はじっと私の言葉に耳を傾けている。
「確かにここの仕事は苦しい。だけど、なんていうか、ここの人たちはとても近いんです。お互いの距離が」
やがてオレクも顔を上げた。
「私が以前いた場所も人がたくさん集まって暮らしていました。ここの居住区のようなところに住んだこともあります。たくさんの人間がひしめきあって暮らしているのに、隣にどんな人間が住んでいるのかをお互いに知らない、そんな世界でした」
私は長老を見つめた。
「でも、ここは違ってました。あなたたちはお互いに助け合い、尊重しあいながら、ここを必死で守っている。私たちに、あなたたちのお手伝いを少しだけさせてくださいませんか」
長老はオレクに命じた。
「すぐにアキムたちに連絡を取りなさい」
オレクはうなずくと、足早に部屋を出て行った。
「ありがとうございます」
「いやいや。あなたたちはどうもこれまでの人たちとは違うようですな。ちょっとついてきなされ。見せたいものがありますでの」
長老は立ち上がると、私たちを連れて外へ出て採掘場の下部へと降りていった。ゆるやかな下りの坑道が続き、やがて開けた空間に出た。そこはちょっとしたホールくらいの広さの部屋だった。私は思わず一方の壁一面を覆うレリーフに目を奪われた。
よく見るとそれはレリーフではなかった。
それは壁に半身を埋め込まれた巨大な竜だった。
「竜?」
私たちが採掘場に来る前、『冥森』のエレの小屋での会合で、レーンはいった。
「そう。ドラゴルノフの地下に大型竜が封印されている。君はその封印を解くんだ」
「封印を解くって……どうやって? それに、その竜っていったい何なの?」
ペルルコンが説明を始めた。
「で、ではまず竜についてお話ししましょう。その竜はこの世界の法則を変えてしまう力を持っています。かつて四頭いたのですが、三頭は行方不明、一頭がドラゴルノフの地下に封印されておるのです。彼らは『楔の竜』と呼ばれています。世界の法則を変えるために私たちは『理の扉』を開かなければなりません。『理の扉』を開ける鍵を持っているのが『楔の竜』であり、その鍵を使って『理の扉』を開くことができるのが『開く者』だといわれています。つまり、その封印を解かない限り、『開く者』が『理の扉』を開けることができないのです」
私はペルルコンにいった。
「要するに、その『楔の竜』とやらをたたき起こして、引っ張ってくればいいわけね」
「ま、まあそういうことになりますね」
レーンが笑いをこらえている。
「今朝もいったけど、おそらく『冠』はさまざまな妨害を行ってくるだろう。『楔の竜』の封印を解くことを邪魔しようとする可能性も十分ある。くれぐれも気を付けて」
「『冠』が採掘場の利権を狙うのは理解できるわ。でも、『楔の竜』の封印を解くのを妨害する理由は何?」
「決まっているさ。やつらは女性だけの時代になるのを阻止したいんだよ。『冠』は極端な男性中心の社会だからね。自分たちが生きている間に、男の存在価値がなくなってしまうような事態になるのことが許せないのさ」
そのレーンの言葉から、ふと疑問が浮かんだ。
「あの、今さらなんだけど。レーン、ペル、それに宰相、あなたたちは男性なのに、男性のいる世界が終ってしまってもいいの?」
男たち三人は顔を見合わせて、笑い出した。
「ほんとうに、今さらだね、エレ。僕たちはもうずっと前から、この目的のためにいろいろと手を尽くしてきたんだよ。ここにいる者だけじゃない。シャロンや近衛隊のメンバーもこのことを知っている。『土』や『霧』の主要な人物もね。彼らとは国を超えた協力体制を結んでいる」
「ベニシダ協定」
私の言葉にレーンがうなずく。
「みんな、この馬鹿馬鹿しい世界にはいいかげんうんざりしているんだよ。ねえ、宰相」
「そうですな。私はもう歳ですし、家族もいませんが」
宰相はペルルコンに目を向ける。
「む、娘が安心して暮らせる世界が来るのであれば、何もいうことはないです。それに、いま生きている男性が突然死んでしまうわけではありません。男性が生まれなくなるだけです。完全に女性だけの世界に移行するにはおよそ百年くらいかかるでしょう」
なるほど。生まれたばかりの男の子が死んでしまうまでが移行期間として残るわけか。
「わかったわ。それで、どうやれば封印が解けるの?」
その問いかけに答える者はおらず、沈黙が訪れた。
「ちょっと。まさかわからないっていうんじゃないでしょうね」
「ふ、封印は『開く者』によって解かれることは間違いありません」
それで? と先を促す私に、ペルルコンは申し訳なさそうに首を振った。
「つまり、行ってみないとわからないってわけね」
私はため息をついた。
そして今、私の目の前に、その『楔の竜』がいた。
想像していた以上の迫力だった。
翼を広げ、こちらを睨んでいるその姿は、まさにこの世界を統べる存在としての威容をたたえていた。
ぼーっと見とれている私に、長老はいった。
「ここは『竜の間』と呼ばれております」
「すごい。今にも動き出しそう」
「『楔の竜』と呼ばれる竜です。この世界に変革をもたらす存在であり、同時に私たち土の民の守り神でもあります。かつてこの竜は本当に生きておったのですよ」
私は壁に近づいた。翼を入れると五メートル以上ありそうだ。
「この地に住んでいた『楔の竜』は、今から三百年前、ある者の手によってここに封印されてしまいました。しかし、いつの日か再び復活し、我らを導くと言い伝えられておりますのじゃ。そのことが私たちの心をひとつにし続けておるのです」
「あの、触ってもいいですか?」
「どうぞ、お触りくだされ」
私は壁に右手を触れた。気のせいか、かすかに暖かい。
ドクン。
壁の向こうで何かが動き、私は慌てて手を引っ込めた。
「どうされました?」
「いえ、なんでもありません」
案ずるより産むが易し。そうつぶやいて、私は右手をぎゅっと握りしめた。
その手のひらには、さっきの鼓動のような感覚がいつまでも残っていた。
会談の日取りが三日後に決まり、私たちは居住区に戻った。その区画は家だけでなく、店もたくさん並んでいる。私たちは夕食を買って帰ることにして、店を覗いていた。
「おじさん、これなんかどう? 安くしとくよ」
道端にござを広げて商品を並べている行商人らしき男の子が目に入った。どうやらお客には逃げられたようだ。彼も顔に巻きつけた布でほとんど表情が見えない。
「ちぇっ、シケてやんの。あ、そこの美人のお姉さん、これ、バルンの干し肉。今日の夕食にどう?」
私はしゃがんで品物を見た。うん、これはおいしそうだ。ほかの品物も見ていると、耳もとでささやく声がした。
「エレさん、エレさん」
はっとして、顔を上げると、行商人の男の子の顔がすぐ目の前にあった。彼が顔を覆っている布をずらすと、女の子の顔が現れる。
「クララ!」
クララは「しっ」といって私の口をふさいだ。ブルーノがさっと周りに目を光らせる。
「あんた、こんなところで何やってんの!」
「何って、行商」
いや、そうじゃなくて……。この子、城でたまに見ないときがあると思ったら、こういうことをしてたのね。
「んでもって、エレさんたちのバックアップ。何か必要なものがあったらいってくださいね」
「わかった。ありがとう」
私は、アキムとオレクの会談が整ったことなどを、商品を選んでいるふりをしながら、クララに伝えた。
「すごいじゃないですか! 私、当分ここにいますからね」
クララは干し肉を手渡すとお辞儀した。
「毎度ありがとうございました! またよろしくお願いします」
なかなか板についている。私たちは仮の住まいに戻り、また明日からの労働に向けて体を休めた。
そして、会談の日。
オレクたち穏健派のメンバー五名、アキムたち反乱グループのメンバー五名、長老と私たちがテーブルについた。
まず、私たちはアキムたちに、正体を隠していたことを謝った。彼らも私たちの目的は理解したようで、それを責めるつもりはないようだった。
でも、『冠』から提供された武器を奪ったことは追及された。
「もし仮に反乱が成功したとしても、必ず『冠』がここを鎮圧しにきます。そうなったら、今よりももっと状況が悪くなるんですよ」
私の言葉にアキムが反論する。
「彼らは私たちにここの監督官となることを約束してくれているんだ」
「お前はそんなことを本気で信じているのか?」
兄のオレクが立ち上がった。
「しかも、お前たちが監督官になるだと? 一体どういうつもりだ」
「今の同盟のやつらよりもよっぽどましだ」
「お前たちは権力を手に入れることが目的なんじゃないのか」
今度は弟のアキムが立ち上がった。
「そんなことはない!」
「待って!」
私は叫んで二人を止めた。
「はーい、そこまで。それじゃいつまでたっても埒が明かないわ。三国同盟を代表して私からドラゴルノフ採掘場運営改善案を伝えます。まず、それを判断してください。いいですか?」
兄弟はしぶしぶ席に着いた。
「ありがとう。第一に、魔力片を魔力結晶化する施設をここに建設します」
出席者たちがざわつき、穏健派のメンバーが質問した。
「そんなことできるんですか?」
「できます。その技術を持つ人間を既に十名ほど確保してあります。あとは場所と建設費ですが、費用は三国で持ちます。最終製品である魔力結晶をここで作ると原料を運ぶコストがかかりませんから、『冠』がこれまで作っていた製品よりも安く供給できます。その安い製品を私たちが独自ルートで売ります」
「あの、『冠』への魔力片の供給は止めてしまうのですか?」
「いきなりそれはできないでしょう。作業者の負担を軽減しつつ、生産効率を高める方法をいくつか考えていますから、生産量が増えた分を魔力結晶の製造にまわします。いずれは『冠』への供給量を徐々に減らしていくつもりです。
次に、今の監督官たちは全員退去させます。ここはあなたたち『土の民』が中心となって自主運営してもらいます。『土が煙る国』にも、どこの国にも属しません。ここを独立した経済特区とし、三国は法的、行政的にここを保護します。詳細はいずれまた説明しますが、以上が大枠です」
こんなところにまで来てプレゼンをするはめになろうとはね。みんな理解してくれただろうか。出席者はお互いに小声で話し合っている。
やっぱり不安そうな顔をしている人が多い。そんななか、長老が口を開いた。
「わしには難しいことはわからんが、あんたはつまり、武器ではなく、商売で戦え、といっておられるのかの」
「はい、長老。おっしゃるとおりです」
私は心の中でガッツポーズをした。
みんな納得した顔をし始めた。
「どうだ、アキム。ひとつこの人たちに賭けてみないか」
アキムはうつむいていた顔を上げて、私に尋ねた。
「もし、『冠』が武力をもって強引にここを制圧しようとしたら、本当に三国は守ってくれるのか?」
「守ります」
「しかし、『冠』は大国だ。三国合わせてもまだ力の差は歴然としている。それでも大丈夫だといい切れるのか?」
「はい」
「なぜ?」
私は大きく息を吸い込んでいった。
「それは、私が『開く者』だからです」
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