2.採掘場

 つるはしを高くふり上げて

 つるはしを高くふり上げて

 今日も一日穴のなか

 どうしてここにいるかって

 どうしてここにいるかって

 竜の声に呼ばれたからさ

 歌に合わせて上半身裸の男たちがつるはしをふり下ろし、土を掘り返す。別の男たちが土を台車に載せて女たちのところに運んでいく。

 女たちは、まず土を粗いふるいにかけて石を取り除き、次に魔法補正のかかった細かなふるいにかける。

 小さな魔力片が付着したふるいは、まとめて老人たちのもとに運ばれ、魔術の心得のある彼らが魔力片を取りだしていく。

 こうして得られる魔力片は、バケツ一杯の土に対してほんのわずか、小指の先くらいだ。それでも、この地は魔力片の多い地域で、国によっては全く取れないところもあるらしい。

「お疲れさん」

 ブルーノが声をかけてきた。一日の作業が終わり、ねぐらに引き上げる男たちと女たちが合流する。

「お帰りなさい、あなた」

 私が答えると、ブルーノは一瞬むずがゆそうな顔をした。そして、すぐに表情を変えると、ムスッとうなずいた。

        

 私たちがこの採掘場に来て一ヶ月が過ぎた。それでも、まだここの全体像がつかめない。とにかく広いのだ。地上には小さな丘陵がひとつあるだけなのに、その下には地下都市と呼んでもいいような巨大な空間が広がっている。

 無数の横穴が掘られ、いくつかの大きな地下ドームを結んでいる。ドームは大きなもので野球場がすっぽりと入るぐらい、高さも五十メートル以上ある。

 最初は天井が落ちてこないかと気が気ではなかった。でも、この土地に古くから住んでいる『土の民』と呼ばれる人たちは、土を操る魔法に長けているらしく、そういう事故は起こっていないそうだ。

 人々は、土の壁をくり抜いて作った洞窟のような居住空間に住んでいた。住居の中は思っていたよりも広く、いくつかの部屋に分かれている。換気も考えられた造りになっていて、私はここの人たちの技術力の高さに感心した。

 家のドアを閉めると、私とブルーノはほっと息をついた。慣れてきたとはいえ、一日中の肉体労働はヘヴィだ。私たちは廊下を通って居間に入り、灯りをつけた。

 この世界の灯りは、ろうそくではなく、粉砕した魔力片を練りこんだ粘土のようなものを燃やすことで得ている。魔力片は、日常生活ではまだあまり使われていない。灯りやお湯を沸かすときぐらいだ。これからもっと技術が進歩すれば重要なエネルギー源になっていくだろう。

「今日、アキムが接触してきました」

 テーブルについたブルーノがいった。お湯を沸かしていた私は手を止めてふり返る。アキムは、反乱グループのリーダーだ。

「意外と早かったわね」

「向こうは私を、問題を起こして国を追われた、はぐれ騎士だと思っているようですな。たぶん、ばれてはいないと思うが」

 ブルーノは、頭と首もとに巻きつけているターバンのような布を外し始めた。それまで褐色だったブルーノの肌の色がもとの色に戻っていく。ペルルコンが布に魔法をかけたのだ。結局、レーンが考え出したのは『西の地』に住む遊牧民の民族衣装を使った変装だった。ブルーノは、ここではサディクと名乗っている。

 新入りで、しかも異民族であるにも関わらず、ブルーノはすぐに労働者に受け入れられ、毎日のように荒くれ男たちと飲みに出かけている。どうやらこういうノリが好きなようだ。

 かくいう私も、隣近所の女性たちとすぐに仲良くなってしまった。流れ者も多いけれど、みんな助け合って生きている。ここはそんな場所だった。

「ここ、ほかにも顔を隠している人がいっぱいいるわね」

「まあ、すねに傷を持つ人間が集まってくる場所でもありますから。明日、仕事が終わった後でアキムと会います」

「まずは第一歩ね。ところで、今日はみんなと飲みに行かないの?」

「実は、このあと誘われておりまして……。まず報告をと思ったのでいったん帰ってきましたが、その、申し訳ない!」

「いいわよ。そのかわり、おみやげお願いね」

 いそいそとまた布を頭に巻き始めるブルーノを、私は笑いをこらえて眺めていた。


 翌日。私が作業をしているすぐ後ろで顔見知りの女性マルタが、運んでいた土の入った台車を倒してしまった。中の土がほとんどこぼれてしまっている。

「おい、何やってるんだ」

 通りかかった監督官の男が足を止めた。監督官は、同盟の三カ国から採用されていて、労働者に対し高圧的な態度の人間が多かった。

「さっさと片付けろ! 受け持ちの作業が遅れたら俺の給料に響くんだよ! まったく、この役立たずが」

 マルタは私たちの近くに住んでいて、よく料理を分けてくれていた。そういえば昨日から調子が悪いといっていたっけ。

 監督官の叱責にマルタはおろおろしてしまい、体がうまく動いていない。私はマルタのかたわらにしゃがみ込んだ。

「大丈夫、手伝いますから、落ち着いて」

「おいお前、勝手に持ち場を離れるな!」

 私は怒鳴り声を上げた監督官を睨みつけた。監督官は舌打ちし、腰に下げていた棒をつかみと、頭上にふり上げた。

 キィン、という音が頭の中で鳴り、周りの動きが緩慢になる。反射攻撃に出る衝動をなんとかこらえ、とりあえずマルタの体をかばう体勢を取った。

 バシッという音がして、見上げると、ブルーノが監督官のふり下ろした棒をつかんでいた。

「なんだ貴様……」

 いいかけた監督官がブルーノと視線を合わせると、「ひっ」と体を震わせて後ずさりした。そりゃそうだろう。ブルーノが本気で『剣気』を放ったら相手は腰を抜かすはずだ。気がつくと、ほかの労働者たちも私たちをかばうように監督官の前に立ちはだかっていた。助けを呼ぼうとあたりを見回す監督官の背後に、一人の労働者が立っていた。

「彼ら、新入りなんですよ。後でよくいっておきますから、今日は勘弁してやってくれませんか」

「ま、まあ、そういうことなら仕方がないな。ではオレク、後は頼んだぞ」

 監督官はうろたえながら、ブルーノが離した棒を握り締め、あたふたと立ち去った。

 この人がオレクか。私はさりげなく観察した。四十歳前後、頭に白いものが混じっている。精悍な顔立ちだ。労働者たちの実質的なリーダーで、反乱グループの中心メンバー、アキムの兄でもある。

「ありがとうございました」

 私が立ち上がって礼をいうと、オレクは私とブルーノを見て、にこりと笑った。

「いえ。たぶん私の助けは必要なかったでしょうけれど」

「そんなことはありません、助かりましたぞ。みなさんもありがとう」

 みんなは、気にするなといってまたそれぞれの持ち場に戻っていった。

「困ったことがあったら、なんでもいってください。私はオレクと申します」

 この人の協力が何としてでも必要だ。去っていく後姿を見ながら私は思った。


「どうだろう、同志として協力してもらえないだろうか」

 アキムが私たちに尋ねた。

 居住地の外れにある酒場の奥の部屋。私とブルーノの前にアキムたち反乱グループのメンバー五人が座っている。うち二人は女性だ。

 ブルーノが腕を組んだ。

「勝算はあるのか? 監督官たちは下級とはいえ一応は騎士だぞ」

「こちらも武器の備えはできつつある。それに人数では圧倒的にこちらが有利だ」

 アキムが答える。

「戦いは極力さけるつもりです。監督官たちを人質にとり、こちらの要求が受け入れられるまで私たちは採掘を止めます」

 女性メンバーが補足する。私は口を開いた。

「採掘を止めるとしたら、全ての労働者が止めないと意味がないわ。あなたたちのグループはせいぜい全体の三分の一程度でしょう。それ以外の人たちのなかには、体勢側におもねる者も必ず出てくる。全員をまとめ上げる自信はあるの?」

 アキムは驚いた顔で隣のメンバーと顔を見合わせた。

「サディク、あなたの奥さんは何者なんです?」

「失礼した。ある国で要職に就いていたことがあるので」

「ほう。その若さでですか。それは頼もしい」

 女性メンバーが身を乗り出した。

「エレさんといわれましたね、是非私たちに協力してください。賛同してくれる人間も確実に増えています。半数を超えれば、一気に広がると思うんです。お願いします」

 しまった。薮蛇だったか。私はブルーノを見た。ブルーノは一瞬、俺に振るのか、という顔をして、口を開いた。

「流血を避けるというのであれば、できるだけ協力したいと思っている。だが、もう少し考えさせてもらえないか。妻を危険にさらしたくない。三日後に返事をする。どちらにしてもこのことは他言しない」

「わかった。いい返事を待っている」


 一時間後、私は一人の男の後をつけていた。会談に出席していた反乱グループメンバーで『冠』との連絡員。レーンの情報で目星は付いていたのに、なかなか表に出てこなかった人物だ。

 男は細い坑道をいくつも抜けて、ひとけのない曲がり角で立ち止まった。やがて青い服を着た人物が現れた。男に細身の剣が何本も入った長い袋を手渡している。青服は顔をフードのようなもので覆っていて、目だけしか見えない。突然、その目が私のほうを向いた。

 気づかれたか。

 とっさに物影に隠れた私の頭の中で警告音が響く。

 目の前を刃がかすめた。

 速い。

 反射攻撃でこちらの動きが加速されていなければ確実にやられていたな、と冷静に分析しながらこちらも短刀を抜く。

 キン! という音とともに、全く想定外の方向から衝撃が来た。私の短刀が吹き飛ぶ。相手の蹴りが入った。私は即座に次の攻撃をかわす。青服は短刀と体術を組み合わせた攻撃を繰り出してくる。ボリスに体術を習っておいてよかったと、つくづく思った。頭の中の警告音がどんどん高く鋭くなっていく。

 私は少し焦り始めた。反射攻撃のスピードについてこられるなんて。

 目が合った。

 女? 

 直後、突然青服の攻撃が止まった。と、次の瞬間、横からブルーノが飛び込んできて青服に体当たりを仕掛けた。青服は軽々とそれをよけると、短刀をこちらに投げつけて逃げ去った。


 二人で後をつけると目立つので、ブルーノは距離を置いて私のうしろをついてきていたのだ。

 青服との格闘の後、『冠』との連絡員を見つけて取り押さえた私たちは、剣だけを取り上げて、放した。

「さっきの青服は『冠』の雇われ騎士です。相当な手練ですよ。さて、こちらも始めましょうか」

 ブルーノの言葉にうなずき、私たちはオレクのもとに向った。

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