3.五カ国間連絡会議

 私のいる『風が生まれる国』がある東の地は、オーストラリアくらいの大陸だった。長い国名だけど、これはたぶん魔法で翻訳されているからだ。風が生まれる国、という意味の言葉が名付けられているんだと思う。

 東の地以外にも大陸はあった。西の地、北の地、南の地。東西南北にひとつずつ。人口が最も多いのが東の地だった。でも、度重なる戦争で東の地の人口は減少を続けていた。

 その東の地は、大国『冠を戴く国』(通称『冠』)とその近隣の五つの小国で構成されている。

 すなわち、

『風が生まれる国』(『風』)

『霧が呼ぶ国』(『霧』)

『森が語りかける国』(『森』)

『光る湖面の国』(『湖』)

『土が煙る国』(『土』)

 の五カ国だ。

 現在この五カ国は緩やかな同盟関係にあり、大国『冠』の脅威に対抗している。半年に一度、五カ国は連絡会議を開き情報の共有を図っていた……。


「……ということなのですが、今回は実質的には連絡会議ではなく、戦略会議ですな」

 昨日、移動中の馬車の中で、私は宰相の説明を聞いていた。城からは、宰相、文官長のラドウェル、ペルルコン、ブルーノ、アクセルほか二人の上級騎士、近衛隊五名、私とシャロン、そして国内の領地から二十人ほどの人手が出てきていた。

「それだけ大国の動きが激しくなっているということですか」

 と私は宰相に尋ねる。

「たぶん紛争勃発は時間の問題です」

「『冠』はそんなに領土を広げたいの?」

「彼らの狙いは私たちが持っている資源です」

「資源?」

 ペルルコンが答える。

「ご、ご存知のとおり魔法は魔力によって発動します。魔力は本来あまねく存在しておりますが、最も多いのが地中です。魔力片といって魔力が宿った小さな結晶が埋まっておりまして、特にこの地は魔力片が多いのです」

 宰相が続ける。

「最大の魔力片採掘場が『土』にあって、現在五カ国が共同で運営しています。『冠』はこれまでもそこの利権を狙った動きをしてきましたが、今回はかなり本気と見えます……」


「……そのドラゴルノフの採掘場の件なのだが、最近労働者の不満が高まっていると聞いている。大丈夫なのか、アバルキン」

『森』の宰相が『土』の宰相に尋ねた。

 会議は予定どおり、各国の人員が到着した翌日早朝から開始されていた。

 会場は、『ウルの額』を横切る大きな河の中州にあった。河の中の小島にロッジが建てられ、そこで連絡会議が毎回行われているそうだ。

 ロッジの中は落ち着いた雰囲気の調度品が備えられていた。窓から差し込む朝の光で室内はちょうどいい明るさだった。会議には理想的な環境だ。私もこんな場所で会議がしたかった。殺風景なオフィスの会議室と比べたら、さぞかし、有益な結論が得られただろう。

 テーブルには五カ国の宰相や執政官が座っている。私はカール宰相のうしろに警護の騎士として立ち、会議の内容を一部始終聞いていた。

 他の国の宰相たちが発言する。

「管理を強化するにしても、その人員にかかる費用は採掘のコストにはね返るんですぞ」

「やはり結晶の価格を上げるしか……」

「『冠』が抵抗するでしょうな」

 生産効率を上げるしかないんじゃない? 仕事の血が騒ぎ、私は思わず口を挟みそうになるのをこらえた。うー、発言したい。

「今あそこで何かあったら『冠』が介入する格好の材料になってしまう。利益を削ってでも待遇を改善するべきでしょう」

 カール宰相の発言に賛同の声が上がる。

「では、異議がなければ具体的な内容は行政官会議にかけましょう」

『土』の宰相がまとめた。

「次に、『開く者』のことだが……」


「……『開く者』のことですが、周辺国にはすでに召喚が成功したことは伝わっています。召喚はもともと五カ国の合意の上で行われました。その目的は『冠』への対抗策の一つとしてです。ただし、こちらの世界との調整のため、『開く者』はまだ城にいることにしています」

 馬車の中で宰相が私に語った。

「あなたは警護の騎士として会議の内容を聞いていてほしいのです」

「それはありがたいですけど。面が割れちゃっていいんですか」

「騎士の顔なんて誰もいちいち覚えていませんよ」

 そうかなぁ。私は半信半疑だった。

「あの、気になっているんですけど、『開く者』を召喚したことが『冠』を刺激することにはならないんでしょうか」

「それについては……」


「……それについては、これまで話し合ったとおり、他国からの騎士受け入れと同様の扱いで通せばいい。それに、先ほどの『風』からの報告によると、『冠』は『白い牙』の頂に巨大な魔力結晶を設置したというではないか。その対抗措置の手札としてなら大義名分が立つ」

 会議の議題は『開く者』と『冠』対応に移っていた。

「あれはやはり侵攻時の魔力供給用か」

「そうとしか考えられんよ」

「それだけ巨大な魔力結晶と魔力結線したら……」


「……魔力結晶と魔力結線することで、魔術師は常に安定した魔力の供給を受けることができます」

 ペルルコンが説明した。馬車の外は夕闇が迫ってきている。

「魔力結晶は大量の魔力片を結合し精製したものです。東の地では『冠』にしか結晶化の施設がありません。『冠』は魔力結晶を他国に輸出し、大きな収入を得ています。我々は魔力結晶の原料である魔力片の供給のみを行っているのです」

「魔力結晶と魔術師をつなぐ魔力結線を切ることはできないの?」

「魔力結線は目に見えるものではないです。いったん紐付けされた結線を切るには、魔力結晶を破壊するしかありません」

「なんかこう、魔法でビビッとやっちゃえないの?」

「ビビッ、と申されますと?」

「魔法ってさ、もっとこう、手からバリバリッと雷みたいなのを放つとかさ、そういう派手なものだと思ってたから」

 そんな私の言葉を、ペルルコンは少し呆れた顔で否定した。

「魔法はかけるもので、放つものではありません。対象となる人や物にかけて、その性質を変化させたり、性能を上げたりするためのものなのですよ。もともとはウィルスや細菌、寄生虫といった病原体に対して耐性を持ったり、環境を変化させて絶滅させたりするための力だったのです」

「へえ、そうだったんだ」

 もともとはそんな平和な目的のために使われていたものだったのか。私は複雑な気持ちでペルルコンの話を聞いていた。

「人々が魔法を使えるようになってまだ五百年です。しかし研究は進み、今では様々な用途で用いられるようになっています……」


「……では、予定どおり、午後からは実務レベルの行政官会議に移りましょう。五カ国同盟の正式調印は明日ということでよろしいですかな」

 異議なしの声が上がる。あー終わった。私は首をぐるぐると回した。十八歳の体だとはいえ、何もせずにじっと立っているのも疲れる。

 各国の宰相たちのあとに続いて外に出た。急に明るいところに出たので、少し目がくらむ。

「お疲れ様でした、エレ殿」

 午後からの交代要員である騎士団団長のブルーノがそばに来た。

「いえいえ、宰相のほうがよっぽどお疲れですよ。午後からの会議もオブザーバーとして出られるそうですし」

「そうですな。しかし今が一番大事なときですから。では、あとはお任せください」

「よろしくお願いします」

 私は中洲から向こう岸に渡るための小船に、他国の騎士たちと一緒に乗り込んだ。

 川面は秋の穏やかな日光を受けてきらきらと輝いていた。

 野営地のテントでシャロンが用意しておいてくれた昼食を食べていると、『森』の使いの者が訪ねてきた。

「エレ様ですね。弊国の宰相がお話があるとのことで、ご同行願えませんか。スタンネ宰相には話を通してあります」

 きたか。

「わかりました。参ります」

 私はシャロンにそっと告げた。

「ペルルコンたちのそばを離れないで」

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