第八話


 二日目、海の家でのアルバイトが終わり早速俺たちは昨日と同じ場所の砂浜にやって来る。今日は雪奈に泳ぎを教えるつもりだ。昨日頼まれたしな。


「まず水に慣れるところから始めようか」

「水は大丈夫だよ……ただ体が浮かないだけ」


 とりあえずどんな感じで泳げていないのか確認するために一人で泳いでみてと雪奈に言う。


「……ごめん俺が悪かったよ」

「秋哉君それいじめだよ?」

「二人ともそんな顔しないでよ!」


 雪奈の泳ぎは悲惨なものだった。一メートルも前に進むことなく水から顔を上げてきたのだ。泳げないにしてもこれほどとは……


「最初はバタ足からやってみるか」


 そう言い俺は雪奈の手を握り強引に浮かせる。誰かに泳ぎ方を教えたことはないけれど、これが適切だろう。


「そのまま足を前後に動かしてみて。顔はもちろんつけて」


 雪奈は懸命に足を動かしているが水がバシャバシャとなっているだけで前に進んでいない。どうしたものかと考えるが地道に教えていくしかないだろう。


「足首を動かすんじゃなくて太ももを動かす感じ。それと早く動かすんじゃなくて最初はゆっくりでいいよ。手は俺が持っているから沈むことはないし」

「わかった。やってみる」


 再び顔をつけて泳ぎ始める。今度は少しだけれど前に進むことができた。


「その調子その調子」


 海乃が隣で雪奈を応援する。


「ぷはっ! どうかな?」

「いい調子だよ。感じはつかめている」


 俺が雪奈にそう言うと雪奈は喜んだ表情になりはしゃぐ。海乃も少し驚いたのか雪奈の背中を叩いて笑っていた。


「ゆっくり動かすことができてきたら早く動かしてみようか」


 徐々にできる段階をあげていく。今日の目標はバタ足で少しでも泳げることだ。


「ねえ秋哉君クロールできる?」

「できるけど勝負はやらないぞ。今日の趣旨は雪奈が泳げるようにすることなんだから」


 図星だったのか海乃はうっとなり誤魔化すように潜った。すぐ勝負したがるんだからこいつは。


「そういえば浮き輪は持ってきていないのか?」

「あー海の家に行けばあるかも。取ってくるよ」


 海乃は海から上がり走って行ってしまう。


「よし。邪魔者はいなくなったな」

「邪魔者って……」

「こういう時ああいう性格のやつは何かとちょっかいをかけてきたり、自分が退屈だと構って欲しそうにするものなんだよ」


 事実勝負をしようと言ってきたわけだし。


「でも……」

「ああ勘違いしないで、本当に海乃を邪険に扱っていないから。次は浮き輪を使ってみようと思っただけだよ」


 雪奈はホッと胸を撫で下ろし、そっかと言う。浮き輪をビート板代わりに使えるかなと思ったため海乃に取りにいかせた。


「持ってきたよ!」


 何回か練習したところで浮き輪を取りに行ってくれていた海乃が帰ってくる。俺は礼を言い受け取るとそれを雪奈に渡した。


「これをビート板代わりに使ってみて。多分さっきまでの調子なら手を引かなくても前に進めると思う」


 雪奈は最初の頃と比べるとだいぶ泳ぎをマスターしてきていた。手を引かずとも何か支えがあれば十分泳げるはずだ。


「雪奈すごい!」


 案の定雪奈は浮き輪をビート板代わりにし、すいすい泳いでいく。ここまでくると後は手の動かし方を教えるだけになるけれど、それは雪奈の学校の先生に頼もう。決して面倒になったからとかじゃないからな。……本当にだ。


「これだけ泳げれば学校でも笑われることないね!」

「笑われていたのかよ……」


 この場合からかわれるって意味の笑いだよな。ガチに笑われていたら雪奈がかわいそうだ。


「もっと教えて欲しいところだけど、そろそろ日が暮れてきたね」


 雪奈がそう言い俺は空を見る。確かに日は沈み夏だというのに少し肌寒くなってきていた。


「上がろうか」


 二人は俺の言葉に文句を言うことなく従う。タオルで体を拭き持ってきていたシャツだけはおる。流石に海パンのまま海の家に戻れない。


「晩御飯何かな?」

「俺の予想は……焼きそばだな」

「どうして?」

「今日の分が全然売れていなかったからな。大量の麺が残っているはず」

「えー明日に回せばいいのに」


 焼きそばだけってことはないけど多分焼きそばは出てくるよな。しかし長谷川店長の料理の腕前はかなり良いので焼きばでも嬉しい。


「ただいま戻りました」

「おかえり」


 海乃が帰ってきたことを告げると長谷川店長が快く迎えてくれる。


「ご飯はまだできていないから先にお風呂に入ってくれば?」

「そうさせてもらいます」

「……焼きそばの匂いだ」


 どうやら俺の予想は的中したらしい。


 一旦部屋に戻り着替えを持って風呂場に向かう。ここは一階と二階の両方に風呂場がある。どういう設計でこうなったか長谷川店長に聞いていない。普通は一つだと思う。なので男子女子別れて風呂に入ることができる。


「ふう」


 湯船に浸かり今日の疲れを癒していく。この瞬間がもしかしたら一番幸せなのかもしれない。


「そういえば最近連絡入れてないな」


 俺は今週一度も両親に連絡を入れていないことを思い出す。家を出る時に連絡はしっかりするようにと言われていた。上がってから一応連絡入れておくか。


 一人で使うには勿体無い広さの風呂場だが、ゆっくりできるのでありがたい。予定では明日虎吉さんが迎えにきてくれるので今日が最後の寝泊りということになる。


 二泊三日早かったけれど良い思い出ができた。


 俺はそう思い風呂から上がった。


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サマータイム たっくん @takusemal

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